幽霊視えないけど結界体質だし退屈なので霊能力者の助手になりました!

東山レオ

夜空と少女

 葉桜の勢いが増し新緑が深まる頃、草木も眠る丑三つ時、とある廃屋にて、やや年の離れた二人の男女が歩いていた。時間と場所を考えれば肝試しに来たのだと考えるのが妥当ではあるがどうやらそうではないようだ。


「なあ! おい待てって如月! もう少しゆっくり歩こうぜ!? こっちは幽霊屋敷初心者だぞ!?」


 男が必死な形相で叫ぶ。その声が心に響いたのか如月と呼ばれた少女が振り返り男をジトっと睨む。


「大学生の癖に恐がり過ぎ。もうちょっと早く歩いてくれないと朝までに終わらない。遅刻したら橘、あなたのせいよ」


 そんな風に男を攻めながらも歩調を緩めた。それでも男――橘にとってはまだ速いものだったがこれを妥協点として受け入れた。


「あのな、普通の人間にとっては今この状況めちゃくちゃ恐いんだよ。知らない間に幽霊に囲まれていたらと思うと一歩も進めないぞ?」


 橘は何とか如月に普通の人間の感性を伝え、大学生が怯えていることは全然恥ずかしくないんだ、と言う文脈に繋げようとしたが思わぬ返答が返ってくる。


「あら? あなた今十数体の霊に囲まれているけど?」


 ――それでもちゃんと歩くことが出来て偉いわね。

 と如月は続けていたが橘の耳に入っては来なかった。足が止まり顔は青ざめ、数秒の間があった後、


「え、何!? 囲まれてるのか俺! 十数体!? 人間にもその数で囲まれたことないぞ! どうしよ如月!?」


 そう言って胸の前で十字を切った後念仏を唱え始める橘。和洋折衷ではあるがそれで心が落ち着くというのならば存分に唱えると良い、非常に滑稽ではあるが。


「良いから行くわよ」


 相手にするのが面倒臭くなったのか、恐怖で半ばやけになっている橘を置いて先に行く如月。一度も振り返らず淡々と歩いていく如月を見て、橘は観念する。


「わかったよ! 進めばいいんだろ畜生!」


 そう吐き捨てると橘は走った。それはもう全力だった。もしも如月が視界から消えたらということを考えると居ても立っても居られなったからだ。走りながら橘は自身の行動を振り返り猛省した。


「こんな事なら、面白そうだからってあん時首を縦に振るんじゃなかった……!」


 どうやら先ほどの祈りはセーフらしい。




 数日前のこと、大学に入学して初めてのゴールデンウイークを前に橘の心はどこか上の空だった。


「大学ってこんなもんか……。もっとこう……なんて言うか。輝いているものじゃなかったのか?」


 疲れた顔でため息をつきながらトイレを後にし友人たちの元に戻る橘。


「遅いぞ橘! なあ、今日これから皆でカラオケ行かね? 女の子達も呼んでさ!」

「お、マジで!? 行く行く!」


 途端打って変わり笑顔で友人たちと談笑し始めたその顔に、先ほどまでの仏頂面の名残は微塵もない。だが、


(楽しいんだけどさ、もっと違うスパイス的なやつが欲しいよな)


 と、心のどこかが物足りなさを訴えていた。もちろん橘も友人と過ごす時間の大切さを分かっている。そこに女の子も居るとなると是が非でも参加するほか選択肢はない。実際友人たちと遊ぶのは楽しい。それでも、心の渇きが収まることはなかった。


「次どこ行く?」


 カラオケの後ボーリングやゲーセンをまわって夜10時を過ぎたというのに、明日から休みという事もあって皆まだまだ遊ぶつもりのようだ。このまま部屋に帰っても何もない時間が存在するだけなので、退屈を紛らわすのは橘にとってもありがたい。


