(四)死の裏側

その頃、九条兼実は廟堂びょうどうに君臨し、娘を後鳥羽天皇の中宮に入れるなど政治の実権を握っていた。しかし丹後局(高階たかしな栄子)や権中納言・土御門つちみかど通親を中心とする

反兼実派が結集される。

丹後局は後白河法皇の寵愛を受け覲子きんし内親王を産んでいた。通親は内親王の勅別当にされて、生母である丹後局との結びつきを強めていく。

一一九五年の始め、頼朝は政子や頼家、娘の大姫らを伴って再び上洛した。名目は

東大寺再建供養であったが、真の目的は大姫を後鳥羽の後宮に入れるべく朝廷への

根回しであったという。頼朝は丹後局や土御門通親と面会し、大量の贈物や荘園の

安堵など朝廷工作を活発に行った。


  ・・・・・ 頼朝が大姫を後鳥羽天皇の後宮に入れようと画策をしたという噂

  じゃがの、朝廷では兼実の娘・任子と通親の養女・在子が帝の寵愛を巡って張り

  合っている時期であった。その上に大姫の入内など、あり得た話とは儂には思え

  んがな。

  源通親はあの村上源氏の嫡流、即ち公卿でな、当時は権中納言に昇進して土御門

  を名乗っておった。平家全盛の頃には清盛の姪を娶り、平家が滅ぶと妻を捨てて

  今上帝(後鳥羽)の乳母を室に迎え丹後局に近づいたという欲のかたまりじゃ。

  頼朝と通親を結びつけたのは一条能保であろう。頼朝の姉を娶っておったのだが

  九条兼実とは犬猿の仲でな、通親と丹後局は兼実を関白の座から追い落とそうと

  大姫の縁談をえさに能保に近づいたに違いない。


同年夏、中宮(兼実の娘)が女子を出産した。しかし秋には後宮に入っていた通親の養女が男子(後の土御門天皇)を出産する。すると通親は権大納言となり、近衛基通を平家以来の関白に戻して親鎌倉派の兼実を失脚させた。


  ・・・・・ 頼朝もその辺りの事情はわきまえておったのだろうな、古式に

  則ったふりをして一旦は入内を辞退したようだ。儂が思うに頼朝としては、

  大姫を帝の兄弟である守貞もりさだ親王か惟明これあきら親王に嫁がせて、鎌倉に招聘しょうへいして頼家

  の後ろ盾にできれば良い、ぐらいに考えておったのではないだろうか。

  しかし大姫は若くして死んでしもうた。以前に頼朝が木曾義仲と対立した時、

  預かっていた嫡男の義高までも処刑したという話をしたであろう。大姫は義高

  を将来の夫と思って仲睦まじく暮らしておったのだが、その時から精神を病ん

  でしまったのじゃ。


建久九年(一一九八)正月、通親は為仁ためひと親王(土御門天皇)の践祚せんそを強行した。

後鳥羽天皇は譲位して上皇となり、通親は天皇の外戚となって権勢を強めていく。

大姫が亡くなった後、頼朝は妹の乙姫おとひめの入内を求めるようになる。一条能保の

嫡男・高能の働きにより、正式に「女御に任ずる」旨の宣治が発せられた。

その年の暮れ、頼朝は相模川で催された橋供養からの帰路で体調を崩したという。

翌年正月、頼朝死去。享年五十三。


  ・・・・・ 御家人たちの不穏な行動が増えてきたことで、頼朝は源氏の世を

  守るには権威という後ろ盾が必要だと考えるようになっておった。朝廷に擦り

  寄る頼朝に対して鎌倉の御家人たちは、このままでは平家と同じように朝廷に

  取り込まれてしまうのではないかとの不安を募らせていたようじゃ。

  頼朝の死因は落馬による傷の悪化などと言われておるがな、東国武士の頼朝が

  馬から落ちるなど信じられんことじゃわい。頼朝は長く糖尿を患っておったの

  でな、橋供養から戻った後は床に伏して養生していたのだが、この時に何者か

  が毒を盛ったのではないかなどという噂も流れていたという。


  実はこの頃、有力御家人である北条氏と比企氏の間に対立が激化しておった。

  これまでは比企を重んじる頼朝と、北条を実家とする政子によって何とか釣合

  いが保たれていたのだがな。

  そこで頼朝は、自分の目の黒いうちに家督を頼家に譲ってしまおうと考えた。

  しかし頼家の正室は比企の娘、二人の間には嫡男の一幡も生まれておる。この

  まま頼家が順当に跡を継げば、北条が没落の道を辿ることは想像に難くないで

  あろうが。

  そう思いたくはないが、時政や政子には頼朝の死期を早める動機があったこと

  は確かなのじゃ。

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