第69話

「ローレル様! シルビア様! 宿が燃えています!」


 宿? 修道女シスターはいきなり部屋に入って来て何を言っているのかしら?

 宿って私達が泊まっている宿? 

 ……⁉


「宿が火事なんですか!?」


「シルビアしゃん、今すぐ戻りましゅよ!」


「はい!」


 ソルテラ宮殿の近くにある宿に向かうと、すでに大勢の人が集まっていました。

 四階建ての宿の窓が割れて炎が激しく吹き出しています。

 野次馬が宿から逃げてきた人たちを介抱し、消火隊が長いホースと大きな手押しポンプで水をかけています。

 まだ中に人がいるの⁉ 早く救助に行かないと!


「シルビアしゃん、行ってはだめでしゅ」


「でもまだ中に人がいます!」


「私達が行っても救助者が増えるだけでしゅ! 落ち着いてくだしゃい、今私達に出来る事は、助かった人たちに一刻も早く治療を受けさせることでしゅよ!」


「そう……ですね。申し訳ありません、一人で突っ走る所でした」


「まずは水を用意するでしゅ」


 周囲の家から桶と水、タオルを沢山借りてきます。

 すでに救出された人たちの頭から水をぶっかけ、火傷になっている所は患部ごと桶の中に入れて冷やす。

 服は……火傷の度合いがわからないから着たままが良かったはず。

 とにかく全身を水で冷やし、教会の治療師が来るのを待ちます。


「あ、あの、いつまで水に入れていればいいんですか?」


「治療師が来るまで入れていてください。それとぬるくなった水は冷たい物と交換してください」


「わ、わかりました!」


 私達を見て手伝ってくれる人が増えてきました。

 水や桶は不足しない量になりましたね。

 しばらくすると治療師が現れ、次々と患者を運んでいきます。

 患者は三十人ほどで、ほとんどが従業員のようですね。

 あ、担架が足りません。


「物干し棒と毛布をお借りします」


 毛布を地面に置き、棒を毛布を三分の一ほどの場所に置いて毛布を折り曲げます。

 人が寝転がれる幅を開けてもう一本棒を置き、毛布を二枚まとめて反対の棒側に折り曲げて棒の下に垂らします。

 これで人が乗っても毛布がズレる事はありません。


 次々に患者が運ばれていき、後は野次馬と消火隊が残るだけです。

 火はそろそろ消え始め、窓からは火が見えなくなっていました。

 そして消化が終わり、現場検証が行われています。

 どうやら私とローレル様の部屋が一番燃えているらしく、ここが火元ではないかという事です。


「えっと、それは私達の責任、という事ですか?」


「いえ、一番燃えていたのはベッドでしたし、ベッドから火種とみられるわらが見つかりました。放火でしょう」


 放火……それは宿を燃やすのが目的だったのか、それとも私達の部屋が目的だったのか……どちらにしても、あら? 何か大事な事を忘れているような……!?!?


「騎士団大翼星章だいよくせいしょう!!」


 私は慌てて部屋に入り、鍵のかかったタンスを見ます。


「あ……炭になってる……」


 鍵を手に持ち、引き出しを開けようと鍵穴に差し込みます……回りません、壊れてしまったのでしょうか。

 取っ手を持ってガタガタ揺らすと取っ手が外れ、一緒に引き出しも壊れました。

 中身は……真っ赤な紐は燃え尽き、放射状に広がる六角形の金属は歪んで原形をとどめていません。


「してやられたでしゅね……この宿である意味一番価値のある物でしゅから」


 ローレル様が険しい表情で勲章を見ます。

 ええ、コレは私に対してだけの勲章ではありません、エルグランド王国との友好の証しでもあるのです。

 それがこんな事になってしまうなんて……一体どうしたら……


「シルビアさん!」


 ビクリと肩が震えます。

 今一番会いたくない人の声です。


「よかった、お怪我はないんですね?」


「え、ええ、私は、大丈夫です」


「どうされましたか? やっぱり怪我を⁉」


「そうではありましぇん。今シルビアしゃんはショックを受けています。なので少し席を外して欲しいのでしゅ」


「あ、そ、そうですね、申し訳ありません。あの、何かあればすぐに言って下さい、必ずお助けしますから」


「はい、ありがとう、ございます」


 足音がだんだん遠くなっていきます。

 今はローレル様のお陰で誤魔化せました。

 しかしいつまでも誤魔化しきれるものではありません。


「ローレル様……どうしましょう」


「困った事になったでしゅね。こればかりは正直に話すしかありましぇん」


「でも、でも私のせいで二国の関係が悪化したら!」


「いつまでも隠し通す事はできましぇん。いち早く気が付いて確認をしたらこうなっていた、と説明した方が傷は浅くてすみましゅ」


 ローレル様の言う事はもっともだわ。

 そう……よね、理由はどうあれ、私は責任を取らなくてはいけないもの。

 エクシーガ大司教にもしっかり謝らないと。

 翌日になり、私とローレル様は教皇アルシオーネ八世への面会を要請し、当日のうちに受理されました。


「二人とも、宿は大変だったな。怪我がなかった事は不幸中の幸いだ」


「ありがとうございましゅ」


「ありがとうございます。本日お目通りをお願いした理由なのですが……申し訳ございません、頂いた騎士団大翼星章が破損してしまいました」


「……!! な、なんだと」


くだんの火事で、鍵のかかったタンスごと燃えてしまいました」


 歪んだ勲章を見せると、教皇様は手で顔を覆い隠します。

 教皇様の両脇にいる方々も目を大きく見開いて驚いている。

 ああ……何とかして許して頂かないと。


「ち、父上! これは不可抗力なのです! し、ローレル様やシルビアさんに非はありません!」


「……よい、わかっている。それと公式の場で父上と呼ぶな」


 教皇様のご気分がすぐれないという事で、面会は終了しました。


「だ、大丈夫ですシルビアさん! 父上だってわかっていますから!」


「はい、ありがとうございます」


 しかし私はその後、姿を消しました。

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