第119話

 私が姿を隠して三日が経過しました。

 今は馬車でディアマンテ龍王国を出ようとしていますが、このままでは発見されるのは時間の問題でしょう。

 恐らくですがディアマンテ龍王国は私を探していませんが、エルグランド王国は探すはずです。


 特にパルサー様は何としても私を探し出さないといけません。

 さて私は逃げおおせることが出来るのでしょうか。

 乗合馬車なのでほかの乗客が話しかけてきました。


「お嬢さんはアレかい? 貴族に使えるメイドさんかい?」


「ええ、男爵に仕えるメイドです」

 

「男爵家か。しかし国を出る馬車に乗るって事はミーブ男爵当たりかい? あいつぁ~無茶な事ばかり言うらしいじゃないか」


「それは秘密にしておきますね」


 なるほど、やはりどの国でも無茶を言う貴族は居るのですね。

 今だけはそういう貴族がいてくれて安心しています。

 さてこの馬車はディアマンテ龍王国を出てエルグランド王国方向へ向かいますが、間に一つある大アストンマーティン王国で止まります。


 大アストンマーティン王国は東西に長く、クラウン帝国とも国境が接しています。

 しかしその長さから国全体を把握するのは他国の人間では難しいでしょう。

 そこで上手く素性を隠して働ければよいのですが……


「お嬢さんはメイドだけあって料理が上手いですな!」


「男爵家なので、メイド一人一人が複数を担当していました」


 御者さんと一緒に夕食を作っていますが、基本的に大鍋で野菜などを煮込むだけです。

 なので調味料をお借りして私も料理をしています。


 三日が過ぎてようやく大アストンマーティン王国へと到着しました。

 ……意外です、ひょっとしてパルサー様は私を探していないのでしょうか。

 だとしたらこのまま逃げてもいいのですが。


 もう少し西に移動して程よい大きさの街に入ると、仕事は意外なほどにあっさりと見つかりました。

 手荷物の無い身元不明の女ですが、多少は技術があるので宿屋の清掃や雑用係として雇ってもらいました。

 住み込みOKなので願ったりかなったりですね。


 宿屋は三階建てのレンガと木で出来た建物で、部屋の数は二十二。

 一階は受付や食堂、携帯食料の販売などをしています。

 私は基本的に客室の掃除がメインのようです。

 旅行客や旅人さんが多いのですが、見た感じとても綺麗に使ってくれています。


 この分ならそれほど時間はかからないでしょう。


 初日は女将さんと一緒に清掃をしましたが、二日目には一人で終わりました。

 三日目には余裕が出来たので廊下や一階部分の清掃にも手を付けます。

 四日目には料理の下ごしらえを手伝い、五日目には受付業務もやりました。


「サクラ一人で宿を回せそうな勢いだねぇ」


「そんな事ありませんよ女将さん。女将さんの教え方が上手なだけです」


 今回の偽名はサクラです。

 肩まであった髪をバッサリと短くし、前髪だけを伸ばして目元を隠します。

 これならすぐには私だとバレないでしょう。


 十日が過ぎたあたりで常連さんに名前を覚えてもらえました。


「サクラちゃん、今日も携帯食料を買いに来たよ」


「いらっしゃいませ。今日も狩りですか?」


「おうさ! 今日も大物を仕留めて来るぜ!」


 朝の時間帯は余裕があるので、私は一階でお手伝いをしています。

 チェックアウトのお客様や朝食の接客、その他の雑用全般ですね。


「ではこちらをどうぞ」


「ありがとな。今日サクラちゃんは夜暇か?」


「夜は夕食のお手伝いがありますね。何かありましたか?」


「いやいや、遅くなっても構わねーが一緒に――」


「おいお前! 抜け駆けはダメだって協定で決まってるだろ!」


「いいじゃねーかよ! 最近は毎日買いに来てんだし!」


「俺だって買いに来てるわ!」


「あの、仲良くして頂けると……」


「「喧嘩じゃないから安心してな!」」


 といった感じで毎日が楽しく過ごせています。

 ひと月が過ぎた頃、見覚えのある人が宿に現れました。


「やあシルビア……見つけたよ」


 朝の忙しい時間が終わり、客室の清掃に入ろうとした時でした。

 すらりと背が高くサラサラの銀髪。

 旅人のような姿をしていますが姿勢や仕草から高貴な生まれなのがわかります。

 

「リック……様」


「時間がかかったけど……やっと……見つけられた」


「申し訳ありません。余計なお時間を取らせてしまいました」


「大丈夫……パルサーお姉様は……きつく叱っておいたから」


「いえ、私が逃げてしまったのです」


「理由は……聞いたよ。シルビアは……悪くない。パルサーお姉様が……焦ってしまったんだ」

 

 リック様はそう言ってくださいますが、貴族の、しかも王族から逃げてしまったのは間違いない事実です。

 何らかの処分が下されるのは間違いありません。


 私は素直にリック様について行く事にしました。

 女将さん達には急に辞める事を謝罪しましたが、どうやらリック様はメイドを数名連れていた様で、次の人が見つかるまでは宿に預けるそうです。


「リック様、どうやって私を見つけ出したのですか? 自分で言うのも変ですが、完全に別人になれていたと思います」


 リック様が駆る馬の後ろに乗り、背中に抱き付いたまま尋ねます。


「簡単……だよ。働き者で評判の若い女性を……探しただけ」


「? なんですかその条件は」


「ふふふ……わからなくてもいいよ」


 よくわかりませんがリック様が喜んでいます。

 私はモヤモヤしたままですが、リック様の大きな背中はとても暖かいです。

 思わずほおを当ててしまいましたが、ああ、なんでしょう、とても落ち着きます。


 馬車では時間がかかりましたが、馬なら時間はかかりません。

 ディアマンテ龍王国に着くまでの間、このぬくもりに包まれましょう。

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