時化まち十二月
古地行生
釣り
ざぱぁん ざぱぁん
ひゅるひゅるるるる
「じいさんこんちは」
「……」
「こりゃいい具合に海に突き出てる岩場だねえ。天然の堤防だ。釣りにも一服にもちょうどいいスポットじゃん」
「……吸うのはかまわんが捨てんな」
「ああ? だいじょうぶだよ。いまどき紙巻きとか吸わねえよ。だいたい俺のは煙草でもないしヘルシーよ。おう、この指輪どうよ。エメラルドよエメラルド。本物の」
「……」
「反応なしかよ。傷つくねえ。一服して癒されますか」
「……」
「ん~ッ、はあ~~~~いいね。どんよりくもりぞらに時化ってきてる白い荒波。冬の日本海の空しい感じ。こういう田舎は大好きだよ。寒さで顔がビンタ食らってるみたいなのもいい」
「……」
「だけどじいさんさ、あんた釣り素人にゃ見えないのにこんな時になんで釣りしてんの? 俺も釣りにハマってた時期があってよく船だしたりもしてたけどさ、海がこれじゃ釣れないよ」
「……」
「理由でもあんのかい。もう正月が近いから年越し前になんとか大物釣って里帰りするかわいい孫たちに出してやりたいとか? こんなド田舎じゃ一年に一度帰るかどうかだろ。それに今どきコロナコロナうるせえからますます帰ってこないよな。大変だねえ全国のおじいちゃんおばあちゃんは。おかげで俺の方は本業も副業も儲かるけどよ」
「……時化た方がええんじゃ」
「は? なんだって?」
「海が荒れた方がええんじゃ。その方が釣れる」
「っちょ、じいさんさあ、俺相手にそんな意地張らなくていいっしょ。俺はたまに田舎を旅して回るのが好きな通りすがり。そんなのにイキッても不毛だっつの」
「……」
「怒った? そんならごめんごめん。じゃ一応きくけど、荒れたら釣れる魚ってなによ」
「……なごんさま」
「やっぱきいたことねえよ。いや、あー、なんかそういう小豆あったかもな。少納言、大納言だか。まーどうでもいいか」
「……」
「ふー、一服キメてのんびりしてきて良い感じに海がめっちゃくっちゃうねって見えるよ。ああそうか時化てきてるか。良かったじゃんじいさん」
「……」
「愛想がないのか釣りに真剣なのかわかんねえな。まあ別に? 寂しくないし?」
「……」
「ごめん今ウソついちゃったよ。この辺さあ、建ってるのほとんど空き家だろ? 過疎は怖いよな。さびしいよな。みんな東京大阪、名古屋福岡、ああいうとこが吸い上げてくもんな。俺もふだん東京」
「……」
「こんなさびれた田舎でも交番があるのが面白いよな。じいさんあそこのおまわりさんと知り合いかい」
「……知り合いじゃ」
「そうか~。じゃあ伝えておくのが筋だな。おまわりさんはさっき殺してきたよ」
「……」
「反応なさすぎでしょ。なんなら一緒に死体見に行こうや。ああいや、そんな面倒なことしなくてもいいか。拳銃とか色々とってきたから見せるよ」
「……見せんでええ」
「そうかよ。たしかに伝えたよ。それから、殺すのにはじいさんちの包丁使ったからさ、お礼言っとくわ。ありがと。切れ味凄かったよ。手入れが行き届いててプロってるよ。こっから見えるあそこの平屋、じいさんちだろ? あそこしかまともに暮らせる家ないからわかったよ」
「……」
「家ん中のもんは適当にもらってくから安心して。やっぱ有効活用しないとさ、勿体ないじゃん。ニッポンってもう余裕ないわけじゃん。だったら田舎のジジババなんて財産吐き出すしか役に立たないんだからさ」
「……」
「それじゃさよなら」
ざぱぁん ざぱぁん
ひゅるひゅるるるる
どぼん
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