第80話 本当の……自分?

「本当の……自分?」


「はい」


 旅人さんは、ゆっくりと頷きました。


「本当の自分が、ずっと私に聞いてくるんです。それで満足なのかって。諦めて後悔しないのかって。翌日、気がついたら、私、故郷とは全く違う方向にほうきを走らせてました」


 優しく微笑む旅人さん。その笑みには、僕なんかでは想像できないほど多くの意味が込められているように感じました。


「諦めることは悪いことじゃないと思います。諦めなきゃならないことだってたくさんあります。でも、心の中にいる本当の自分が、まだ諦めたくないと思ってるなら、もうちょっと頑張ってみた方がいいんじゃないかとも思うんです」


 旅人さんの、海を思わせる瑠璃色の瞳。深くて、綺麗で。そして、とても幻想的で。僕は、目を離すことができませんでした。


「だって……」


「……だって、何ですか?」


 僕の問いかけに、旅人さんは、軽く息を吸ってこう答えました。


「自分で自分を裏切りたくないですから」


 その言葉に、僕の心臓がドキリと跳ねるのが分かりました。


 自分で自分を裏切る。そんなの、嫌に決まっています。自分で自分を裏切るということは、自分を信用できなくなることと同義ですから。


 では、今の僕はどうでしょうか。師匠と対等の存在になる。その夢を諦めかけている自分。ですが、心の中にいる本当の自分は、諦めたいと思っているのでしょうか。自分で自分を裏切る。そうならないと断言できるのでしょうか。


 …………


 …………


 ああ……。


 そうですね……。


 答えなんて、最初から決まってます。

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