死期尚早
口惜しや
死神に魅せられたな
そうだったな…そういえばずいぶんと言われてきた
コツコツと踏み鳴らすようにした足を止め背中に当たる冷たい風にもたれかかる。
君のようになりたい…だとか、生きてて楽しそうだとか…
周りを見渡すと今まで気に留めることのなかったハリボテのような背景に何故か風情を醸し出している。
回想はここらでいいだろう、鋼は熱いうちに打てというしな。
落下防止のフェンスをまたぎ遠くの景色に思いはせる。
時間帯を…見誤ったな…通りに人がいる…
「今落ちたら通行人を巻き添えにするぞ?」
音のしたほうを向くとコートで身を包む男がいつの間にか屋上へと来ていた。
「いきなり声をかけたから驚いたか?」
「驚けたり…怖がれるほど人間の形を保ってない、今のところはしゃべる肉の形だ」
「そうかい…それで?少しでも巻き添えが欲しかったのか?だったらもっと大規模にできただろうに」
「勝手に人通りが多かっただけだ、まったく…人が思いついたってのにこの様さ」
「それで…?止めに来たか?」
「いいや、それはお前の選択だ、俺が口出しはしない」
「それじゃあどっかに行ってくれ…」
「そうはいかない…」
「ハァ…いったい何の用事だ?この下の道路の清掃員か何かか?」
「いいや…話を聞かせてくれ、あんたの行動を止めるわけじゃないが…こんなことをする者の過去だとかを知りたいんだ」
「悩みがあるなら聞くって言いたいのか?」
「そんな崇高なことじゃない、趣味と実益を兼ね備えた知的好奇心で心情を知りたいんだ」
「まあ…取材のようなものだ」
「そうかい、じゃあこの話がどうかあんたの踏み台、糧になってくれることを祈るさ…このハゲタカめが」
「俺が貪るのは死じゃない致死量の過去だ」
「…あんたの腹のうちは決まってるようだが…一応聞いておこう、体重は?」
「こんなことから聞くのかい?52kgだ」
「なるほどな…」
「それで?何かやらかしたのか?どうしてこの方法を選んだ?」
「別に…失敗とかはしてないさ、ただ…そうだな、昔からいつの間にか虚栄心に飲まれていたな」
「そんなヤツを周りの盲せるやつらは羨望の眼で見ててな、そんな肩肘張った生活で培われたストレスなのか」
「それとももともとどこかおかしかったのかわからないが…常に死への願望が付きまとってたのさ」
「何をしても満たされない、どれだけ笑っても脳の信号にしか思えない…まあもともとイカレてたんだろうさ」
男はつらつらと使い古された手帳に書き込む。
その手帳には粉が付いたような汚れでくすんでいた。
「ありきたりではないにしろ…あまり面白い話じゃあなかっただろ?」
「このビルを選んだのは…どんなワケありで?」
「なあに、そう深い理由はないさここのビルを所有してるバカが気に食わないってだけだ」
「…いままで人に相談なんてしたことも考えたこともなかったな…」
「話してみると…結構…いやかなり心が軽くなるもんだな」
下を見下ろすと先ほどまで絶えることのなかった人波がすっかり閑散としていた。
「…ここの道路は人通りが絶えることはなさそうだここから行くのはやめておくよ」
見下ろした時にすっかり怖気ついてしまった。
「…みたいだな…それじゃあ俺もこの辺で去るとするさ…だがその前に…一杯付き合ってくれよ」
彼は懐から酌を取り出し中ほどまで注ぐ。
「生きてることのすばらしさに…乾杯」
お互いにくっと飲み干すと視界がぼやけてくる。
「すまないな、あんたが自殺してくれないと…この証言がちゃんと自殺者の思考、過去になってくれないんだ」
「あんたの体重なら一瞬で意識が飛ぶようになってる、それじゃあいい取材をありがとよ」
「本日13時頃あたり一帯の会社の所有者の女性が自身の所有するビルの屋上から飛び降り自殺したとして―――――」
死期尚早 口惜しや @kaa11081
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