第33話 後片付けはきちんとしないとな
俺の言葉に、うつ伏せにされた男は首筋を強張らせる。
顔を動かし無理やり視線を向けてきた男は、俺が馬車の荷台に座っていた護衛の一人だと今さら気付いたようだ。
歯を食いしばりながら、疑問を返してくる。
「いきなり襲ってきて、何を言ってるんだ?」
「先に仕掛けてきたのは、あんたらだろ」
「何か誤解があったようだな。ちゃんと話がしたい。まずは、この拘束を解いてくれないか?」
この状況でも、まだ通りすがりの行商人を装う気のようだ。
男の提案を無視した俺は、そのまま歩き出す。
背後からしつこく呼びかける声が聞こえてくるが、気にせず地虫の死骸の裏へ回り、隠しておいた木箱を抱える。
そして地面に横たわる三人の男たちから見える位置に、分かりやすく置いてやった。
「ほら、あんたらの荷物だ。馬車があのざまなんでな、悪いが引き取ってくれ」
そう言うと、手前の男二人の表情が分かりやすく変わった。
中身とその効果を、十二分に理解しているのだろう。
ただし三人目の男は、リーダー格だけあってもう少し図太いようだ。
わずかに目を細めてから、釈明を続けてくる。
「確かに見覚えはあるな。中身を改めたいから、俺たちを動けるように――」
「安心しろ。もう開封済みだ」
外したままの木箱の蓋を持ち上げてみせると、男は口を開けたまま言葉を止めた。
その目の前でわざとらしく蓋をくるりと回し、裏側の呪紋を見えやすくしてやる。
「呪術まで扱っているとは、たいした品揃えだな」
「いつ、怪しいと気付いた?」
「立ち往生のふりをしていた時からだな。服だけそれらしくしても、その体型で商人は無理がある。あと手のひらも、あまり見せないほうが良いぞ」
こんなに僧帽筋が発達していたり、二の腕がはち切れそうな商人はまず見ない。
それとロンゾに銀貨を渡す際に見えた手のひらには、長年、剣を握ってきたタコが出来ていた。
「それだけでか? だとしても、どうしてあの時、止めなかった?」
「俺はあくまでも雇われの身だからな」
「……では盗賊ではなく、なぜ騎士だと?」
「あんたらの馬だ」
「馬?」
「乗りこなし方が、賊にしちゃ堂に入りすぎてたんでな。あと商人に化けるために、わざわざ荷馬で揃えたんだろ。
いつもの乗り慣れた軍馬だったら、落馬しなかったかもしれないがな。
俺の言葉に反論は無理だと判断したのか、男は視線をそらして顎から力を抜いた。
まあ、もっともらしいことを長々と並べてみたが、その前に個人情報の職業欄を確認済みというだけの話である。
だからあの時、俺はこいつらが賊ではないと言ったが、商人だとも言わなかったというわけだ。
「そろそろこっちが質問する番だな。どうしてこんな手の込んだ真似をした?」
わざわざ商人に変装して魔物に襲わせるより、騎士なら普通に武力に物を言わせればいい。
いや、もっと手っ取り早く、片っ端から関所で摘発すれば済むはずだ。
当然の質問だが、返ってきた答えは沈黙だった。
そりゃわざわざ、教えてくれるはずもないか。
「これ絡みだから、おおっぴらにしたくないというわけか」
半壊した鉄の首輪を見えやすい位置に転がすと、二人の男はまたもあからさまに顔色を変えた。
全身を解いているので、口が利けないのが残念だな。
突きつけられた物的証拠に、沈黙を守っていたリーダー格の男が口を開いた。
「それはどこに?」
「あんたらもよく知っているだろう。あの馬車さ」
「そうか。鎖の持ち主と雇い主はどこへ?」
「仲良く、あの虫の腹の中だ」
本当のことを言う義理はないからな。
