第75話 全く想像できないんですが
「治療、終わりましたよ。痛いところ、まだ残ってますか?」
椅子に座る旅人さんに治癒の魔法をかけ終え、僕はそう尋ねました。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です」
旅人さんの弱々しい声。それが、室内に小さく響きます。旅人さんの背後からは、とてつもなく重々しいオーラが放出されているように感じました。
旅人さんは、今、どんな気持ちなのでしょうか。自分の繰り出した全ての攻撃が、いとも簡単に防がれたこと。自分の守りが全く効かず、一撃で勝負が決したこと。この事実を前に、落ち込まない人がどこにいるというのでしょう。もし、僕が旅人さんの立場だったら……。
僕たちの間に、どんよりとした雰囲気が漂います。居心地が悪くて仕方がありません。
「……そ、そういえば、師匠」
わざとらしい作り笑顔。わざとらしい明るい声。僕は、居心地の悪さに耐えかね、すぐ横でクピクピと紅茶を飲んでいた師匠に声を掛けました。
「どうしたの? 弟子君」
「あれ、どんな魔法なんですか?」
「あれって?」
「旅人さんの攻撃を防いでたやつです」
勝負の最中、師匠は、一歩も動くことなく、旅人さんの攻撃を見えない何かで防いでいました。それも、前からの攻撃だけでなく、後ろからの攻撃までも。あれは、一体どんな魔法だったのでしょうか。
「あれは、基本的には、自分の周囲を透明な壁で覆っているだけだよ。まあ、強度を保ち続けたり、相手の魔法攻撃に耐性を持たせたり、壁にいろいろ細工はしてるんだけどね」
「師匠が全然動かなかったのはどうしてですか?」
「動いたら集中が乱れちゃうから。壁を作るだけじゃなくて、壁に何種類も魔法をかけ続けるって結構大変なんだよ。まあ、弟子君も特訓すればできるようになると思うよ」
「…………いや、全く想像できないんですが」
師匠は、どうにも僕を過大評価している節がありますね。
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