第5話 楽だから!

 身支度を整え、いざ出発……の前に。


「弟子君。今日もよろしくね」


「またですか……はあ」


 思わずため息が漏れる僕。


「……だめ?」


「だめってわけじゃないですけど……」


「じゃあ、いいよね!」


 ニッと笑いながら、師匠は、手のひらを上に向けて開きました。次の瞬間、手のひらの上に、三十センチほどの細長い杖が現れます。


「……その杖の出し方、どうやってやるんですか?」


「ふふふ。企業秘密だよ」


「そんなこと言わずに教えてください」


「や!」


「はあ……」


 杖は、魔法使いが魔法を使用する際に必要なものです。ほとんどの魔法は、杖を使わなければ使用できません。ですが、中には、杖を使わずとも使用できる魔法も存在するのです。例えば、師匠が今見せたもの。杖を一瞬で手の中に出現させる魔法などですね。


「さ、行こっか」


 そう言いながら、師匠は、杖で自分の頭をちょこんと叩きます。すると、一瞬のうちに師匠の姿が消えてしまいました。後に残ったのは、先ほどまで存在していなかったはずの物。真っ黒な色。山のような見た目。その山を囲む大きなつば。


「……毎回思うんですけど、どうして自分で移動しないんですか?」


 僕は、目の前の物体に向かって話しかけます。すると、その物体からは、師匠の元気な声が響いてきました。


「そんなの決まってるよ!」


「……何ですか?」


「楽だから!」


「ええ……」


 本当に師匠は相変わらずですね。


 そんなことを思いながら、僕は、目の前の三角帽子を自分の頭に載せるのでした。

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