第6話

 遂に今日アベニール辺境伯がいらっしゃる。

 本当ならエクサ子爵に来て欲しいけど、どうやらここを出た後で子爵の元へも行かれる様だ。

 とても怖い人だと聞いているけど……ううっ、お腹が痛いわ。


「いらしたようだ。シルビアは私の横で大人しくしていればいい」


「わっ、わかりました」


 声が上ずっちゃった! ラシーン代理人は落ち着いてるなぁ……お歳を召している分色々な経験があるからかしら。

 玄関の扉を開けると豪華な黒い馬車が丸い前庭を時計回りに進んでいる。

 頭を下げて待ち、玄関前に停まり御者が馬車の扉を開けると、まず見えたのは黒いズボンで横にオレンジの二本線が縦に入っている。


 ゆっくり顔を上げると黒い詰襟つめえりで丈の短い上着には金色のボタンがたくさん並んでおり、そでと襟には長い葉を模した刺繍がされている。

 更に顔を上げていくと銀色の角刈りで眉が濃く目つきが鋭い中年男性だった。

 そして何よりも……大きい! え? え? 何メートルあるの? という位のアベニール辺境伯が大きく見えた。


 でも実際には身長百九十センチは無い程度。

 筋肉質で体が大きく見え、更に威圧感が凄いので大男に見えたみたい。


「ようこそいらっしゃいましたアベニールきょう、長旅でお疲れでしょう、まずはごゆるりと休憩をなさってください」


「なに、いくさに比べれば大したことではない。ワシが来た目的はわかっているんだろうラシーン」


 アベニール辺境伯は後ろで腕を組み、まるでラシーン代理人を威圧するような言い方で目の前まで歩み寄る。

 

「は……この娘がシルビアでございます」


「はへ?」


 あらやだ、思わず変な声を上げちゃった。

 それよりも何でいきなり私を紹介したの??


「うむ、お前がシルビアか?」


「は、はい、私がシルビアでございますが……何か失礼な事をしましたでしょうか」


 私の前にアベニール辺境伯が立つと私を睨みつけて来た。

 ひっ! 怖くて思わず目をそらしてしまう。


「アベニール卿、その娘は訓練を受けていない普通の娘です。あまり威圧すると意識を失ってしまいます」


「ふお⁉ いかんいかん、威圧していたか。目の前にいるのは娘目の前にいるのは娘……よし! これでどうだ!!」


 顔を上げてアベニール辺境伯の顔を見ると、すごく無理やり口を横に広げ、頬を引きつらせながら笑顔を作っていた。

 が、別の方向に怖くなっただけだった。


 あ、これはダメ、私死ぬんだわ。

 そう諦めかけた時だった。


「お父様! その笑顔は笑顔になっていないと何回いえば分かるんですか!」


 馬車からもう一人が降りてきて私に駆け寄り、私の顔を抱きしめてアベニール辺境伯から守ってくれた。

 わぁいい匂い……それに何だかフカフカだわ。


 ん? この方はどなたかしら?


「これはこれはプリメーラ様、お久しぶりでございます」


「お久しぶりラシーン。少し老けたかしら?」


「お会いするのは十年近くぶりですので。プリメーラ様は一段とお美しくなられましたね」


「ありがとう、って今はそうじゃなくって! シルビア? 大丈夫? シルビア」


 ようやく私の顔を抱きしめる力が緩むと、ようやくプリメーラ様? の御尊顔を見る事が出来た。

 銀色のツインテールで目がクリクリと大きく、黒いゴシックロリータのフリフリドレスを着ている。


 キレイな人……ああ、フカフカだったのはドレス……ではなくて豊かな胸だったのね。


「初めましてシルビア。ワタクシはプリメーラ、プリメーラ・カミノ・アベニール。アベニール辺境伯の娘よ」


「初めまして、私はシルビアと申します。ラシーン代理人の秘書をしております」


 プリメーラ様は私よりも少し身長が大きいかしら、それにしてもウエストの細いドレス……それに比べて私は男みたいにズボンとシャツを着ている。

 胸だって最近は少し成長してきたけど、これが格の違いというのかしら。


「さあシルビア、このお屋敷を案内してちょうだい」


「え? しかし私はアベニール様の――」


「ああ気にしなくてもいいから行っておいで」


 ラシーン代理人がヒラヒラと手を振っている。

 い、いいのかしら?

 と思っているとプリメーラ様に手を引かれて屋敷の中に連れていかれてしまう。


「ごめんなさいね、お父様ったら強面こわもてなのを理解しないで威圧感丸出しなんだもの。あれで何人の使用人が意識を失ったか」


「と、とても勇猛な方なのですね」


 赤いカーペットが敷かれた階段を上り、手を引かれるままに二階を進んでいく。


「ここね」


 ついた場所はバルコニー。

 大きくはないけど四人でお茶が出来る程度の大きさがある。

 掃き出し窓を開けて外に出ると、プリメーラ様は石でできた手すりに両手をかけて景色を見ている。


「へー、田舎って聞いてたけど、景色が良いのは素晴らしい事だわ」


 確かにこの領地は緑が豊かで近くに川もある。

 最近は活発になったとはいえ、辺境伯の領地とは比べ物にならない。


「あ、ご、ごめんなさい、田舎っていうのは悪い意味ではなくて、景色がキレイでいいなという意味よ? 誤解しないでね? ウチは軍人が多いから周囲に緑が無いのよ」


 慌てて訂正したかと思うと私の手を両手で握り、少し気弱になっている。

 ……表情の豊かな方だわ。


「誤解も何も、ここが田舎なのは間違いありませんし、その景色を楽しんでいただけたのなら、それはとても嬉しい事です」


「そ、そう? この景色、ワタクシは大好きよ」


 なぜか頬を赤らめて手を離し、背中を向けて咳払いをしている。

 どうしたのかしら? 貴族の娘さんなんだから堂々としたらいいと思うけど。


「えっとね、そのね……シルビア! ワタクシと付き合って欲しいの!」

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