序章  文覚上人

建仁三年(一二〇三)七月、鎌倉

二代将軍・源頼家が病となり、その後、北条時政によって嫡子・一幡いちまんと、頼家を支えていた比企ひき一族が討ち滅ぼされた。頼家は時政の領地・伊豆国修善寺に幽閉されてしまう。

京では“文覚もんがく上人”が謀叛の疑いで対馬国へ流罪るざいとされた。


   ・・・・・ 流罪はこれで三度目じゃ。今度ばかりは儂も生きては戻れまい。

  ところで御主おぬしは何者じゃ。こんなわしに何か用がお有りかな。

  ほぅ、東国の歴史書を編纂しておると・・・

  しかし北条がおってはな、源氏の世も長く続くとは限らぬわな。

  まぁ、良かろう。儂ももう長くは生きられまい。これまで見てきた限りのことは

  話して進ぜよう。


文覚上人とは真言宗の僧、“高雄の聖”とも呼ばれている。出家する前は遠藤盛遠えんどうもりとお、「北面武士ほくめんのぶし」として鳥羽とば院の皇女・統子とうし内親王(上西門院じょうさいもんいん)に仕えていた。

高雄山神護寺の再興を後白河天皇に強訴ごうそした罪で伊豆に配流され、そこで同じく流人であった源頼朝と親しくなる。以後、良き理解者として頼朝を支えた。


   ・・・・・ 儂が仕えておった統子内親王とは四宮しのみや(後白河天王)の姉君に

  当たるお方でな、それで四宮をはじめ清盛や義朝(頼朝の父)とも顔馴染みに

  なったというわけじゃ。

  ある時、儂は不覚にも同僚の奥方に横恋慕よこれんぼしてな、誤ってその女を刺殺して

  しもうた。それで武士を辞めて出家したのだ。あれは十九の時じゃった。

  若気の至りとは言え慚愧ざんきの念に堪えぬことであったわい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る