漁港のアンドロイド
ヴァンター・スケンシー
第1話 8月31日
新谷光
この街は都会ではないがド田舎というほどの田舎じゃない、日本中のどこにでもあるような街だと思うけど、何か特長があるとすれば、海が見えてこの辺りの中では大きな漁港があることだろうか。
東京へは電車で2時間くらいかければ行けるけど、そもそも俺には東京に行く理由がそんなにない、欲しいものはネットで買えるし、ライブやイベントだってパソコンやスマートフォンでネットで観れる時代だ。
ここにいても、会えるかもしれないアイドルに会う機会はないかもしれないけど、会ったところで何かが変わるわけでもないのは知っている。
毎日会える同級生たちは、SNSでは裏で悪口ばかり言っている。
結局俺は、この後も何処に行ったってこんな生活をして生きていくんだろうから、この街が好きだろうと嫌いだろうと、出ていく理由も、出ていかない理由も特にはない。
おそらく世界中どこに行っても俺の世界はそんなに変わらない。
高木隆
日本に差別は少ないなんて言うけれど、そんなことはない。
程度の違いで人間なんて誰もが差別をする生き物だ。
理由は何だって良い、肌の色でも、生まれた国でも、食べる物の好みでも、性別でも、宗教でも。
この小さな街ですら差別を受けている。オレは多分どこに行ったって差別を受ける。
だってオレは日本人でも、ブラジル人でもないし、どこの国の人でもないから
日本にいれば、ハーフの黒人だって言われるし、ブラジルに行けば、色の白い日本人だって言われるだろう、どこの国いっても「何人?」と聞かれるのはしょうがない。
それは、オレ自身も「何人か」はわかってないし、この国に対してすら特別な想いをもっていないからだろうけど。
この世界のどこに行ったって、オレは中途半端な人間だ。あえて言うならこの街で産まれたってことだけが、自分を信じられる理由なのかもしれないけど、この街のことが特段に好きな訳じゃない。
折原璃子
私はかわいい。
それの何が悪いんだろう。男はみんな私とセックスをしたがるし、私の写真や動画にお金を払う人もいる。ご飯奢ってくれる人や、洋服やバッグを買ってくれる人もいる。
なんで?
それは私がかわいい女の子だから。
かわいいだけで得をしているのは知ってるけど、悪いことだとは全く思わない。
ブサイクな子や私に彼氏を寝取られた女に恨まれたって別にかまわない。
だって、私はあなたたちより圧倒的にかわいいから。
どんなにお洒落をしても、どんなに頭が良くても、男の人はかわいい私とセックスをしたくて言い寄ってくるんだから。
私はかわいいだけで何処でも生きていける。
だからかわいい時間を精一杯生きるだけ。
井澤孔明
数字は嘘をつかない。
どんな学校にいようが、どんな環境にいようが、同じ問題を解くテストの結果は正しい。
「やればできる」なんてやらない人間の逃げ言葉だ。
「やって結果を出す」もっといえば、やらなくても結果を出せばそのほうが優秀なのは一目瞭然だ。
「がんばった。努力した。」で物事を評価したら、世界中のほとんどの人間がノーベル賞をもらえる。結果だけが全てだ。わかりやすいのは数字だ。
馬鹿なyoutuberだって、チャンネル登録者や視聴数の数字が良ければ金を手に入れることができる時代だ。
でも僕は馬鹿と付き合うつもりはない、そんな時間はない、人生は時間だ。数字だ。
どんどんカウントダウンされている。無駄な時間を過ごすつもりはない。
もっと高く、もっと上に。僕には時間が足りない。
9月1日
夏休みが終わった。
予選の1回戦で敗退して引退した俺には、高校で初めての暇な夏休みだった。
バイトをしようかと思ったけど、めんどくさくて結局やらなかった、毎日youtubeで動画をみて、エロ動画でオナニーして、ちっともうまくならないベースの練習をしていた。
夏休みの部活に、たいしてうまくもない引退した先輩が練習に顔をだされるのは、去年十二分に味わったからやりたくなかったし、課金するほどの夢中になるゲームもないから別に金はいらなかった、セックスはしてみたいけど彼女は作るのは面倒臭いし、特にやることがないから、ほとんどの時間はなんの目的もなく過ごしていた。