「……えっと、ごめんなさい。私、もう帰らないと……」


 バツの悪そうな顔でそう告げるどこか良いとこのお嬢様みたいな女子。すると男子の間であからさまに落胆の声が上がる。


「え、城ヶ崎さん帰っちゃうのか……」

「ちょっとテンション下がるよな」


 もちろん残念なのは橘にとっても例外ではない。


(城ヶ崎さんが帰るなら送っていった方が良いかな。いや、狙ってるとか思われたら嫌だしな……)


 などと橘が逡巡しているうちに、


「じゃあオレ送るわ! 城ヶ崎、帰ろうぜ。みんな今日はお疲れ!」


 そう言ってこれまた学年一のイケメンがエスコートしていき、橘は茫然とその様子を眺めることしか出来なかった。


「和光くんも帰っちゃうんだ。じゃあ私たちも帰ろっか」

「てかあの二人超お似合いだよね!? この後やっぱりお楽しみなのかな?」


 そうして一人また一人といなくなり、そのまま流れ解散となったその場に橘は未だに立ち尽くしていた。


「お似合い、だよな」


 どうやら先ほどの光景と発言が心の奥に突き刺さっていて堪えていたようだがふと上を仰ぎ見る。


「それにしても綺麗な夜空だ……。月が綺麗ですね、とか誰かに言いたいなぁ畜生!」


 どこか吹っ切れたらしい。しばらくの間不思議な言動を夜空に向かって吠えた後、


「ゴールデンウイーク何して過ごそうかな。何か集まりがあったら参加するんだけど」


 スッキリした様子でそう呟いて歩いて行った。

 

 だがその帰宅途中、ふと右手の方に妙な感じがして立ち止まる。


「ん? 何だこの道」


 何かが、何かが変なのである。見た所特におかしい所はない。だがやはり違和感が拭えなかった。


「……暇だし行ってみるか」


 深夜に一人でわざわざ怪しい道を通るなど普通の人にとってはありえない選択だが、実は橘にとっては珍しくはない。これまでも橘は変な道を見つけてはそこを通り、迷子になるという事を繰り返してきた。何故その道を通るかというと暇つぶし以外の理由はない。迷子になることそれすらも新たな発見などがあり楽しんでいる節がある。それに。万が一。


「変な出会いがあるかもしれないしな」


 結局のところ橘はスパイスを求めていた。




 まずその道に足を踏み入れた時に橘が感じたのはデジャブである。橘はこの道を過去何度も通ったことがある。それなのに何故忘れていたのか、何故この道を変だと思ったのか。そのようなことを考えていると橘は全身が震えていることに気が付く。


「ははは……。ヤバい、万が一がここにあったか?」


 それは恐怖もあったがどちらかと言うと歓喜の震えだった。そう、橘はこの上なく感動していたのだ。たとえこの道の先に万が一が待っていなくても、橘には十分だった。ようやく世界に色が載った、それだけで十分。そう橘が高ぶっている最中に水を差す、いや追い打ちだろうか。何かの叫び声が響き渡る。


「グギャアアアアアアアア!!!!」


 その後に静寂が訪れる。さすがの橘も足が止まった。コレ、は明らかにヤバい。少なくとも一般的な動物ではない。確認などせず今からでも引き返して家に帰った方が良いに決まっている。いるのだが。


「……ここで帰ったら多分一生後悔するな俺。やらないで後悔するよりやって後悔って言うし」


 そう自分に言い聞かせて再び歩みを進める。足はもう止まらなかった。


 だが叫び声の方に向かってしばらく歩いたが何も無かった。そんなはずはない、そう思い辺りの様子を更に注意深く窺うと更なる違和感がまたあった。今歩いているこの道に足を踏み入れた時に感じたものよりもずっと強いものではあったが迷うことなくその方向へ進む。すると急に景色が変わり視界が開け橘は絶句する。恐らく先ほど叫び声を上げた何かが、木刀を持った綺麗な黒髪少女――制服と体格的に中学生だろうか――に滅多打ちにされている光景が浮かんできたからである。


