第4話 修羅場の前兆

X X X


 それからというもの、神崎有紗は事あるごとに、俺の匂いを嗅ぐようになった。


 それは、例え家でも


『あ、有紗……くっつきすぎだって……』

『すうーはあー……落ち着く……』

『もう……人の話聞けよ……(なでなで)』


 それは、例え学校でも


『お、おい……いくら放課後とはいえ、先生たちくるかもしれないよ!?ていうか、他の生徒に見つかったら変な噂立つぞ!』

『ちょっと……暴れないで……匂い、嗅ぎづらいでしょ?それに、倫太郎は所詮パッとしない冴えない男だから、むしろ光栄なのでは?』

『いや、俺は別にいいんだけど、お前がな……』

『へえ、心配してくれるの?すうーはあー』

『そ、そりゃ、一応幼馴染だから……お、おいちょっと!そんな強く押さえつけると……』

『すうーはあーすうーはあー』

『本当にもう(なでなで)』


 所構わずなりふり構わず、人気のないところに俺を呼び出しては、すうーはあーととても気持ちよく俺の匂いを嗅ぐ。


 別に香水とかつけてる訳ではなく、匂いで言うなら、女の子独特のいい香りを振り撒いている神崎有紗の方がよっぽどいい。けれど、彼女は飽きる事なく俺の匂いを心ゆくまで堪能する。そして俺は彼女の頭を優しく撫でて、甘やかす。

 

 不思議なのは、この一連の行動が神崎有紗と朝比奈真礼に影響を与えた点。


 今朝の学校での二人のやりとりを見れば一目瞭然だ。


『あら、なんでも二番目さん、おはよう』

『おはよう。なんでも一位さん』

『……悔しくないの?』

『なんで悔しがる必要があるの?』

『んんん!そんな精神じゃ一生私を追い越すことはできないわ!』

『別にどうでもいいよ。そんな怒ると小皺こじわが増えるわよ。ふふ』

『んんんんんんんんんんんん!余計なお世話よ!』

『あら、だったら、さっさと自分の席に戻ってちょうだい。朝比奈さん、邪魔なの』

『んんんんんんんんんんんんんんんんんん!』


 授業の時も


『さ、この問題に答えられる人は手をあげて言ってくれ』

『はい、先……』(神崎有紗)

『先生!私が答えます!2位である神崎さんより私の方がもっといい解き方を知ってます!』

『で、でも、先に手を挙げたのは神崎だから、一応……』

『先生、私は構いません。朝比奈さんにやってもらいましょう』

『う、うん。神崎がそれでいいなら、別にいいけど……じゃ』

『んんんんんんんんんんんんんんんんんん!』


 昼飯の時も


『ははは〜そんなしょぼい弁当とか食べて、一位になれるわけないでしょ?!見て!私の弁当!キャビア丼よ!』

『そんなのどうでもいいの。それより、食事の邪魔よ。おいおいあっち行きなさい』

『ぐぬぬ……私を虫扱いするなんて……2位の分際で!ちょ、ちょっと!私を無視しないで!なんで勝手に食べ始めてるのよ!』

『あら、朝比奈さん、まだいたの?マナーのカケラもないなんでも一位さんね』

『んんんんんんんんんんんんんんんん!ええ!私はなんでも一位よ!ふん!』

『ふふ』


 とまあ、こんな感じで、立場が逆転した訳である。今までの神崎有紗はちょっちゅう朝比奈真礼の安い挑発に乗って、いつもストレスを受けてきたのだが、今や、朝比奈真礼の方が全身をぶるぶるさせて全力で悔しがっている。


 そして口喧嘩で負けた朝比奈真礼は、自分の席に戻る時に、必ず俺を睨んでくる。


 こ、怖い……マジで視線一つで虫なんか余裕で殺せそうだわ……


 そんなことを考えていると、放課後になった。


「あ、倫太郎!ごめん!今日はお父さんからおつかい頼まれて別方向だよ」

「そうか?別に一緒に行ってあげてもいいけど」

「いいよ。結構時間かかりそうだし。先に行くわ」

「うん。気をつけて帰れよ」


 と、今日は珍しく、野原が先に行っちゃった。野原は、お父さんの仕事関係で、備品の買い出しなどを頼まれることがたまにある。まあ、しょうがないか。今日は一人で帰るとしよう。と、思った瞬間、俺の携帯が鳴った。


『いつもの4階のドア付近で』


 目ざといやつ。


「すうーはあーすうーはあー今日の朝比奈さん見た?」

「あ、ああ。でも、ほどほどにしといた方がいいぞ。相当怒っているっぽっかたし」

「今まで散々やられたからね。3倍返しよ」

「……」

「ねえ、倫太郎」

「ん?」

「私、別に一位にならなくてもいいよね?」

「もう口が酸っぱくなるほど言ってあげたでしょ?」

「もっと言って……」

「……今の有紗でいいよ」

「すううううううううーはあああああああああー」

「お、おい!いきなり体に力入れるな……(なでなで)」

「……い、言っとくけど、あまり調子に乗らないで。私は倫太郎の匂いにしか興味ないから」

「左様ですかい(なでなで)」



 もちろん、俺たちは昔みたいに仲良くなった訳ではない。けれど、思い出のカケラを頼りに、懐かしい気分を味わうのであった。


 が、この平穏な静寂を突き破る存在が現れた。







「やっぱい!古澤さんが原因だったのね!!!!!」

「ん!朝比奈真礼!?」

「ん!朝比奈さん!?」




 あ、バレちまった。一番バレてはならない人にバレてしまった。

 

 ど、どうしよう……



 

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