どうせこのまま同じような高校生活を続けて、近くのそこそこの大学に入って、近くのそこそこな会社に就職して、今と同じような生活を続けていくんだろう
結婚?するかもしれないけど、今は全く想像すらできない
想像したところで、現実は想像のように上手くいかないことくらいは、この歳でもわかっている、映画のようなドラマチックな恋愛も、悲劇も、喜劇も、俺の人生には起らないことは知っている、SNSで炎上でもすればそんな事件も起こるかもしれないけど、どうでもいい同級生たちとの会話にしか使ってない、フォローもいいねも少ないSNSでは炎上すら起こりもしない。
退屈だった夏休みが終わったのは、俺にとっては少しはましなのかもしれない。
少なくとも、一人で時間を潰すよりは学校でくだらない同級生の生活を見ている方が、まだ良い暇つぶしに感じるからだ
友達がいるわけでもないけど、少なくとも一人でいるよりはいくらかマシだから。
少し嘘をついた、一応友達と呼べる人間はいる
隆は小中高とずっと同じ学校で、幼なじみといっておかしくない。
でも、親友と呼べるほど仲が良いわけでもないし、殴り合いの喧嘩をするほど腹を割っているわけでもないけど、もう10年以上お互い暇な時に遊んだり、それこそ嘘しか書いてないSNSの中で、本当のことを話したりする仲なんだから、友達と言ってもいいだろう
隆と仲良くなったのは、たぶん小1の時に俺がダブったゲンガーのポケモンカードを隆にあげたとか、そんな理由だと思う。
そんなどうでもいい理由だけど、なんだかんだ10年以上も付き合いが続いているんだから、仲が良いんだろう。
昨日も「お前が好きそうなバンドを見つけた!」といってLINEで動画を送ってきた
かっこ良かったけど、俺には耳コピできるほどの技術はなかったけど笑
久々に制服を着て学校に向かう途中で隆に会った
「昨日のバンド聴いた?」
「聴いたよ、かっこ良かったよ」
「お前さ、なんでベース始めたの?」
「なんでだろ・・・音楽が好きなのと、先輩からベースもらったから暇つぶし」
「バンドとかやんないの?学祭とかでさ笑」
「ベースだけじゃバンドできないでしょ笑」
「オレ、ヴォーカルやってやるよ、あのバンドのコピーやろうぜ」
「あと2人必要じゃん、ギターとドラム」
「おっやる気じゃん、オレあのバンドのヴォーカルに見た目似てるし、イケんじゃね?」
「あんな上手くベース弾けないからやっぱ無理だわ笑」
「なんだよそれ笑」
そもそもあと2人を集められるわけもないバンドの話をしながら、隆と久々に学校に向かうのは久々に楽しいと感じる時間だった。
高校3年の2学期に転校生が2人やってきた。
大学受験を控えた大事な時期に・・・と思うかもしれないがこの街では良くあることなので、そんなに不思議ではなかった。
この街の港は、この地域ではかなり大きい漁港で、常に漁師の働き手は足りていない。
借金に追われて都会から働きにくる大人や、海外から出稼ぎでくる外人、いろんな人間がこの街にやってくる、そんな理由で転校生はもともと多い、さらにこの街に愛想をつかせて出て行ったはずなのに、結局出戻りをしてくる大人も多い、離婚して子供を連れて帰ってくる。
転校してきて、その1ヶ月後にすぐ転校していく奴もいる。
1学期もこのクラスから3人ほど転校していった、一人は親の転勤、一人は親の再婚で引っ越し、もう一人は担任は家庭の事情と言っていたが、夜逃げだって噂が街に流れていた。
この街や、この学校はここに居たくているわけじゃない人間が多い。
そして大体この街に何も希望も夢をもっていない。
ただ、居心地が良いっていう理由で、他の場所に行く理由も、此処にとどまる理由もそんなに持たずに、ただ惰性でダラダラとこの街で人生を過ごしているだけの人間ばかりだ。
学期が変わるごとに転入生がやってきて、転校して行く。
今日来た転校生はいつもような転校生で、いつものような転校生ではなかった。
担任と一緒に2人の転校生が入ってきた瞬間に教室に響めきが起きた。
正確にいうと2人でなく、2人のうちの女子にみんなの目が奪われた。
その女子は、TVやネット、東京に行かなくては見れないような完璧なJKで
急に転校が決まったために着てきた前の学校の物であろう洗練された都会の制服が彼女の美しさをより際立てていた。
少し茶色いセミロングの髪、白くて綺麗な肌、綺麗な顔立ち、吸い込まれそうな大きな瞳、都会の高校だと当たり前なのかもしれないが太ももまでみえるミニスカート、まるでグラビアから出てきたようなJKだった。
男子たちの喜びの感情、女子の嫉妬と羨望の混じった感情が教室の中に充満したのを感じた。
俺もトキメキがなかったわけではない、おそらく自分の”生(なま)”の目で見た人間で一番かわいいと思った、だけど、その瞬間に「俺とは関係のない世界の人間」という認識に変わった、あんな可愛い、しかも都会からバカな親の都合で理不尽に転校してきた女は、俺たちみたいな人間に興味を持つわけはない。と
彼女のお陰ですっかり影が薄かったもう一人の転校生だが、よく見ると今までの転校生とちょっと違った、メガネに七三分け、いかにも勉強ができそうでチャラい感じが全くない古い言い方だとガリ勉笑
でもよく見ると結構顔は整ってるし、メガネのせいでイケメンに見えないかもしれないけど、そのメガネもオシャレな感じでいかにも都会の陰キャって感じだ。
この街に変な時期に転校してくる奴らは大体親がクズで、大体本人もクズが多い
勉強ができるタイプの人間が転校してくることは殆んどない。
めずらしくまともなタイプな転校生なのかも?と一瞬思ったが、彼の名前が『井澤孔明』だと聞いて、やっぱりいつものバカ親の子供だと思った、だって『孔明』なんてギリギリアウトのキラキラネームでしょ笑
彼女の名前は『折原璃子』
休み時間は折原の話題で持ちきりだった
男子は
「折原やばくね?ちょーかわいいじゃん」
「ちょっと与田ちゃんっぽくね?」
「裏垢とかあるかな?」
「スカート短すぎ笑エロいよね」
わかりやすく浮かれていた。
女子は
「わからないことがあったらなんでも聞いてねー」
「メイクもう少し薄くしないと、生活指導がすぐ注意してくるから気をつけたほうがいいよ」
「どこから引っ越してきたの?この街田舎すぎるからつまんないよ〜」
ファーストコンタクトでカーストをキープするために必死に情報収集とマウンティングに励んでいた。
対照的に孔明は、誰にも話かけられずに静かに席に座ってイヤフォンをつけて本を読んでいた。
見た目通りのガリ勉なんだろう、話しかけるなオーラを放ちまくっていたので、もちろん話かけないし、そんなオーラ出さなくても、あと数ヶ月しか一緒に過ごさない奴となんか仲良くなれるはずはないから、話しかける気持ちなんて持てるはずがない。
下校していたら隆がウキウキで話かけてきた。
「めっちゃ可愛い子転校してきたらしいじゃん」
「うん、すげーかわいいよ」
「つうか、見たけど笑あれアイドル並じゃん」
「アイドル実際に見たことねーからわかんねーけど、まあ、めっちゃかわいいね」
「バンドさそおうぜ!!」
「は?」
「あの子ボーカルやったら超盛り上がりそうじゃん」
「いや無理でしょ、つうか、お前ボーカルやるっていってたじゃん」
「いやいや、いいよ笑あの子のほうがいいっしょ」
「まじでバンドやる気なのかよ笑じゃあお前なにやるんだよ?笑折原やってくれてもギターとドラムいねーし笑」
「オレ、ドラムやるよ、ほら、オレブラジルの血がはいってるからリズム感良さそうじゃね?太鼓の達人も上手いし、すぐできるっしょ笑」
「そんな簡単じゃねーし笑それでも3人しかいないし、そもそも折原がやるわけないじゃん」
「いやいや高校生活の思い出作ろうぜ、ほら、もう一人のメガネ、パソコンとかで音楽作れそうだから、あいつも誘おうぜ」
「ねーよ笑つうかまじで学祭でバンドやりたいのかよ?」
「だめ?お前も部活おわって暇じゃん、やってみようぜ」
「めんどくさいよ、一応受験もあるし」
「お前頭悪くないから大丈夫だよ、テキトーな大学なら笑オレは卒業したら家の仕事手伝うから、勉強しなくていいし」
「お前が暇なだけじゃん笑」
隆との本気なのか嘘なのかわからないどうでもいい話をするのはいつも心地良かった。
きっとこれからもこうやって、もし実現しても世の中に対してなにも影響ないような、できるかどうかもわからないどうでもいい話をして、心地よく生きていくんだろう。
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