第4話 ワンナイトじゃない【雫side】
自分で言うのもなんだが、私は昔からわりとモテた。告白されることが多く、その中で、いいなぁと思った子とは付き合った。高校は女子校だったので、女の子にも告白された。最初は戸惑ったけど、周りをみたら女の子同士で付き合ってる子達もいたので、そんなもんかと思って、何人かと付き合った。男でも女でも特に変わりはないように思う。人と人の繋がりなのだから。
ただ、私の恋は長続きしない。すぐに別れがやってくる。
そんな私に、幼馴染の親友は「それは本当の恋じゃない」と言う。別れた時に辛くない恋なんてと。
そうなの? お互いに納得して次の恋へ向かう、そんな別れがあってもいいんじゃない?
「ドライ過ぎない? 本当に好きなの?」と聞く。
好きだよ、一緒にいる時は楽しいよ。ただ自分一人の時間も必要でしょ? ずっとそばに居たいという感情はないかも。
そんな私が、恋をした。
相手から告白されることなく、人を好きになったのは初めてかもしれない。
気になってしょうがない。
会いたくてたまらない。
四六時中ずっとその人の事を考えてしまう。
これが本当の恋?
それは、短大を出て社会人2年目、21歳の時だった。
出会いは偶然、どこにでもあるような居酒屋だった。
偶然隣の席に座って、ほんのひと時楽しい時間を一緒に過ごしたのだ。
その人は、キッチリとスーツを着こなして、金曜の夜なのに疲れた表情も見せず、甘い香りをさせていた。こんな庶民的な居酒屋じゃなくお洒落なバーが似合うような大人な女性だった。
居酒屋のわりに美味しいお肴と、話題豊富な会話は、時が過ぎるのを忘れさせた。
時計をチラッと見る仕草さえ様になるその人との、素敵な時間が終わってしまうのが惜しくて、お酒の力を借りて言ってしまった。
「お姉さん、私とワンナイトしませんか?」と。
お姉さんは驚いた顔をしたけれど、嫌悪感は見せなかった。
「意味、わかってるの?」と呆れた感じだ。
さらに「学生さん?」と聞いてきた。
一応これでも、成人してるんだけどなぁ。
そりゃ、私みたいな社会経験も乏しいペーペーは釣り合わないのは分かってる。それでも少しは近付きたい。必死にアピールしてみる。
信用してもらえるように免許証を提示しようとしたら。
「ワンナイトで名前を名乗るなんて無粋よ」と言った。
ねぇそれって、オッケーってこと?
よし! 気が変わらないうちに行動だ。
「では、出ましょう」と、強引に連れ出した。
外に出たら、冗談よ! と言われ逃げられないように、腕を取って手を繋いで私のポケットに入れたーーまでは良かったが。
さて、これからどうしよう。どこへ行けばいい?
私のうちーーは、狭いしボロいし、綺麗なお姉さんには似合わない。
それに、名前も名乗らないのに家に連れていくのも、何か違う。
では、ホテル? でも、そういうところあんまり行ったことないしな。
あれこれ考えていたら、お姉さんの声がした。
「ーー休憩していこうか」
あぁやっぱり敵わないなぁって思いながら、お姉さんの後をついていった。
着いた先は、ワンナイトには最適な、そういうホテルだ。
落ち着いて受付を済ませたお姉さんは、私の手を取ってエレベータへ入ったーーまるで私のドキドキを見透かしているかのように。
部屋に入ってからも、ワタワタしている私とは対照的にお姉さんは慣れている風だ。経験の差? は、まぁ仕方ないとしても、私だって余裕のあるところを見せたくて、お風呂を一緒に! と誘ってしまった。
軽くあしらわれ、先に入ることになった私は、身体を念入りに洗う。
これからのお姉さんとの時間を思うと、体が熱くなって頭はふわふわする。
あ、少しのぼせたのかも。
「お姉さん、お先でした! って、お姉さん?」
え、寝てる? やだ、可愛い。
カッコいいお姉さんの、可愛い寝顔なんて反則だ。
たぶん、ここでスイッチが入ったんだと思う。
思わず覆いかぶさってしまったのだから。
もうこうなったら……経験の差は、若さで情熱でカバーだ!
熱い口付けで、私の思いの丈をぶつけた。
お姉さんは、何やらごちゃごちゃ言っていたけど、そのまま欲望のままに抱いた。経験は少ないけど、同じ女性だから気持ち良くなる場所はわかってるーーなんて後付けかなーーあの時は夢中だった。お姉さんの匂いとか肌の温もりとかに包まれて、ただただ気持ち良くなって欲しいと思いながら、私自身も気持ち良くなっていた。
気付いたら眠っていたみたいで、翌朝目が覚めたらお姉さんの綺麗な顔がそこにあった。
「あ、おはようございます」
「ん、おはよ」
余裕の笑みで返された。
「ーー気持ち良かったですか?」
無粋だと思いながら聞かずにはいられなかった。
一瞬、間があったけど「うん、とっても」と笑ってくれて安心した。
その笑顔に釣られて、また会いたいだの名前を知りたいだの我儘言ったら、頬をつねられた。
「名前を聞くなら、まず名乗るのが先でしょ?」と言われ、嬉々として名刺を差し出した。もちろん、裏に個人的な電話番号を記入して。
そして待望の名前を聞き出したーー橘美佐ーーお姉さんはそう名乗った。
美佐さん、みささん、言いにくいな。
「じゃ、みーちゃんですね!」
みーちゃんは、何やら苦言を呈していたけれど、そんなのどうだっていい。
「しずく!」
みーちゃんの口から自分の名前が呼ばれて、舞い上がってしまったから。
ワンナイトで終わる気なんて、さらさらない。
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