第79話 それで、ある日思ったんです
「そうですね……」
僕の質問に、旅人さんは顎に手を当てて考え始めます。一体、どんな答えが返ってくるのでしょうか。僕はただ、黙って旅人さんの言葉を待っていました。
そして、いくらか時間が経った頃。
「ちゃんとまとまってないですし、抽象的な答えですけど、いいですか?」
「はい」
僕は、ゆっくりと頷きます。心臓の鼓動が、ほんの少し早くなるのが分かりました。
「私、今まで旅をしてきて、たくさんの方と勝負してきました。新しい国に着いたら、有名な魔女や魔法使いの方はいないか聞き込みをして、勝負してほしいって頼みこんで。勝つこともありましたけど、ボロボロに負けることの方が何倍も多くありました。勝負してやったんだから大金をよこせって脅迫されたことだってあります」
旅人さんの目は、まっすぐに僕を見つめています。ですが、きっと、その目に映っているのは、僕ではない何かなのでしょう。例えば、そう。遠い昔の光景だとか。
「それで、ある日思ったんです。負けて悔しい思いをするくらいなら、騙されて辛い思いをするくらいなら、いっそのこと全部諦めてしまおうって。二つ名がある魔女になんかならなくてもいいって」
「……それから、どうしたんですか?」
「その日の夜、明日は故郷に帰ろうって決心してからベッドに入りました。私、いつもなら、ベッドに入ったら、数分で眠っちゃうんです。でも、その日は、全く眠れませんでした。ずっと、眠るのを邪魔されてたからです」
旅人さんは、言葉を紡ぎます。それは、とてもとても不思議な、そして、重みを感じる言葉でした。
「心の中にいる、本当の自分に」
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