(二)頼家無惨

景時の失脚から三年後の一二〇三年、頼家は叔父である阿野全成ぜんじょうを謀叛のとがで捕縛

する。頼朝が死去して以来、全成は実朝を擁する北条時政と結び、頼家を支える比企一族と対立を深めていた。

全成は配流となった常陸国で八田知家により斬殺された。頼家は全成の妻・阿波局も逮捕しようとするが、母の政子は引き渡しを拒否する。


  ・・・・・ そりゃそうだろう。阿波局は政子の実の妹なのだから。

  全成とは義経の兄・今若のことじゃ。これまであまり目立たんかったが、頼朝が

  挙兵した時、京から修行僧に扮して下総まで駆け付けてきておった。どういう訳

  か頼朝の信頼が厚くてな、後に政子の妹(阿波局)をめとって実朝の乳父となって

  いた。

  しかし醍醐寺で修行をしていた頃は、その荒くれ者ぶりから「悪禅師」と呼ばれ

  ていたとも聞いておる。爪を隠しておったのかもしれんな。


  以前に景時が追放される原因となった注進とはな、「全成と時政ら一部の御家人

  に、頼家の弟・千幡(後の実朝)を将軍に担ごうとする陰謀がある」と告発した

  ものであった。

  これを讒言であるとして、阿波局が景時に不満を持つ御家人たちに火を付けて

  あおっていたのじゃ。おかげで頼家は唯一無二の忠臣・景時を失うことになって

  しもうた。頼家の怒りは相当に根の深いものだったのであろうよ。


御家人のとの対立が更に深くなり、頼家は時政と政子から出家を迫られる。

時政は頼家の所領について、関東二十八国を頼家の嫡男・一幡いちまんに、西国三十八国を弟の千幡せんまんに相続させるべく画策する。一幡が将軍職に就けば、千幡を掲げて西国を切り取り北条の知行地としてしまおうとの魂胆に違いない。

「所領は全て嫡男に譲るが道理というもの」

一幡を擁する比企能員は時政を激しく糾弾した。すると時政は、仏事の相談がある

と偽って能員を自宅に呼び出し不意打ちしてしまう。怒った比企一族は一幡の居る

小御所こごしょに陣を構えるが、幕府軍の攻撃を受けて一幡共々討ち滅ぼされた。


  ・・・・・ 一幡は頼家と比企能員の娘・若狭局との間に生まれておった。

  頼家が将軍職に就いたことで、御外戚の立場も時政から比企能員に移っていた。

  このまま一幡が後を継いでは、完全に比企氏の天下となってしまうじゃろう。

  ましてや比企一族は武蔵から上野、信濃に至るまで勢力を誇る大豪族であった。

  一方の北条は伊豆の小豪族に過ぎんのでな、まともに戦っては勝負にならん。

  まさに「先手必勝」というやつじゃ。


頼家は北条氏の領国である伊豆国修禅寺に幽閉され、替わって弟・千幡が将軍職に

就いた。九月七日には京の朝廷に「頼家が病死して弟の千幡が家督を相続した」との報告が届けられている。

翌年七月、頼家は幽閉先で時政の手兵によって惨殺された。


  ・・・・・ おかしな話だとは思わんかい。

  京までの時間を考えれば届けが発信されたのは数日前のはず、おそらくは時政が

  千幡への相続を画策した九月一日の頃であろう。しかし頼家が殺害されたのは

  その翌年のことじゃ。頼家の死は予め定められた時政の路線の上にあったとしか

  考えられん。


  頼家のつまずきは、梶原景時を失脚させたことに尽きようのぅ。

  景時は武にも文にも優れた武将でな、頼朝も心底から惚れ込んでおった。鎌倉

  ではいきなり侍所の次官に任じられたでな、そりゃ周りのねたみも大きかったで

  あろうよ。

  頼朝が死んだ後も引き続き二代・頼家に重用されていたのだが、景時は北条や

  三浦、和田らの御家人たちとは一線を画しておった。また京から呼ばれた大江

  広元や三善康信とも距離があったようじゃ。役目柄、周囲からは嫌われること

  が多くてな、しかし鎌倉将軍の為には命も惜しまぬ忠臣であったことは間違い

  ない。景時が去って、頼家を支える者がいなくなってしもうた。


  頼家は病気などと言われておるがな、儂にはそうは見えなんだ。これは全て

  時政と政子が仕組んだことに違いないわい。それにしてもむごい殺され方をした

  ものじゃ、血の繫がった子や孫だと言うにな。

  『比企の乱』などと呼ばれておるがの、ふざけた話じゃ。謀叛を起こしたのは

  北条の方ではないか。この騒ぎで、儂はまた対馬国に流罪とされてしもうた。

  何でじゃ!


元久二年(一二〇五)、文覚上人は、遠く鎮西ちんぜいの地で失意のまま客死した。


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