第93話 では、始めましょう

 私が十歳になったある日のこと。


「皆さん。今日は、皆さんにやってもらいたいことがあります」


 突然、先生が、施設の子供たち全員を集めてこう言った。先生の横には、スーツをビシッと着こなした男性。男性は、ニコニコと作ったような笑顔を浮かべ、何か細長い木の棒のようなものを持っていた。


「先生、何するのー?」


「その人だれー?」


 子供たちが、口々に質問する。先生は、そんな子供たちを、まあまあと両手で制した。


「この人は、国の役人さんです。役人さん。お願いします」


 先生の言葉に、役人さんは「はい」と短く返事をし、私たちに向かって話し始めた。


「こんにちは。皆さん」


「「「こんにちは!」」」


「元気がいいですね。素晴らしいです。さて、皆さんには、今から、この棒を握ってもらいます」


「私知ってる! それ、魔法の杖だよね!」


 突然、一人の女の子が、大きく手を上げてそう叫んだ。「魔法の杖!?」と周囲の子供たちが反応する。


「そうです。これは、魔法の杖です。今から、皆さんには、この杖を握ってもらいます」


「杖を握ったらどうなるの?」


「皆さんの中に、魔法を使える人がいるかどうかが分かります。まあ、簡単なテストだと思ってください」


 その時、私の心臓が、ドクドクと早鐘を打ち始めた。それはもう、痛いほどに。


 魔法というものが、世の中に存在することは知っていた。孤児院には、魔法使いや魔女を題材にした本が多く置かれていたからだ。本の中の彼らは、魔法を使って人々を救い、尊敬の眼差しを向けられていた。


 もし、魔法を使うことができれば、大人以上に活躍して、早く大人になれる。自分にも魔法の才能があれば。そう思ったことが何度あっただろうか。


「では、始めましょう」

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