第2話 神崎有紗は俺の匂いを嗅ぐのが好きらしい

「ノックしても反応が無かったから、合鍵を使って入っちゃったの」

「いや、反応ないんだったら、普通帰るだろ?!」

「せっかく私が来たのに門前払いを食うのはかっとくるのよ」

「いや、門前払いも何も……人いなかっただろ?」

「だから余計に腹が立つ」

「どういう論理だ?」

「私がシグナルを送ったのに30分も遅れるなんて」

「それは悪かったよ。野原と一緒にたこ焼き食ったから……ていうか、家来るんだったら、裾引っ張るんじゃなくてちゃんと連絡しろよ!」

「いやよ」

「なんでだよ……」

「……ふん!」

「なんで怒っちゃってるし……」


 まあ、大体こんな感じだ。けれど、合鍵まで使って入り込むとは……恐ろしい子だ。


 俺たちはいわゆる腐れ縁の幼馴染である。月一回は必ず古澤家と神崎家は一緒に食事をするほど、家族ぐるみで仲がいい。けれど、それはあくまで家族ぐるみでの話であって、実際、俺と神崎有紗の関係はご覧のように微妙である。


 小学生だった頃まではとても仲がよかったけど、中学校上がった途端に態度が変わった。思春期なのかどうかはわからんが、それ以来、学校では名前で呼ぶことすら許されてなくて、見向きもされなくなった。


 まあ、いくら二番目とは言え、すっごい美少女であることには変わりないから、側から見れば、俺と神崎有紗とじゃ、釣り合い取れないんだよな。


 そんな彼女なわけだが、急に照れ顔でスカートをぎゅっと握り込んで話す。


「倫太郎」

「ん?」

「いつものあれ、しちゃお……」

「……わかった」


 全く……いつもはプライド高い姿しか見せないのに、こういう時には可愛いから余計タチ悪いんだよね。と、いうわけで、俺たちは「いつものあれ」をすべく、俺の部屋へと入るのであった。


「すう……はあ……すう……はあ……」

「有紗……」

「何?今忙しいから、要件だけ言って」

「俺の匂いってそんなに落ち着く匂いなの?」

「まあ、悔しいけど、倫太郎の匂いを嗅ぐと、あの金髪女のムカつく顔が頭から消えるんだよね。不思議だわ」

「どういう構造してるんだよ……俺の匂いは」


 さっきから俺たちはベッドに座っていて、神崎有紗は、俺の背中に思いっきり鼻を突っ込ませて匂いを嗅いでいる。


 高校一年生だった時は、クラスが別々だったので、神崎有紗と朝比奈真礼はライバル程度の関係だったけど、二人とも俺と同じクラスになってからは、犬猿の仲と化した。


「ちなみに、どんな匂いがするの?」

「すう、はあ……ふーん……そう聞かれるとどう答えていいのか困るわね」

「困るほど俺の体って微妙な匂いがするのか……」

「いいえ、そういうわけじゃなくて……うーん……しいていうなら普通の匂い?」

「普通って……そこらへんの男と同じってことか?」

「すう……はあ……それは違うの。倫太郎はなにもかもが普通だから、匂いも普通。だから、この匂いを嗅ぐと、一生懸命頑張って朝比奈さんを追い抜こうとする私が馬鹿みたいに見えるんだよね。だから、落ち着くの……ま、まあ……倫太郎の普通さが活かされるなんて、よかったじゃない」

「それ褒め言葉?」

「ええ。絶賛したの」

「絶賛しているようには聞こえないんだよね……」

「すうーはあーすうーはあ」

 

 俺が苦笑いを浮かべても、神崎有紗はお構いなしに、より顔を俺の背中にくっつけて空気を思いっきり吸って吐く。神崎有紗は俺の後ろにいるので、どんな表情なのかは窺い知れない。


 神崎有紗はいつも頑張っている。身だしなみにも学業にも手を抜くことなく、必死になって取り掛かっているのだ。


 だからいつも疑問に思っていた。


 いつもは、匂いだけ吸わせて帰すのだが、今日はちょっと色々聞きたくなる気分だ。


「有紗はなんで、いつも一位になろうとしている?」

「それは……ん!なに?何か不満でもあるのかしら?この!」

「ん!痛い!なんだよ!?急に背中つねって……」

「ふん……すーはー……」

「……」


 まさか物理的攻撃まで仕掛けてくるとは……きっと、神崎有紗は何かを抱えているに違いない。だが、俺なんかが聞いても、答えてくれるかどうかは未知数だ。


 普通か……

 

 逆に普通だから言えることがある。


「別に2位も格好いいと思うんだよね」

「え?今なんって……」

「俺は二人みたいに成績が優秀とか、見た目がいいとか、そんな類の人間じゃないから、余計なお世話だと思うかもしれんが、2位もすごいよ。それほど頑張ったってことだろ?」

「……つまり、倫太郎は2位の私でも受け入れてくれるってこと?」

「いや、2位でも3位でも有紗は有紗だろ?」

「ん……ばか倫太郎。そんなセリフを言うなんて……生意気よ……」


 そう言って、神崎有紗は俺の腰に手を回した。


「お、おい!有紗これは一体!?」

「これは……倫太郎が悪いんだから」

「だから何が……」

「言ってあげない……バーカ……」

「お、おい、そんな……くすぐったいよ」


 いつかの日のように、神崎有紗は俺を後ろから思いっきり抱きしめて匂いを嗅ぐ。そんな幼気な様子が可愛かったので、小学生ぶりに彼女を甘やかしてあげることにした。


 まず、なでなでから


「倫太郎……生意気……んにゃ」

「撫でるの嫌?」

「……意地悪……わかるくせに」

「なんだか昔に戻ったみたいだな」

「すうーはあー……すうーはあー……」

「有紗って中学校上がってから急に俺のこと警戒するようになったよね。何かあった?」

「……さっき言ったでしょ?言ってあげないって……今は」

「まあ、気が乗れば言ってくれよな」

「う、うん……わかった」


 と、いうわけど、神崎有紗は共働きをする親が戻ってくるまで、俺の匂いを堪能するのであった。



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