第壱話 電気自動調理鍋、襲来


 ホットクックが某熱帯雨林より届いたのを兄からのLINEにて知る。

 ので、その日は定時に無理やり上がった。

 玄関入ってリビング入らず、猫の顔も見ずにまっすぐ浴室で着替えて十五分走って、手を洗って、猫を吸って、猫のトイレを掃除して、猫に薬入りおやつとごはんを用意して、諸々ルーチンこなして、そうして初めてホットクックの箱と向かい合う。でかいな。


 さて、ここでいうところの『ホットクック』とは、〈SHARPヘルシオホットクックKN-HW24E〉であり、水なし自動調理鍋であり、大雑把にいえば材料ぽいぽい入れてスイッチオンでなんかごはんができる電気鍋である(個人の主観と想像と期待)。

 お値段、某熱帯雨林にて¥53,880也。 

 五万三千八百八十円。

 決して、お安くない。

 だが、買えなくない。

 老後の蓄えはないが、小金は持っている社会人。

 将来の不安はあれど、愉しみがなくては今日を生き抜けない労働者。

 書かねばならないのに、一向に筆が進まない作家志望者。

 繰り返すが五万三千八百八十円、無駄にはできない。元をとらねば。

 この元をとるという考えは、俗であり、品がなく、賢明ではない。私は俗人であり、品がなく、暗愚である。っていうか、あわよくば儲けたい。

 ということでエッセイなのである。

 つまりは、ホットクックでゆるくラクにごはん作って、その過程をおもしろおかしく大袈裟に書き立て、メーカーさんの目にとまんないかなあ、謝礼くんないかなあ、電化製品もいいなあ、我が家の電子レンジつまみが空回りするんですよシャープ2002年製なんですよ! という純不純な動機で始めるわけである。

 カクヨムで特定のメーカーの商品を祀り上げる、もとい取り上げるのは、原付は良くて電気鍋がNGということもあるまい。なんだったら、小説にしてアニメ化か。


 ・・・・・・まあ、冗談さておき、この心境に至るまで色々あって。


 エッセイは小説ネタを削るので手を出すまいと己の半生省みて言い聞かせて幾星霜。

 なのに叛旗を翻したのは、2020年秋から罹患した皮膚炎のせいである。町医者に通うものの原因不明、年を越した2月に総合病院で検査してようよう病名決まり、てゆーかアレルギー39項目ほぼ引っかかってるって、〝生きづらい〟とはこういうことか(やや違う)。

 痒みで眠れず、仕事中も保冷剤を手放せない日々。

 小説書こうにも痒みで進まず、行き詰まると掻き毟って悪化させる。読書も集中が続かない。春になるに連れて徐々に快方へ向かうものの、一歩進んで半歩下がる。

 そんな中、多少できた生産行為といえば、料理ぐらい。

 でも魚を捌く技術もなく、塊肉をオーブンで焼く設備もなく、某料理漫画のように米の大きさを一粒ずつ揃えて炊く根気もなし。

 スーパーのパック魚肉と産地直売所の安い野菜を購入して、うつうつと台所に立つ週末。いわば料理は小説書けないの代償行為。

 それでもなんとはなしに手を出した炊飯器で作る料理はラクで(あんまり)失敗なく、私の欲求不満を満たしてくれていた。だんだん楽しくなってきて、Twitterで「炊飯器2台目欲しい」などとのたまっていたら、炊飯器調理の神が降臨してもっと良いものがあるよと言わんばかりに呟いたのである。ホットクックの存在を。炊飯器調理神のくせに、不良である(本人は民と名乗っていたが、炊飯器小説で書籍掲載されているのだからやはり神である)。


