第37話 ホワイトラブ・3
目が覚めたら、きちんと服を着ていた。みーちゃんが着せてくれたようだ。隣には、その大好きな彼女が眠っていて、ついニヤける。擦り寄って抱きしめ、また眠りについた。
次に目覚めた時はもう夜が明けていて。
「おはよう、雫。大丈夫?」
身体を労ってくれる。
「うん、大丈夫。今日はいろいろ回りたいし」
「無理しなくてもいいよ」
「やだよ、せっかくーー」
みーちゃんの時間を貰ったんだから、みーちゃんを独り占め出来るのだから。
「はい、コーヒー」
「そういえば、お母さんは大丈夫なの?」
みーちゃんを私が独占すると言う事は、お母さんからみーちゃんを奪ってることにならないだろうか?
「今はね、施設のショートステイに行ってる。短い期間のお泊まりね。いつも旅館が忙しい週末に預けている施設だから慣れてると思う」
「でも本当は寂しいんじゃないのかな」
「どうかなぁ、まぁお迎えに行くと喜んでるけどね。明日、お迎えに間に合わせるために早く帰らなきゃいけなくてごめん」
「いいよ、その代わり今日一日思う存分楽しむから」
「ん、どこ行きたい?」
「わぁ、天気も良いし最高だね」
「しばらく来てなかったけど、お洒落なお店も多いねぇ」
一度来てみたかったんだ。
札幌から近いから日帰り圏内の人気観光スポット。
お寿司とかガラス細工とか運河とかお寿司とか、あ、お寿司二回言ってる? ふふっ、恋人と歩きたい街ナンバーワンだもん、私の中で。
「何ニヤニヤしてるの?」
「夢が叶ったから」
「来たばっかりだよ?」
こうやって好きな人と一緒に歩けるだけで嬉しいんだもん。
「こっちはまだ寒いね」
そんな言い訳をして、手を繋ぐ。さらにその手をコートのポッケに入れて、恋人繋ぎにする。
しっかりと繋いだまま、ゆっくりと運河沿いを歩く。
「以前は、この辺もよく来てたの?」
やっぱり誰かと歩いたのかな?
「たまにかなぁ、あの頃はそんなに遊んでる余裕はなかったから」
バイトしながら学校行ってたら、そうなるか。学生時代のみーちゃんか、今より小さくて、今よりやんちゃで、可愛いんだろうなぁ。
「雫、百面相してんの?」
「あ、ここ入ったことある?」
「ないなぁ、美術館?」
ネット見てて気になった場所。
入場料を払って、中へ入ってみる。
「うわぁ」
「綺麗」
「ステンドグラスって、落ち着く」
「そう? 私はワクワクするな」
「高校がねカトリックで、小さなお御堂があったの。落ち込んだ時はよくそこに行ってたから」
「え、雫ってキリスト教?」
「ううん、違うけど」
「ふぅん……」
なんだか違和感を感じて隣を見ると、みーちゃんの視線に射抜かれそうになる。
「なに?」
「あ、JKの雫で妄想しちゃってた」
「え、やだ。みーちゃん、それ犯罪だよ?」
「は、は? 違うよそんなんじゃーー」
「シッー!声大きいよ」
ほんと、みーちゃんってば、この手のジョークの反応が面白すぎる。
「お昼は何食べる?」
「せっかくここに来たんだから、やっぱりお寿司かなぁ」
「いいねぇ」
「みーちゃん、いいとこ知ってる?」
「ん〜そうだなぁ。少し歩くけど良い?」
「もちろん」
当然のように、手を差し出した。
今日はずっと、手を繋いでいる。
お寿司を食べた後は、ガラス細工を見て、オルゴール堂へと向かった。
「うっわ、広いねぇ」
「いろんなタイプのがあるんだね」
見渡す限り、様々なオルゴール♪
圧巻だ。ずっと見ていられる。あ、そうだ!
