第9話 サクサク
役所の応接室に通された僕と師匠。その前に現れたのは、常に温和な笑みを浮かべる初老の男性でした。顎に生えた白髭。目じりの深いしわ。いかにもベテランといった見た目の彼は、町の町長さん。町の役所からの依頼で僕たちがここに来る際、決まってこの町長さんが僕たちの応対をするのです。
「ようこそお越しくださいました。森の魔女様、そしてお弟子様」
サクサク。サクサク。
「いえ。町長さんは相変わらずお元気そうで」
サクサク。サクサク。
「いやいや。最近は、体の節々が痛くて。さっさと引退すればいいのですが、なかなかそれもできないのです。なにせ、次から次へと仕事がやって来るものですから」
サクサク。サクサク。
「そうなんですね……」
サクサク。サクサク。
「さて、あまり無駄話をするのも失礼でしょうから、さっそく本題に……」
「あ、ちょっと待ってください」
僕は、本題に入ろうとする町長さんを制します。そして、大量のクッキーが入ったバスケットを、師匠の目の前からヒョイッと奪い取りました。
「ああ! 私、まだ全部食べてない!」
「大事な依頼を聞こうって時に、厚意で出されたものを食べ続けるなんて非常識です」
そのバスケットは、役所の人が、ご自由にお食べくださいと出してくれたものでした。師匠は、先ほどから、ずっとその中に入っているクッキーを食べ続けています。師匠の威厳のためにも、ここはバスケットを没収するのが吉でしょう。
「うう……弟子君、酷い」
悲しそうな顔で僕を見つめる師匠。その目には、うっすらと涙が。
「…………」
「…………」
「……町長さん、このクッキー、持って帰っても大丈夫でしょうか?」
おかしいですね。師匠に対して厳しくしようと決意したばかりだったのですが……。は! まさか、師匠が何か魔法を使って……。
「はっはっは。若さとはやはり素晴らしいですな。クッキーは、後で袋にでも入れてお渡しするとしましょう」
愉快に笑う町長さん。僕たち二人を眺めるその目は、とてつもなく温かいものでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます