思い出はビターチョコレートのように
早乙女ペルル
第1話 悪魔
今日もこの夢だ。街は赤く染まり、聞こえてくるのは悲鳴と悪魔の唸り声だけ。私は何も出来ずに立ち止まり、周りの友達が次々と死んでいく様を見ているだけ。この地獄から早く抜け出したい。もういっその事、死んでしまった方が楽なのかもしれない。そう思ってしまうほどの悪夢だ。
私、
「間もなく〜博多〜博多〜。お降りの際は足元にご注意ください。」
博多駅に着くと邪魔なリア充共を払い除けて真っ先に電車から駆け降りた。しばらく歩いて改札を通ろうとすると聞き覚えのある明るい声が聞こえた。
「如月、おはよ!」
「
「今日は早いんだな。」
「うん、クラスの子に勉強教えなきゃ行けないんだ〜。朝から大変だよ!」
私は嫌がりながらも満更じゃなさそうな彼女を見て言った。
「さすが人気者は違うね〜。」
「あはは。も〜やめてよ〜」
そんな会話をしながら歩いているとあっという間に学校に着いた。学校の名は
「それじゃ、また放課後。」
「うん!」
蒼は元気に返事をして、自分のクラスへ向かった。蒼は二年四組で、私は二年一組だ。蒼が教室に入るのを確認すると、私も自分のクラスへ向かった。楽しい時間はここで終わりである。なぜなら私はクラスに友達がいない、いわゆる『ボッチ』なので一日中うつ伏せで生活するという悲しい人種だからだ。はぁ。ため息しか出てこない。
*
「はい。それではまた明日!」
教師がそう言うと皆一斉に帰っていった。この学校は特に部活もないので全員優秀なエリート帰宅部員だ。しかし私は委員会に行かなくてはいけなかった。皆が帰った後しばらくして教室を出るとある女性に話しかけられた。
「あら、如月ちゃん。ごきげんよう。」
「あ、
「美月さんも今から委員会に行くところですか?」
「えぇ、そうよ。一緒に行きましょう!」
美月先輩はそう言って私の手を引っ張った。そして生徒会室のドアを開けると、蒼が喋りかけてきた。
「お、如月と美月先輩!遅かったじゃん!」
蒼が一番乗り…ではなさそうだ。既に椅子に座りながらヘッドホンで音楽を聴いてる子がいる。
「ほら、
「ひ、ひゃい!」
「さぁ、みんな。今日も依頼が来てるわよ!」
私達の仕事はただの委員会では無い。十二年前のバレンタインに突如現れた悪魔、『エクスタシー』の被害に遭った人の親族から、被害者の遺品を回収するという委員会だ。エクスタシーは有毒なウイルスを吐き、一般人がそのガスを吸うと即死するためエクスタシーが出現した場所は立入禁止の『危険地域』として指定されている。
「えぇと…今日はこの家に行って、家族写真を持って帰ってくるのが依頼よ。」
ここから歩いて二時間程で着くその家は十二年前、最初にエクスタシーの被害にあった場所である。
「さぁ!如月、陽!モタモタしてないで行くよ!」
いつものように蒼が張り切っている。美月先輩の事が大好きだから、先輩のために一生懸命頑張っているのだろう。
*
その家がある街に着く頃には辺りは真っ暗になっていた。この街は危険地域なのでもちろん誰もいない。
「や、やっぱり誰もいないね。」
陽の震えた小さい声に対して、その何十倍、いや何百倍もの声量で蒼が答えた。
「そりゃそうよ!ここは危険地域なんだから、一般人は入れないわ。まぁウイルス適性がある私達は別だけどね〜。」
蒼の言う通り、私達は一般人にはないウイルス適正がある。ウイルス適性をもって産まれてくる人の割合は五億分の一と言われており、とても貴重な存在だ。ウイルス適性を持つ人はその名の通りエクスタシーの有毒ウイルスを吸っても影響がない。だからこのようにめんどくさい依頼を受けなければならない。はぁ、早く帰りたい。
「さあ、着いたわよ。早速写真を取りに行きましょう。着いてきて!」
仲良し三人組の私達は美月先輩について行き、家に入った。
「うわー。すごいゴミ屋敷だ。」
あまりの散らかり様に思わず本音が漏れてしまった。
「仕方ないわよ。もう十二年も誰も入ってないんだから。」
そういう問題か?と思うレベルのゴミ屋敷だ。足の踏み場がほとんどなく、地面にはカップ麺の容器やペットボトル、ティッシュなどが転がっている。
「ないわね。あった?」
「こっちにもありません!」
「ゴミ袋の中とかじゃないよな…」
嫌な予感がした。こんなに探して見当たらないのなら、ゴミ袋の中にあるとしか考えられない。
「あ、ゴミ袋まだ見てなかったわ!」
おいおいまじか。美月先輩は何の躊躇いもなくゴミ袋を漁り始めた。これは私達もゴミ袋の中を探さなくてはならないパターンじゃないか?
「私も見ます!」
あのアホ。辺に便乗したらみんな探さなくちゃいけなくなるじゃないか。でも私にはこのゴミの中に手を突っ込んで漁る勇気がない。
「あ!!!」
ゴミ袋を漁る覚悟を決めていると、蒼が急に大声を出した。何があったのだろうか?
