第65話

 ソルテラ宮殿の廊下で騒ぐ女性の手にはお皿が乗っていました。

 どうやら肉料理のようですが、一体どうしたのでしょう。


「どうして私の言ったとおりに調理できないのですか!」


「で、ですから無理なんです」


「どうして!」


「プレアデス教国きょうこくでは鳥を使った……その、ゴニョゴニョなんて無理なんです」


 ああ、確かプレアデス教国きょうこくでは鳥は神の使いでしたか、鳥料理どころか捕まえる事も禁止されていたはずです。

 どうやら女性は鳥料理を指示したようですが、プレアデス教国きょうこくの人間に鳥料理などもってのほか、別の肉を使って料理したのでしょう。


「鳥料理は我が国の代表的な料理の一つです! 文化交流と言いながら我が国の文化を受け入れるつもりは無いのですか!?」


 気持ちはわかりますが、ソレは無理というものです。

 ローレル様も「あーあ」という表情ですが、このまま言い争いを続けられても困ります。

 なのでローレル様の顔を見るとコクリと頷いてくれました。


「外から失礼します。私はエルグランド王国の使節団の一人でシルビアと申します。廊下で言い争いをしても仕方がないので、まずは厨房か部屋に戻りませんか?」


 女性は私よりも少し年上でしょうか、金髪の縦ロールで貴族の御令嬢に見えますが、とてもお化粧が厚くてケバ……大人びて見えます。

 それに厨房で指示をしていたにしては、真っ赤でフリフリなドレスを着ています。

 叱られている修道士ブラザーはホッとしていますが、女性は私をキッと睨んできました。


「私はスリーヒルズ連邦のヒミコ。シルビアさんでしたか? 私はスリーヒルズ連邦の文化をしっかりと伝えるべく、この人達に指導しているのです。余計な口出しは結構です」


 スリーヒルズ連邦……確かまだ新しい国で、三つの国が一丸となって協力している国だったかしら。

 そういえば国教が定まっていないと聞いた事があるわ。

 であればプレアデス教国きょうこくと親交を深めたいはず……なんだけどな。


「立ち話ではまとまる話もまとまりません。一度落ち着いて話が出来る場所に移動してはいかがでしょうか」


「そ、そうです、そうですよね? ヒミコ様、一度サブ厨房に戻りませんか?」


 男性も必死になって説得します。

 廊下で言い争いなんて修道士ブラザーとしても困るでしょうね。

 女性も二対一、しかも周囲の目が気になりだしたのか、無言で厨房に入りました。

 あら、私達のサブ厨房のお隣さんだったのね。

 ローレル様も興味があったのか、私と一緒にヒミコ様の厨房に入ります。


「それでは改めて問います。どうして私の指示通りに作らなかったの?」


「ですから、我が国では鳥は神の使いなんです。そんな鳥を料理に使うなんて出来るはずがありません」


「プレアデス教国きょうこくはスリーヒルズ連邦の文化を受け入れるつもりは無いという事ですか!?」


 どうしてここまで頑なに鳥料理にこだわるのかしら。

 鳥は神の使いという国で、鳥を料理なんて出来るはずがないのに。

 それに文化交流は互いの文化を知る事で、文化を押し付け合う事じゃない。


「何とか変更できませんか? 鳥以外なら何でも使いますから」


「鳥料理は我が国の歴史ある料理の一つです! 鳥以外ではありえません!」


 ん? 確かスリーヒルズ連邦は新しい国のはず、さほど古い歴史があるとは思わないけど……と、そんな事を言ったら烈火のごとく怒られそうだわ。

 ローレル様が私の袖を引っ張ります。

 何かと振り向くと、ローレル様は私に耳打ちしてきました。


「……で……だから……なのでしゅ」


「なるほど、それは良い考えですね」


 ローレル様からの提案に乗りますが、まずは言い争いを止めないといけません。

 下手に口出しをしても火に油、何とか落ち着かせないと。

 あ、そういえば以前お仕えしていたレパード公爵家で、家庭教師をしていたルネッサ様が落ち着くと言っていたお茶がありましたね。

 あれをれましょう。


 幸いここは厨房、探せば茶葉の一つや二つ……あった。

 私はお湯を沸かし、お茶を入れてまずは落ち着いていただきます。

 よし、お茶の香りに釣られたわね。

 じゃあ計画実行と行きましょう。


 小麦粉とベーキングパウダー、砂糖を少々、牛乳にココアの粉とチョコレートと入れて……っと。

 調理中はヒミコ様は随分と落ち着いています、というよりお菓子の香りに気がつられているようです。


「さあ完成しました。こちらをどうぞ」


 私が作ったのはチョコマフィン。

 小さなカップマフィンですが、少々の工夫がされています。

 そして予想通りに修道士ブラザーが声を荒げます。


「シルビア様! この料理には卵が使われているのではないですか!?」


 流石は修道士、料理に何が使われているかの基本知識はあるみたい。

 知らずに食べました、では済まされないものね。

 そしてそんな修道士をキョトンとした目で見ているヒミコ様。


「落ち着いてください、このお菓子には卵は使われていません。卵抜きのマフィンなのです」


「し、しかし」


「私が料理をしていた場所をご覧ください、どこにも卵はありません」


「……む、た、確かに。ではこちらには本当に卵が使われていない……?」


 すると修道士は少し疑いながらもチョコマフィンを口にします。


「ふぅわっふわ! フワフワだ! これがマフィンなのですね!」


 とても美味しそう、いえ今まで抑えられていた欲求が満たされたような表情をしています。

 

「マフィン位で大げさじゃありませんか? こんなのどこでも食べられるわよ?」


「ヒミコしゃま、この国では鳥は神の使い、だから卵を使った料理は食べられないのでしゅよ」


「でもマフィンなのでしょう?」


「ヒミコ様、料理とは相手に喜んでいただくことが大事だと思っています。そして工夫をしたら鳥や卵を使わずとも相手に喜んでいただけるのです」


「……鳥を使わずに料理を再現しろ、あなたはそうおっしゃっているのかしら?」


 私は何も言わずにじっとヒミコ様を見つめます。

 でも実際問題として、材料を変えて同じ料理を作るのは至難の業です。

 それを沈黙で押し通そうとする私は悪い女です。


「気に入りません」


「ダメ……ですか?」


「気に入りません! 私よりもあなたの方が料理の腕が上だとおっしゃりたいの⁉ 鳥など使わなくても同じ料理を作って見せます!」


 違う方向ですが目的は達成できた……のかしら??


 

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