「いい加減に消えなさい」

「グゥウウウウゥ……」


 少女の最後の一撃は橘の目には当たっているようには見えなかったが何かは叫び声を上げてそのまま消滅した、と同時に少女が橘の存在を認める。


「え、嘘。……あなたどうやってここに?」


 突然の来訪に驚き木刀を構えながら少女は問う。口ぶりからして本来普通の人はここに来れないはずなのだろう。この少女が何者なのかも現時点では不明。返答次第では先ほど消滅した何かと同じ運命を辿る可能性もある。ならば細心の注意を払って答える必要がある。あるのだが。


「木刀が、綺麗ですね……?」


 混乱のあまり情報が混じり意味不明なことを口走る橘。当然警戒する少女。点数をつけるなら10点以下、赤点の返答を橘は返したわけだが本人は概ね満足していた。綺麗な夜空、不思議な道、何かを討つ少女。万が一どころか億が一、それ以上のモノが橘を待っていたのである。赤点を取ったところで誤差の範疇だった。


「もう一度聞くわ。あなたはどうやってここに来たの?」


 数秒間の沈黙のあと少女は木刀を橘に向ける。さすがに次意味不明なことを口走ると後がないだろう。時間が経ち少し冷静さを取り戻した橘はコホンと咳ばらいをし、


「どうやって、と言われてもな。普段帰っている道に何か違和感があってそっちの方に向かって行ったらここに来ただけだ」


 と、ありのままを伝えることにした。さすがに道中で感激していた思考の内容までは告げられなかった。橘にも羞恥心というものがあったらしい、人とは少しずれているようだが。


 チラリと橘が少女を見ると疑心に満ちた表情をこちらに向けていた。どうやら橘が話した内容は少女にとっておよそ信じられないものであったらしい。再び少女が口を開く。


「……あなたは幽霊って視たことある?」

「は?」


 今度は少女が意味不明なことを問いかけてきた。全く幽霊関係の話をしていなかったのに急になぜその話題を出したのか橘には理解できなかった。


「あるわけ無いだろ……。あ、さっきの化け物は視えたぞ!」


(俺は霊感あったのか!?)


 と橘は興奮したが、


「さっきのは誰でも視えるから」


 少女の一言で平静を取り戻させられ肩を落とす。そんな橘の一挙一動を観察していた少女はボソッと呟く。


「嘘は言っていない……。霊を視たことが無いのに結界には気づく……」

「そろそろこっちも質問していいだろ? お前は何者でここで何をしていたんだ?」


 ぼそぼそと呟いている少女の思考を中断し橘は踏み込んだ。すると少女は橘をジッと睨み、ため息をついて小さい体の割に偉そうな言葉を投げかけた。


「……あなたこれから時間はある? 疑問を解決したいならついてきなさい」


 こんな怪しい誘いはそう無い。だが当然橘には選択の余地はなかった。首を縦に振り少女の元へ歩み寄る。近寄ると少女の思ったよりもちんちくりんな体躯が明らかとなり、橘は一言言っておかなければならない気持ちになった。


「さっきから思ってたんだが態度でかいな、お前中学生だろ。大学生だからな俺?」


 言葉には気をつけろよ、と続けたが少女はキッと睨み呟いた。


「……高校生」

「え?」

「高校生だから」


 そう言ってすたすたと歩いていく少女。高校生だからといって結局年上にため口を利いていることに変わりないわけだが、有無を言わさない少女のプレッシャーに橘は何も言えなくなった。仕方なく先を歩く少女の後をついていく。少女はきちんと橘があとをついてくることを確認して再び口を開いた。


「あとお前じゃなくて如月。如月葵」

「お前結構気にするタイプ?」


 お前、という言葉に如月は再び反応し、それに気が付いた橘は何か文句を言われる前に素早く訂正する。


「オーケー如月。俺は橘伊織、よろしくな」

「……よろしく」


 お前、と言うのを止めたことで如月も満足したのか挨拶を交わし二人で夜道を歩く。橘が先ほど感じていた違和感とやらもいつしか無くなり普通の道へ戻ったようだ。一見日常へ帰ってきたみたいだが、一歩先をポニテを揺らしながら歩くこの少女、如月の存在が昨日までとは絶対的に違うことを物語っていた。

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