第24話 大隧道の案内人②

「ほら、手を貸すよ。キト、通りがかって話はだいたい聞いてた。俺で良ければ力になる。俺に何ができる?」

「え、え?」


 彼の手を握り立ち上がったキトは、突然の申し出に困惑した。石畳の地面をじっと見つめて考えてから、答えを決めて顔をあげる。


「あ、あの、僕、困ってて。……し、仕事が欲しいです。働かないと、ご飯も家も……なくなっちゃったから」

 うんうんと頷いたグエンは腕を組み思案する。


(つまり必要なのは金だな。俺もそう持ち合わせがある訳ではないが……三~四か月くらいなら普通に暮らせる。キトの方が切羽詰まってそうだ)


 まず手持ちの現金を確認するかと考えた瞬間、グエンはぴたりと動きを止めた。


(そういえば、何度か炎を使ったが……財布のことを忘れてた……)


 グエンの炎は、自分の肉体を焼いてしまうことはないが、身に纏う服などは別だった。そのため、耐火性の高い服を選ぶ必要がある。

 グエンが使用しているものはカラーバリエーションが少なく黒い色ばかりになりがちなのだが、財布は素材を気にせず自由に選んでいた。この自由に選んでいる点が落とし穴で、財布の耐火性が皆無なのを忘れて炎を使い、何度か財布ごと紙幣を灰にしていた。最悪の事態を避けるため、現金は手元とモービルの二か所に二分割して持つようにしている。

 恐る恐る胸ポケットに手をいれたグエン。指先にあたる感触に天を仰ぐ。


「ふう……かなり加減したのに……。まだ炎を扱い慣れていないなあ」


 残った硬貨ごと灰を握り締め、グエンは手を広げて息で吹き飛ばした。灰は風にさらわれて空に舞い上がる。彼は残った硬貨をポケットにしまう。


「ま、足りなければ稼げばいいだけだ。……灰になった半分は忘れよう」

「へ?」

「提案がある。俺はクエスタ隊員になったばかりで右も左もわからない。仕事で大隧道に行く必要があるんだが、土地勘がまったくない」

「え、は、はい」

「キトは大隧道に詳しいか?」

「あ、あの、今朝まで大隧道の中で働いてたから……ちょっと詳しい、かな」

「なら、俺のガイドとして雇おう。どうだ?」

「ガイド……って、何をすれば……。あの、勉強とか苦手だから……」

「大丈夫だ。頼みたいのは、大隧道への案内。もちろん、キトのわかる範囲でかまわないよ。俺はこの町に来たばかりだから、キトの助けがあると嬉しい」

「あ、それならぼくでもできる、かな……」

「さてガイド料だが、一日あたりいくらあればいい?」


 報酬の交渉をしながら、グエンは右の腰に固定されているダガーを撫でた。


(いざとなったら、この掘り出し物を売ろう。……最悪、副本部長に土下座だ)


 グエンの顔を見上げていたキトは首を傾げた。


「い、いくら? ……えっと? ガイド料って……?」

「報酬、金の話だ。前の仕事ではお金はいくら貰っていた?」


 キトは表情を曇らせてうつむく。


「あ、あの、実はまだお金は貰ったことないから……わかんなくて」

「金を貰ったことがない? 仕事をしたら、何を貰っていたんだ?」

「あ、あの、働けば住む部屋があって、ご飯が貰えるから……」


 腕を組んだグエン、キトの境遇を聞きわずかに顔しかめた。だが、ここで憐れむ顔をすればキトを傷つける可能性があると考え、極力表情に感情を表さず平静での対応に務めた。


「じゃあ、こうしよう。ひとまずは寝るところと食い物を提供しよう。まあ、俺と一緒の部屋になるかもしれないが……これから依頼をこなしていく中で、キトの力を借りていく。たくさん手伝ってくれれば、部屋とご飯以外にも、キトの活躍に応じて現金を支払う。……とかで、どうだろうか」


 ぱっと明るい表情になったキトは、両手の拳を強く握りしめてほんの微かにガッツポーズをとった。


「よ、よかった。ほ、ほんとにいいの? あ……い、いいんですか?」

「ああ、安めのホテルになるだろうけどな。いざとなったらこいつを売るさ」


 グエン、腰のダガーを叩いて笑う。キト、グエンを見上げて


「え? ホテル?に、泊まれるの? あ、ですか?」


 肩に座るオライオンを撫でながらグエンは頷いた。


「やったあ。ホテルなんてはじめてだ」


 グエンは広げた右手をキトに差し出した。

「よし、交渉成立だ。頼むよ、キト」

「は、はい。僕の方こそ、えっと、お願いしますです」

「敬語なんて使わなくていいよ。気楽に行こうぜ」

「あ、はい。じゃなくて、うん、かな」

「ははは、楽な話し方でいいよ」

「う、うん!」


 二人は握手を交わした。オライオンがグエンの肩からキトの肩へ飛び移る。


「うわ、はは、オライオンもよろしく」

「さーて、最初のガイドだ。キト、バス停ってどこにあるんだ? モービルを駐車してるから、商業地区に戻りたいんだが」

「えっと、ここに止まるのはクエスタ本部の正面で、乗る所は左側の駐車場の手前にあるよ」

「おお、さすがガイド。やるな」


「へへへへ」


 照れ隠しに笑うキトは、グエンの案内をしようと駆け出した。オライオンも肩から飛び降りて、キトと一緒に走り出す。


「こっちだよ!」

「ウォン! ウォンウォンウォン!」


 元気よく並んで走るキトとオライオンの後ろ姿に、グエンは嬉しそうにぼやいた。


「すぐに走るやつが二人になっちまったか。こりゃあ想定外だ。大人はそう頻繁に走るもんじゃないんだぞ」

 グエンは走る振動で揺れる刀を左手で抑え、キト達の後を走って追った。


 

 無事にバス停についたグエンたち。循環バスが時刻通りに到着した。

 開いた昇降口に乗り込む直前に、手持ちの小銭で足りるかと乗車賃を計算しはじめたグエンにキトがアドバイスをした。


「あ、グエンさん、モバイル。モバイルで払えるよ」

「なに? あ、そんな説明を受けたような気もするな。……やるなキト」

「え、えへへへ。あとね、クエスタの隊員さんたちはバス乗るのタダだよ」

「な、なんだと……。なんでも知ってるじゃないか。よし、キトの分だけモバイルで支払おう。が……どうやって?」


 グエンはモバイルを片手に困惑した。モバイルの液晶をさすったり、裏側を見たりするが使い方がわからない。


「あ、ここだよ。ここにモバイルをかざして」

「ほう、本当にやるなキト……。これは自動で後払い……かな、きっと。差し込んだりしないのか……おお」


 バスの昇降階段脇に設置された機器を指差すキト。グエンは感心して大きく頷き、モバイルをかざして支払いを済ませた。

 車内の時計は十三時を少し過ぎたところだった。利用者の少ない時間帯のおかげで、乗客はグエン達だけの貸し切り状態だ。

 バスに乗り込むと、キトは上機嫌で一番奥の席に走り窓側席に陣取る。オライオンもキトの膝に乗って着席した。

 グエンはのんびり歩き、キトの横に腰を下ろす。

 ほどなくして走り出す循環バス。

 グエン達を乗せたバスは六番環状擁壁へと向かった。

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