「みーちゃん、ちょっと待ってて。しばらくこの辺にいる?」
「あぁ、うん。下手に動くと迷子になりそうだしね」
手を離すのは寂しいけれど、しょうがない。私は受付を探して尋ねた。
「みーちゃん、お待たせ。では、行こう」
「ん、どこに?」
手を引いてグイグイ進んで行くと、作業スペースに着いた。
「じゃーん、さっき空きがあるか聞いたら、あるっていうから申し込んじゃった。オリジナルのオルゴールを作れるんだって!」
「へぇ、いいねぇ。面白そう」
みーちゃんも乗り気になってくれた。係の人に説明を受けて、早速取り掛かる。
「みーちゃん、出来上がるまで話しかけないでくれる?」
「ふぇ?」
驚いて目をパチパチしている様子は、何かの動物に似ている。何かはわからないけど。
まぁ、今日はずっと戯れあってベタベタしていたから、私の言葉に驚くのは無理はないか。
「集中したいから」と理由を説明する。
「他人のフリすればいいの?」
「そこまではしなくてもいいけど」
あんまりジロジロ見ないでね、と釘は刺す。
作業自体は難しくない。ボンドで飾り付けをするくらいだ。それでも無数にあるオルゴールや曲、飾りのパーツを選ぶことでオリジナルのモノーー世界にひとつのものが出来上がるのだ。
私はまず、曲を選ぶことにした。いくつものメロディを聞き、ピンとくるものを探す。もちろん、みーちゃんをイメージして。目を閉じて聞き入る。
会計を済ませた私たちは、オルゴール堂を出た。もう辺りは暗くなっていたので、駅へ向かって歩く。
荷物を片手に持ち、もう片方で手を繋ごうとして、触れたみーちゃんの手がピクリとはねた。不服そうな顔をするみーちゃんに構わず手をギュッと握ってしまえば、諦めたように握り返してきた。
「もう喋ってもいいの?」
「絶交した覚えはないけど?」
「そう言われた気がした」
「ごめん、不器用だから気が散ったら上手く出来ない気がして」
「いいよ、許す。寂しかっただけだから」
「ありがと。でも、おかげで上手く作れたよ、みーちゃん気に入ってくれると思う」
「え? 私に?」
「そうだよ、だから見られたくなかったのもある」
「そっか、そうなんだ」
その後、みーちゃんは無言になった。
「みーちゃん、何考えてるの?」
「何だと思う?」
顔を覗いてみるが怒ってる風ではない。
「ヒントちょうだい」
「じゃ4択ね。1、抱きつきたい。2、キスしたい。3、セッーー」
思わず手でみーちゃんの口を塞いだ。
「言わなくていい」
ケラケラ笑いながら歩き、駅へ着いた。
途中で、夕食を食べた。
「何が食べたい?」と聞かれたから「みーちゃん」と答えたら却下されたため次に食べたかった「お肉」と答えた。
美味しいジンギスカンを、たらふく食べて、今日もまた「もう食べられない」と、ホテルのベッドへダイブした。
「雫、今日はお先にどうぞ」と言われ、先にお風呂へ入った。
長い一日だと思ったけど、あっという間だった。いっぱい歩いた気がしたけど、疲れているのは身体だけではない。楽しかったはずなのに涙が出そうになるのはーーだめだ、最後まで楽しまなきゃ、みーちゃんに申し訳ない。
「お先でしたぁ、って、みーちゃん?」
「あ、うん。起きてるよ」
どう見ても、うたた寝してましたって顔で、パタパタと浴室へ消えてった。
さっきまで、みーちゃんが居た場所に座り、温もりを感じながらため息をついた。
みーちゃんが出てくる時間を見計らってお茶をいれた。
「あ、お茶ありがと」
「いえいえ。みーちゃん、今日は一日、振り回しちゃってごめんね」
「ううん、楽しかったよ。ありがとね」
「私も……楽しかった」
ちゃんと言えた……かな。
「雫? こっちおいで」
私の手を引いて、みーちゃんの膝の上に対面で座らされた。そして下から視線を無理矢理合わされる。
「なんで泣くの?」
「泣いてなんかない」
涙は流れてないはずだった。
「ごめん、私のせいだね。明日さよならしても、ちゃんと連絡するから。もう絶対にいなくなったりしないから。次に会えるまで頑張れる?」
「うぅぅ」