 『食材と調味料を入れるだけ ホットくクック』……魅惑のキャッチコピーであり、代償行為ですらラクしたい私のずぼらさと合致している。

 悩むこと一か月。

 一日五回はホットクックについて考えており、まるで恋。

 とある週末、炊飯器で筑前煮を煮て、お菓子作って、白米炊かせる、日に三度働かせるという過重労働を強いていたことに気付く。

 これはいかん、と炊飯器を苦役から解き放つという大義名分を得た私は嬉々としてポチったのである。 


 そして冒頭に戻る。でかいな。梱包を解けば、中身もでかいな。

 巨大な赤いヘルメットじみている。ガンダムに造詣が深い方ならば、シャア専用機を彷彿させるか。ごついパワースーツで武装した炊飯器というニュアンスが一番伝わり易いだろうか。隣の5.5合炊きの炊飯器がやたら可憐に見える(炊飯器が可憐に見える日が来るとは)。

 購入したホットクックはKN-HW24Eは2.4L(2~6人分用)。

 事前に設置スペースを用意していたが、炊飯器、トースター、レンジと居並んでおり、密だ。ちょっとたじろぐ。

 いや、大事なのは外見じゃないでしょ、性能でしょ、味でしょ。と、襲来日、私はまず最初に作ろうと心に決めていた料理に取り掛かった。

 

 シフォンケーキである。


 いや、うん、なんでホットクックでシフォンケーキ、という疑問はむべなるかな(使い方あやし)。


 卵5個、小麦粉100グラム、砂糖100グラム、ティーパック2個を、電動泡立て器で泡立て倒して焼く紅茶シフォンケーキ。

 黄身と白身をわけて、白身を電動泡立て器で2分混ぜ、砂糖を投入して同じく6分、黄身を投入して同じく3分、そしてふるった小麦とティーパックの中身を二回に分けて投入し、電気じゃない泡立て器で粉っぽさがなくなるまで混ぜ、釜に流し込み、何度か床にとんとんして空気を抜いて釜をセット(自分の手際の悪さを信じているので、元のレシピより泡立て時間をそれぞれプラス1~2分させている)。しかし卵5個ってほとんど卵焼きだよなあと毎回思う。

 これは私が暗記している稀なレシピであり、材料も手軽なので、よく炊飯器で錬成していた。つまり、まずもって炊飯器で錬成できるものを同等の完成度で作れるか試したかったのである。あと、夜更けにお菓子作るのは大人の特権、背徳の愉しみ、淑女の嗜みというわけで。

 炊飯器ではケーキモードを選んでスタート押せばあとは待つだけ、ホットクックでもその過程と時間はほとんど同じ。して、出来上がりは……?


 入浴を済ませた45分後、蓋を開ければ無事に黄金の丘陵が錬成されていた。おお、いけるじゃない。

 火傷しないように鍋掴みを装着して、大皿を被せて、引っくり返して、軽くとんとんして、どんどんして、ぶんぶんして、ぶんぶか、ぶんぶかして……、……、…………ぬ、抜けない。

 何度振っても、叩いても、抜けない。炊飯器では母さんお肩を叩きましょうぐらいのたんとんですぐ抜けたのに。

 そう、炊飯器の釜はフッ素加工、しかしホットクックの内鍋はステンレス、こびりつきやすいのである。

 

 結局、シフォンケーキは内鍋に沿って、くるりとナイフを入れて、なんとか外した。味も炊飯器とまあ同等。


 包み隠さず言えば、ちょっと落胆した。ラクができると購入したのに、しょっぱな出鼻を挫かれた気分である。でも、これはホットクックの本領じゃない、他の料理で勝負すべき(誰と?)と思い直したその数日後。

 ※最新機種(KN-HW24F 2020年9月発売)ではフッ素コート内鍋と知る。



 あれ、私がポチッたのは最新機種じゃなかった……?



 教訓:電化製品を買う時は恋情のままに突っ走るのではなく、心に余裕をもって公式ホームページで情報収集すること。

 こんな人だと思わなかった、どころか人違いだったという悲喜劇を起こしてはいけない。

 ちなみにフッ素コート内鍋の別売りはある。


 ところでタイトルに〝猫〟とつけながら、ほとんど猫が出てこず看板に偽りになってしまうので、蛇足。

 猫は箱が好きという前提に従い、でかい箱を数日放置するが、猫は警戒して入らず。人が入れば羨ましがって入ると目論見、中に入って身を丸めるが素通りされた。



 




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