第7話 バナーバル市街 武器屋にて①

 入口ゲートを抜けると、広大な麦畑が広がっていた。黄金の絨毯のような景色の中、石畳の道路がまっすぐ伸びている。道路脇には『六号線道路』の標識。

 ゆったりとスロットルを握り、風に乗る穀倉地の香り楽しむ。


「さっきはどうなるかと思ったなあ、いやあ、焦った」


 笑うグエン。

 道路は幹線道路のようで、コンテナを積んだ大型トレーラーと数度すれ違う。

畑の先に、霧で覆われた街並みが見えてくる。


「忙しくなるぞ。鏡面街にエンブラ、まずは情報集めだ」 


 グエンはゆるやかにモービルを加速させ、町へ向かう。


 

バナーバル市街には、守護山脈から吹き降りた濃い霧が立ち込めている。濃い霧だが、風に流れる様は山肌を撫でる雲のようだった。

 入口ゲートから続く六車線道路には車やモービルが行き交う。二車線分の幅がある広い歩道には、露店がずらりと並び人が溢れかえっている。

 道路脇に駐車スペースを見つけ、グエンはモービルを駐車する。傍に設置された発券機から券を取ると、サングラスを外して歩き出す。

 オライオンは後部席のパニアケースから飛び降りると、地面で背伸びをしてから、グエンの体をつたって肩に飛び乗った。

 肩に乗った相棒の頭を優しく撫でるグエン。虎のような見た目で、子猫のように柔らかな白い毛が心地よい。

 上機嫌のオライオン、肩に立ったまま彼の頬を舐める。


「紡ぎ手を探すか。……で、エンブラがいたら叩き潰す。一緒に行くか?」


 オライオン、地面に座りグエンに向かってひと吠え。


「オン!」


 見上げる相棒にうなずくグエン。


「よし、オライオンは散歩だな。うむ、重要だ」


 くるりと方向を変えて走り出すオライオンを、グエンが後を追うように歩く。

 歩道の両脇を埋めるように露店が立ち並ぶ。

 スパイスの効いた蒸し肉を売る店では、サンドバックほどもある吊るした肉塊を剣のような包丁でそぎ落としていた。

 グエンとオライオンは肉に釘付けになりながらも店を通り過ぎる。

 麺をスープごと袋に入れて売る店、爪切りばかり並べた店、ツルハシ専門店に全身鎧顔負けなフルプロテクターを扱う防具店、スパイス店に雑貨屋など多種多様な露店がずらりと並ぶ。

 栗毛の人が多い中、グエンの赤い髪はよく目立った。

 通行人が赤い髪に気付き、振り返り物珍し気に見ることもしばしば。

 注目されるのは慣れたもので、グエンは人混みをかき分けてズンズン進んでいく。

 ここでグエンと別れたオライオン、素早い彼はあっと言う間に人混みに消えたが、グエンは心配する素振りを見せずに進む。

 ある地点で通行人の流れが止まり、人だかりができていた。


(行列って感じじゃないな。さて、何があるのか)


 グエンは背伸びすると、人だかりができている先の店を見る。

 人だかりの中心にいるのは露店の店主。立派な口髭を蓄え頭にターバンを巻いた彼は、鞘入りのダガーを振りかざして口上をあげる。


「さあさあ! バナーバルについたばかりってお客さんはいないかい!」


 店主、ダガーを鞘から引き抜く。お目見えしたのは刃渡り約三〇cm、青みがかった銀色が特徴的な片刃の一品だ。


「せっかくバナーバルに来たんだ! 鋼? チタン? そんな素材じゃつまらない!」


 大仰に見せびらかされるダガーを見て、グエンは驚いた。


(重銀製か、しかもかなりの業物だな。……あれなら俺の炎に耐えられるだろうし。……見てみるか)


 ダガーの価値を認めたグエンは人垣をかき分け露店の前へ。


 武器屋の店主、輪切りにされた丸太の上に薪を立たせた。

 勢いよくダガーを振り下ろして薪を叩き割る。


「これは序の口さ!」


 自慢げな店主、にやりと笑い懐からナイフを取り出す。ナイフのサイズは長さ二〇cm、刃の厚みは五mmほどもあった。彼は大ぶりのナイフを丸太に置くとダガーを振り下ろす。

 真ん中から両断されるナイフ、破片が地面に弾け落ちる。


『おおおお!』


集まった見物達から思わず声が漏れた。


「どうだい! 鋼鉄のナイフをぶった切っても刃こぼれ一つなし! こいつは刃から柄まで一枚の重銀で拵えたフルタング構造だ! 切れ味はもちろん、ダガー自体の強度も折り紙付き! それが一本たったの十九万八千ギンだ!」


 見物客、がやがやと会話を交わしている。


「さすが重銀の産地は良いもん扱ってんなあ」

「にしても二〇万弱は高えなあ」

「まともな鍛造ダガーの十倍はするぜ」


 賑やかさは増したが、実際に購入を申し出る者はいない。


(約二〇万か。モービルを新調したばかりで、手持ちギリギリだが……)


 じっと店主の握るダガーを見つめるグエン。

 ふと店主の後ろにある露店を見れば、デモンストレーション中のダガーと同じデザインの製品がずらりと並べられていた。

 グエンは店主が握るダガーと露店の製品を見比べる。店主の握るダガーは青みが強く、露店に並ぶものは青みが薄い。


(形は似ているが店主の一本だけが特別かもな。……面白いな)


 店主、ダガーをかかげ、集まった人だかりにむけてダガーを掲げ、右から左に見せつけていく。

 商品アピールが終わるより早く、グエンが人垣から一歩歩み出る。

 にんまりと笑う店主。


「おっと! 兄さん! お目が高いね! 第一号だ! 新品を出すよ!」


 店主はダガーを丸太に刺し、店に並ぶ同形状のダガーを一本手に取った。


「いや、その前に」


 グエンは首を振り、丸太に刺さったダガーを指差す。


「まだ買うとは言ってないよ。これ、ほんとに重銀製かい?」


 肩をすくめて店主は笑う。


「ははは、お兄さんまだ来たばかりだね? バナーバルでそんなこと疑う奴はまずいないよ。青みがかった白銀の光沢、これが高純度の重銀である何よりの証拠だよ! しかもだ! あの反帝国の英雄、王族殺しも愛用していたダガーと全く同じ作りと来たら、こりゃあ買うしかないね!」


 頭を掻いて苦笑いのグエン、小さくうなずく。


「王族殺しのはまあ置いといて……。その重銀の強度とやら、実際に試してみたい。気に入ったら買うよ」


 口髭を撫で、店主は丸太からダガーを引き抜いてグエンに差し出す。


「そりゃ売ったも同然だ! 思いっきり派手にやってくれよ!」

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