(一)北陸宮

源義仲は木曾義仲の名で知られる。源義朝の弟である義賢よしかたの次男で、頼朝や義経とは従兄弟にあたる。

義賢は父・為義と共に藤原忠実・頼長父子に仕えていたが、京では後白河天王に仕

える関白・藤原忠通と、崇徳上皇派の頼長らとの対立が激しくなっていた。為義は

後白河に与する嫡男・義朝が在京している隙を突いて、義賢を東国に下向させ領地

を手に入れようと画策した。義賢は秩父氏の婿となって上野こうずけで勢力を伸ばし、義朝に替わって鎌倉を預かっていた長男の義平と武蔵国を巡って争うようになる。

一一五五年、義平が畠山重能しげよしら近隣の豪族を率いて義賢を襲った。勝負は義平軍の

圧勝に終わるが、この時、畠山に属する長井の別当・斎藤実盛が、義賢の嫡男であ

る当時二歳の駒王丸(後の義仲)をかくまって信濃へと逃した。


  ・・・・・ 武蔵国長井は両方の勢力の中間に位置していたのでな、実盛は

  過去に義賢にも仕えたことがあった。重能から駒王丸の処分を委ねられたの

  だが、「幼子を殺すは忍びない」として乳母の夫である木曾の中原兼遠かねとお

  託したのじゃ。

  この後、保元の乱が起こり頼長ら崇徳上皇派は滅びてしまうのだが、義仲は

  中原氏の庇護のもと木曾の山中でのびのびと育てられたと聞いておる。


治承四年(一一八〇)、後白河の第三皇子・以仁もちひと王が全国に平家打倒を命じる令旨を発した。源行家が諸国の源氏に挙兵を呼びかけ、関東では伊豆に流されていた頼朝が決起する。

義仲も父・義賢が本拠としていた上野国に進出、多胡氏など亡き父ゆかりの豪族を

結集して越後に兵を進めた。越後の領主は清盛の信頼厚い城資永すけなが、兵力は義仲軍の四倍を超えていたが、義仲は横田河原の戦いでこの大軍を打ち破った。


  ・・・・・ 頼朝は従兄とは言え父のかたき・義朝の嫡男、これに後れを取るわけ

  にはいかんわな。

  越後では折悪しく資永が出陣を前に卒中で倒れてな、更には清盛も没したという

  知らせも続いたことで動揺を隠せないでいた。義仲は越後勢を傘下に飲み込んで

  北陸へと向かったのじゃ。


越前には出家して南都に潜んでいた以仁王の一宮が逃れてきていた。

義仲はこの宮を『錦の御旗』に奉じる計画を立てる。この地に御所を造ると宮を還俗げんぞくさせ、同時に元服もさせて『北陸宮』を名乗らせた。


  ・・・・・ この義仲の動きには頼朝も焦ったことであろう。源氏の棟梁の行方

  にもかかわる大事であるからな。

  ちょうどこの頃、所領を巡って頼朝と不仲になっていた行家と、頼朝と対立して

  常陸を追われた志田義広、二人の叔父が義仲の元に身を寄せておった。二人は

  「義仲こそが源氏の棟梁である。父の為朝を討った義朝の血筋は嫡流にあらず」

  などと触れ回っていたそうじゃ。

  頼朝は両叔父を差し出すよう要請したが当然のこと義仲は拒否するわな、すると

  これを口実に頼朝は大軍を率いて信濃へ進軍する構えを見せたのだ。平家と頼朝

  の挟撃に遭ってはたまらんと、義仲はまだ十一歳の嫡男・義高を頼朝の長女・

  大姫の婿として鎌倉に送った。義仲は四宮から平家追討の院宣を受け取っていた

  のでな、とりあえず頼朝とは和睦しておいて、首尾良く平家を討って京に入った

  後に北陸宮を掲げて後見になれば良いと考えておったようじゃ。



頼朝は関東を平定すると朝廷に平家との和睦を提案する。しかし後嗣の宗盛が清盛の遺言に従って和睦を拒否、京を防衛すべく維盛これもり率いる大軍を北陸に向かわせた。

寿永二年(一一八三)、越中に入った義仲は、倶利伽羅くりから峠の戦いで維盛の追討軍を

討ち破る。平家軍四万に対し義仲軍五千、しかし義仲は平家の大軍を峠に誘い込み、夜襲で一気にこれを殲滅せんめつした。


  ・・・・・ 北陸は京の台所を支えておったのでな。しかし、ここを源氏に抑え

  られては平家としては京を落ちるしかないわな。

  「倶利伽羅峠では『火牛の計』を用いたとの巷説こうせつ真実まことか」、じゃと? 

  そんなものは大陸の書物の中に出てくるお伽噺とぎばなしであろうよ。

  少勢で大軍を討ち破るにはな、古今東西、夜襲に限るのじゃ。

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