第3話 老人とサラリーマン

俺はよくとあるバス停に乗る。そのバス停からでないと会社には行けないからだ。

そして、俺よりも速くバス停に来る人も当然いる。

その代表ともいえるのがとあるよぼよぼのご老人だ。

腹巻に白いTシャツに木の杖。完全に漫画とかで見る老人だ。

よく俺はこの老人と話をしている。

「今日は天気がいいですね。」だの、「お孫さんとかは?」あるいは、「昔はどんなことされていたのですか?」とかだ。

きまって老人は「うん」か、「はい」でしか答えないが、それでも何故かニコリと笑っていた。

ある日、またいつものように会社に行こうとすると、やはりそのご老人がバス停のベンチに座っていた。

しばらくして早めにいつも通りのバスが到着し、中に入ろうとすると、「君」とそのご老人が俺を呼び止めた。俺は少し驚いてたじろいたが、すぐに持ち直した。

そして、老人は口をゆっくりと開いた。

「いつも楽し気に話しかけてくれてありがとうな。」

俺は最初、意味が分からなかったが、すぐにまた持ち直して「はい。こちらこそ。」と言ってバスに乗り込んだ。

よく見るとバス停にはピンク色のスイートピーが数本束になって置かれていた。

「誰に言ってたんですか?」と運転手が俺に聞いた。

当然俺は「ベンチにいたご老人にですよ。」と答えた。

しかし、運転手はそれを聞くと少し顔を顰めてこう言った。

「何言ってるんですか?あのベンチにはご老人なんていませんよ。そもそも、私はいつもあのバス停にバスを止めていますが、ご老人が乗ったところなんてここ一年見たこともありません。」

俺はしばらく思考を停止してしまった。

後で聞いた話だが、今朝方に一人の老婦人が花を手向けていたらしい。もしかしたら、あのご老人の妻なのかもしれない。

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