「あった!ありましたよ!!!」
蒼は小さな写真一枚を見つけていた。その写真には男の子と両親と思われる二人の大人が写っている。
「蒼ちゃん、でかしたわ!依頼人さん、喜んでくれるかな?ふふふ。」
依頼人が喜ぶ姿を想像して美月先輩は笑みを浮かべていた。美月先輩は本当にいい人だ。私が『めんどくさい』、『ダルい』、『帰りたい』の三コンボなのに対して美月先輩は百パーセント依頼人の事を考えてこの活動をしている。美月先輩を見てると私がどれだけこの委員会に向いてないかがわかる。
「さて!今日の活動は終わったから、夜ご飯食べに行かない?」
「「「行きます!」」」
私達は口を揃えて答えた。この面倒臭い委員会活動終わりに食べるラーメンが最高に美味しい。
「よし、じゃあどこか行きたいところある?」
「ラーメンがいいです!!!」
「如月、またラーメン?私は中華がいいな〜」
蒼が対抗してきた。って、待てよ…?
「ラーメンも中華だろ!?」
「あ〜。じゃあ、チャーハン食べたい!チャーハン専門の店でチャーハン食べるのが小さい時からの夢なの!」
彼女の口癖だ。何か決める時彼女は「〜するのが小さい時からの夢」と言って意見を出す。これを言うとだいたい彼女の意見が採用されるのが不思議なポイントだ。
「うーん。じゃあチャーハンにしましょうか。最近ラーメンばっかだったから。」
「やったー!決まり!早速行こ!」
*
取り留めのない話をしている内にチャーハン専門店に着いた。しかし、店のドアには「今週はめんどくさいので休業します。」と書いてある。ここはギャグ漫画の世界か?と疑ってしまうほどいい加減な店だ。
「そんな…私のチャーハン…」
「ま、まぁ蒼ちゃん。チャーハンはまた来週、食べに来ましょ?」
落胆していた蒼に美月先輩が微笑んだ。
「美月先輩…はい!!」
全く、この人は本当にすごい。蒼を完全に
「じゃあ、今日もラーメンを食べに行きましょうか。」
「はい!!ふふふ…ラーメン…!」
「如月、ニコニコしてる。本当にラーメン大好きなんだね。」
「まあね。陽も本当はラーメン食べたかったんじゃないのか?」
「うん。あそこのラーメンすごく美味しいもん!」
陽が言う通り私が大好きな『ブレイブラーメン古賀店』は最高のラーメン店である。極太麺を濃厚な豚骨スープに絡めて食べるのが最高だ。あそこなら毎日行っても飽きない自信がある。
「へいらっしゃい!今日もいっぱい食べて行きな!」
店に着くと店主がそう言って私たちをテーブルに案内してくれた。
「よし。今日もやっと終わった!あとは帰って寝るだけ〜♪」
「…如月、やけにテンション高いね。如月らしくないよ…!」
「え?そう?」
無自覚でテンションが高くなっていたらしい。それもそのはず。目の前に大好物のラーメンがあるのだから。
「あっ、そういえば、来週はバレンタインだね。」
陽がそう言うと、美月先輩の表情が少し曇った。
「えぇ、そうね。来週でエクスタシーが出現して十三年目になるわ。ここ五年近くエクスタシーの目撃情報を聞いてないから、もう出現しないことを祈るわ…」
「まぁ、しばらく出てきてないってことは、もう地球から居なくなったってことじゃないですか?」
「ふふ。蒼ちゃんったら、まだ分からないことだらけなのよ?そもそも、エクスタシーがどんな姿かすらまだよくわかってないんだから…」
エクスタシーの外見を知っている人は居ない。エクスタシーが視野に入る頃にはウイルスで死んでいるからだ。しかしウイルス適性がある私はエクスタシーを過去に見た事がある。異様に長い手足を伸ばして鋭い指で
「いやー。案外可愛かったりしてね?」
蒼、それは無い。あの気持ち悪い見た目は天地がひっくり返っても可愛いとは言えない。見るだけで吐き気がする。
「可愛かったら、飼いたいな…」
おいバカ。あんなもの飼ったらエクスタシー本体に敵意がなくてもウイルスで自分以外全滅してしまうぞ。陽は普段常識的で真面目だが、たまにこういうことがあるので注意が必要だ。
*
エクスタシーの話で盛り上がってる内に、四人ともラーメンを完食した。今日もやっぱり美味しかった。
会計を済ませ美月先輩と別れた後、三人で電車に乗った。外は寒いが、電車の中はとても暖かい。
「ふぅ。今日も大変だったね…もうヘトヘトだよ〜。」
「と言っても歩いただけだけどね!」
「…それがきついんだよ、それが。蒼は体力があるから疲れないと思うけど、私みたいな運動不足からしたら二時間歩くなんて地獄でしかないからな?」
「運動不足って…ふふ。あははは!」
蒼はそれを聞いて笑っていた。それにつられ、私と陽も笑った。さぁ、この最高の仲間達と明日も頑張ろうと思う。
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