みーちゃんの肩口におでこをぶつけるようにして、堪えようと思った涙が溢れる。
「我慢しなくていいよ」
みーちゃんの言葉は、私を溶かす。無駄に入れていた力が抜けてふにゃふにゃになる。
みーちゃんの片手は私の腰をホールドし、片手で背中を撫で続けていた。
落ち着いてから、お互いのオルゴールをプレゼントした。
「どう? みーちゃんをイメージしたんだよ」
「可愛い、黒猫が私のイメージ? これは雪? あ、この雪だるまは雫だな……」曲、聞くねってネジを巻くみーちゃん。
「あぁ、この曲よく聞くやつ。なんだっけな」
目を閉じて考えている。
「……あなたに会えてよかった」
目を開けたみーちゃんと、視線が絡んだ。
「どうしよう、寝るのがもったいない」
「タフだねぇ、若いっていいな……ふぁぁ」
みーちゃんは欠伸を噛み殺す。
「だって寝ちゃったら、明日になっちゃうんだよ?」
「雫、寝なくても明日にはなるから」
「むぅ」
おいで! と、ベッドの中央で体を擦り寄せる。
「どうしたら不安がなくなるかなぁ」
今日のみーちゃんは、とことん私を甘やかしてくれる。
「今夜は私の好きにしていい?」
昨夜の私が、みーちゃんの愛を全身で感じたように、私もみーちゃんの体に刻み込みたい。
「いいよ、いっぱい跡付けてもいいし、なんなら噛んでもいいよ」
噛み跡なら、しばらく忘れられないだろうか。
「痛っ」
鎖骨の下、白い肌に小さな赤い点々が残る。違う、こんなことしたい訳じゃない。
「ごめん」
「大丈夫だよ、結構クセになるかも」
なんて笑う。
「みーちゃん、縛られるのは?」
「どうかな、やったことはないけど」
やってみる? なんて誘う。
違うんだよ、そういうことじゃない。
「心までは縛れないから」と首を横に振った。
「私は、こうやって雫が隣にいてくれれば十分だよ。眠くなるまで喋るのも良くない? 特別な夜って感じ」
「一生忘れられない?」
「そう、歳を取って、たとえ認知症になっても決して忘れないーーま、古い記憶は忘れないみたいだしね」
「もしも忘れたら、私が話して思い出させてみせる」
「お、頼もしいなっ」
「みーちゃん、腕痺れない?」
「うん、大丈夫」
みーちゃんの腕枕は、みーちゃんの空間に私がすっぽりハマる形で、私がみーちゃんの一部になれた気分になるから好き。
温かさも、匂いも、みーちゃんの規則的な鼓動も、スースーという寝息も、心地よく眠気を誘った。
「忘れ物はない? お土産は職場だけでいいの?」
空港の喧騒には慣れていないせいで、油断するとはぐれそうになる。周りの人達の歩くペースが速すぎて戸惑う。
「大丈夫」
「ーーまた」
みーちゃんが何かを言った気がするが、私は時計が気になってそれどころじゃなかった。そろそろ……
ぼーっとしていたら、急に抱き締められた。
「雫! また、言葉と顔が一致してないよ」
みーちゃん、ここ、空港だよ、みんな見てるよ。
「雫、私も寂しい。ずっと一緒にいたい」
「みーちゃん?」
ちょっと落ち着こうと言って、待合のソファに座った。
「雫、私も同じだよ。会えれば嬉しいけど別れる時はそれ以上に寂しい。今までは大人だから我慢しなきゃとか、言ったら相手を困らせるとか思って、自分の気持ちを胸に秘めてたけど、それはもうやめる。思ってること、どんどん伝えようと思う。離れているからこそ、必要なことなんじゃないかな。だから、これからもどんどん愚痴溢すからね、よろしくね」
「あ、はい」
「ん、じゃそろそろ行こうか」
最後は笑顔で手を振って、それぞれの搭乗口へと向かった。
窓から外を眺めると、どんよりとした空からチラチラと舞いだした。
みーちゃんの優しさが、私の心に駸々と降り積もる。
二人は同じ気持ちなんだと。
寂しいのは自分だけではないんだと。
寂しければ寂しいと言っていいんだと。
弱さを見せてもいいんだと。
みーちゃんは自ら実践することで私に教えてくれたんだろう。
「大きいなぁ」
みーちゃんの存在が北の大地のように、私の中で広がっていた。
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