第67話

 ヒミコ様に手を引っ張られ、プレオ・ネスタ大聖堂に連れて来られました。

 ヴィヴィオ教の総本山だけあってとても大きいですが、こちらの建物もソルテラ宮殿の様に直線が多く使われています。

 あ、鳥がいっぱいとまっているわ。


「ひ、ヒミコ様? ど、どうされたんですか?」


「早く、こっちです!」


 入口の警備を顔パスし、どんどん中へと入っていきます。

 あら? そういえば行きかう人たち全てがザワついている。

 何かトラブルかしら。


「ここです! ここが事件現場ですよ!」


 じ、事件⁉ どうして私が事件現場に⁉

 たどり着いたのは広い中庭で、花よりも木々が多いです。

 もちろん花も咲いていますが八割が樹木ですね。


「えっと、事件現場と言われても……私は取り調べなんて出来ませんが」


「取り調べ? 何をおっしゃっているの、よくごらんになって」


 指さされた場所を見ると沢山の神官達が祈りをささげています……あら? 木の下に何かが落ちていますね。

 あれは? ……鳥のひなかしら。

 木の上を見ると鳥の巣があり、中には雛が数羽入っています。


「鳥の巣から落ちたんでしょうか。早く巣に戻してあげないと」


「いえシルビアさん、それは出来ないんです」


 後ろを付いてきたエクシーガ大司教は困った顔をしています。

 戻せない? 鳥の巣に戻せないという事かしら。


「理由を伺ってもよろしいですか?」


「ええ、プレアデス教国きょうこくにおいて鳥は神の使いです。その神の使いを直接手で触る事など出来るはずがありません」


「え? しかし今までも鳥が落ちていたことがありますよね?」


「もちろんあります。しかし手で触れないのでそのままにしているんです」


「それはつまり見殺しにするという事ですか?」


「……私達だって助けたい。しかし教義により神に触れる事は禁忌とされています」


 教義……確か『神から差し伸べられた手には応じよ、しかし自ら手を差し出してはならぬ、ただ祈るのみ』だったかしら。

 言葉通りの意味ならやり様はあります、しかし宗教というモノは言葉通りに受け止めるのは難しい……詳しく知らない事は知ってる人に聞きましょう。


「エクシーガ大司教、『神から差し伸べられた手には応じよ、しかし自ら手を差し出してはならぬ、ただ祈るのみ』があるから助ける事は出来ない、という事で間違いありませんか?」


「そうです。こちらから助ける事すら出来ないんです」


「では神が手を差し伸べれば触れても大丈夫ですね? 他の文章で神に触れる事自体を禁じる、などは書かれていませんね?」


「……はい、ありません」


 では残る問題は私という立場ですね。

 エルグランド王国の使節であり、ただの平民である私がやって良い事なのか。

 ……ええい! こんな事を考えてる暇があったら動きなさいシルビア!

 私は周囲を見回して庭師を探します。


「いた! すみませんお借りします!」


 私は庭師の皮手袋を借りて雛の側で膝を付きます。

 そして指を組んで祈りをささげると、雛が私に向かってピーピーと鳴きました。


「これは! 神の使いが私に声を、手を差し伸べられました!」


 チラリとエクシーガ大司教を見ると、気付いてくれました。


「間違いなく神の使いが手を差し伸べられた! これは手を取る資格がある!」


 エクシーガ大司教がそう言うと、今までオロオロと祈るしか出来なかった神官たちが声を揃えて同じことを言いだします。

 私は雛をそっと手に乗せて、木を登ろ……


「ハシゴがない!」


 木に登る事まで気が回っていませんでした。

 どどど、どうしよう、このままではやった事も無い木登りをするしか……あ。

 庭師さんが走ってハシゴを持ってきてくれました。


「ありがとうございます!」


 私は急いでハシゴを上り、鳥の巣に雛を戻します。

 親鳥は私を警戒していましたが、雛が巣に戻った事で安心したのか、雛にエサを与え始めました。

 ホッ、何とかなったわね。

 ハシゴを降りると拍手が沸き起こりました。


「流石ですシルビアさん!」


「ふっふっふ、私が見込んだ女性なだけあるわね」


 いつヒミコ様に見込まれたのか知りませんが、少なくとも私なら何とか出来ると思って呼びに来たのでしょう。

 でもこの歓声を聞いていると、皆さん助けるきっかけが欲しかったのでしょうね。

 でも……ちょっと、いえ凄く恥ずかしい。

 歓声の中を照れながら頭を下げて走り去ってしまいました。

 

「お帰りなしゃいシルビアしゃん」


 私はソルテラ宮殿の部屋に戻ってきました。

 ローレル様は本を読んでいましたが、私をニヤニヤと見ています。

 何かあったんでしょうか。


「た、ただいま戻りました」


「デートは楽しかったでしゅか?」


「で、デデデデート⁉」


「男女が二人で出かけたならデートでしゅよ?」


 そ、そうなの⁉ 私ったら大司教とデートだなんて恐れ多いわ。

 ああ、それでニヤニヤしてらしたのね。


「で、デートではありません。お礼に食事をご一緒しただけです」


「そうでしゅか。それでも構いませんが、数日後にはお呼びがかかりますから準備をしておいてくだしゃい」


 お呼びがかかる? 一体誰から?

 そんな事を言われた二日後、私は教皇様に呼ばれてプレオ・ネスタ大聖堂にいました。

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