第41話

「え! それって今のエクストレイル伯爵領の状態じゃありませんか!」


 思わず大きな声を上げてしまったけど、エクストレイル様は苦虫にがむしをつぶしたような顔をしている。

 あ、いけないいけない。


「……そんな手に気が付かなかったのは私の落ち度だ。弁解のしようもない」


「でも働き盛りの人はどこに行ったんですか? 結局は移動した先で働けば同じだと思いますけど……あ」


「そう、帝国だ。急激ではなくゆっくりと行動をされていて、私は気が付くことが出来なかったのだ」


「エクストレイル卿の言う通り。他には兵士の数を増やすという手もあるようだ」


「それだと国防力が上がりませんか?」


「ある程度なら国防力が上がる。しかしあるラインを超えると兵士の数が負担になるんだ」


 アトレーさんの言葉にハッとした。

 国には兵士が必要だけど、兵士が多すぎると多額の税金を投入しないといけない。

 人員だけじゃない、衣食住にかかる費用、武具にかかる費用、訓練にかかる費用……思った以上にお金がかかるわ。


「あの人、ウェイクさ……ウェイクはそこまで考えていたんですね」


「ウェイク自体は小物だが、帝国には代々優秀な顧問がいるからね。他にも働き手が少ない地域はいくつもあるし、間違いなくあの顧問が考えた事だろう」


 前回の戦争から五十年、この時に狙いを定めて超長期の計画を練っていたんだとしたら本当に怖い人だわ。

 ああっ、エクストレイル様の口が苦虫どころが震えているわ!

 我慢しきれなくなったのかエクストレイル様は口を開いた。


「だがシルビアの協力もあって、兵士の数を補えるようになっていたのが勝因の一つの様だな」


「え? 兵士の数を、ですか?」


「うむ、戦場での武具の不足は死に直結し、敗戦を意味する。そして食糧問題も同じで、美味い食事は士気にかかわる。更に若い兵士が家族の心配をしなくてもよくなれば、それは戦場での働きに影響が出る訳だ」


「ええ、それを聞いて私も驚きました。まさかシルビア嬢が帝国の計画を潰した一人だったとは」


 エクストレイル様もアトレーさんも何を言っているんでしょう。

 私が帝国の計画を潰した一人? 精々が保育部屋を作って兵士が安心したというのは聞きましたが、食料や武具なんて……!


「アベニール様に提出した回転砥ぎ機と保存食……ですか」


「そうだシルビア。君は知らない内に帝国の計画を潰していたんだよ」


 現場で武具のメンテナンスが出来れば余剰武具を多くの兵に渡せるし、食料が長期保存できれば補給の回数も減らせる。

 その分兵士の数に余裕ができるというわけね。


「あれ? でも結局は兵士の数が多すぎて予算を圧迫するのでは?」


「今回は大変だったようだね。しかしそこは我々貴族の出番という訳さ」


 エクストレイル様はようやく苦虫を潰した口を止めて、嬉しそうに話しだします。


「貴族の私兵を前線に回すと同時に、資金も持たせたのさ。うん、まぁそれだけなんだがね、ハッハッハ!」


 エクストレイル伯爵邸の私兵は多くない。

 確か多くても五十人くらいだったと思う。

 戦時中とはいえ頑張っても半分が良い所だし、少ない分をお金という形で多く支払った、という事かしら。


 その後は平和なものだった。

 帝国に行っていた元エクストレイル領の人は終戦とともに戻って来て、まさか戦争になると思っていなかったと後悔していた。

 それはそうよね、詐欺みたいな口車に乗ってしまったのだから、不安だらけだったと思う。


 気が付けば数ヶ月で若い人たちが増え、もう高年齢化の領地なんて誰も思わない程になってきた。

 大手商店では育児部屋が作られて、働き手が増えて経済も活性化していく。

 ふぅ、私も安心してメイド業に専念できるわね!


 ところがそうもいかなかった。

 

「シルビア、次の働き場所が決まったよ」


 エクストレイル様に呼ばれて部屋に入ると、いきなりそんな事を言われた。

 え? え? 私メイド失格ですか? 一生懸命働いたつもりだったけど、やっぱりメイドとしては失格だったんですか!?


「あの、その、私はやっぱりダメ……でしたか?」


「ん? 何がダメなのか知らないが、君に拒否権は無いと聞いている」


 ああ……やっぱり余計な事ばかりしたから――


「次の奉仕先はフーガ侯爵こうしゃく領だ。君を評価するのに二年も必要なかったから、陛下へいかに連絡しておいたんだ」


「そうですか、私の次の……え? クビじゃないんですか?」


「クビ? そうだね、言い方を変えれば私のメイドを首にして、フーガ侯爵の元へ向かわせる事になるかな」


 わ、私ったらまた変な勘違いをしてしまったわー!

 エクストレイル様の元での評価が終わったから、次に行くだけの話しじゃない!

 でも私の評価ってどうなのかしら、良かったの? 悪かったの?


「せ、僭越せんえつながらお伺いしたいのですが……私はお役に立てたでしょうか……?」


「もちろんだとも。陛下へいかの命令でなければずっといて欲しいと思っていた」


「あ……ありがとう、ございます」


 深々と頭を下げてお礼をした。

 やりたい事をやれとプリメラにも言われたけど、やっぱりまだ自信が持てない。

 でも、お役に立てたのなら嬉しい。


 お別れのパーティーをしてくれたり、メイド仲間でパジャマパーティーをしたり、オッティに手紙を書いてくれと泣いて言われたり、色々な事がありましたね。

 フーガ侯爵領に行く日にはみんな総出で見送ってくれました。

 

 二年に満たなかったけど、とても楽しかったわ。

 でも……また馬車で数日間移動するのは大変そうね!


 数日かけてフーガ侯爵領へと入った。

 あら? 今日はお祭りかしら、とても人出が多くてお酒を飲んで騒いでるわ。

 まだ最初の村だから小さいかと思ったら、かなり大きそう。

 御者さんに聞いてみよう。


「ああこっちの方はいつもこんな感じさ。フーガ侯爵のお陰で毎日がお祭り騒ぎさ」


 へー、いつもお祭り騒ぎって事は、それだけ経済が活発って事よね。

 それに人も多いという事。

 楽しそうな場所だわ。


 でもフーガ侯爵邸に着いた時、私は自分の目を疑った。


「や、やぁよく……来てくれた。私がフーガだ」


 フーガ侯爵はやせ細っていた。

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