ほんの少しだけ緊張を解いた男に、俺は隠しておいた最後の札を突きつける。
「ランドール商会ってのは、そんなに厄介な相手なのか?」
男の首の裏がわずかにひきつる。
その反応をしたということは、正解だったようだ。
ランドール商会というのは、ロンゾの取引相手であった商船の持ち主であり、この男が荷物を届けてくれと頼んだ相手でもある。
屋台の若い店主がきな臭いと言っていたが、噂は本当だったらしい。
「商人どもが全権を握っているドーリンには、辺境伯の威光も通じないというわけか。で、表立ってことを構えるわけにもいかず、名誉ある騎士様がこそこそ変装して魔物をけしかけていると」
「……商会の顧客には、傍流だが王族の方もおられる。うかつに藪を突くわけにいかんのだ」
万が一、目撃者や生存者が居ても、魔物の仕業ならこの地の騒ぎだけに留まる。
それに調査や後片付けも騎士団の仕事だろうから、証拠を握りつぶすのも容易いと。
「だいたいのことは分かったが、まだ一つ疑問がある。あの地虫だが、なぜ魔物のくせに無差別に通行人を襲わないんだ?」
「教えてもいいが、その前に私の問いに答えてくれるか?」
「いいだろう。答えられるものならな」
一人称を戻してきた男は、俺の目をまっすぐ見つめながら言葉を発した。
「我らをあっさりと封じたその腕前……。何もかも見抜く眼力……。そして我が剣を砕いた、その黒い刃……。あなたはもしかして"黒蜂"か?」
黒蜂。
ザッグのかつての呼び名だ。
静かに首を縦に振ると、男は眼を最大限に見開いた。
「ほ、本物なのか。伝説の……」
「答えたぞ。次はあんたの番だ」
「あ、ああ。地虫は夜行性で、昼間は土の上には出てこない。繁殖期だけ、地上で交尾するんだ。本当に実在したのか……。てっきり出鱈目な噂だとばかり……」
「さて、話はこれくらいだな」
「待て! 待ってくれ!」
「まだなにかあるのか?」
「……い、依頼を頼みたい。金ならある。私の馬の鞍を調べてくれ」
「依頼の内容は?」
そう言いながら俺は男の横を通り過ぎ、おとなしくしていた馬の鞍を探った。
男の言った通り、硬貨が詰まってそうな革の小袋が出てくる。
「中に金貨が入ってる。確かめてくれ」
ちらりと男の首筋を見た俺は、ゆっくりと袋を開く。
とたんに袋の口から、まばゆい光が溢れ出した。
同時に伏せていた男が、腕を動かし背中に隠していた短剣を抜こうとして――。
「なにぃ!?」
指先をわずかにも動かせず、男は心の底からの驚愕の声を上げた。
「なるほど、解呪の聖印が刻んであったのか。面白い仕掛けだな」
男の首の裏がひきつっていたので何かあるとは用心していたが、まだ足掻く気でいたようだ。
身動ぎできない男は、切羽詰まった様子で疑問を放つ。
「な、なぜだ! なぜ呪縛が解けない?」
「たまに勘違いされるが、俺のそれは呪術じゃないぞ」
只の技である。
もっとも誰一人として真似できないが。
革袋の口を縛り直して鞍に戻した俺は、男たちの馬の手綱を引いて木箱のそばまで戻る。
そして起死回生を狙ってしくじった男の眼の前で、さりげなく木の蓋を持ち上げた。
「悪いが今は休職中なんでな。依頼は受け付けてないんだ」
「そ、それをどうする気だ?」
「後片付けはきちんとしないとな」
きっぱりと言い放った俺は、地虫の雌が詰め込まれた木箱の蓋をはめ直した。
むろん、発情の呪紋があるほうを下側にしてある。
「金なら本当に出す! 見逃してくれ。後生だ!」
「人を殺してきたなら、自分もいつか殺される覚悟くらいはしておけ」
「な、なら騎士の誇りにかけて頼む! せめて今、止めをさしてくれ!!」
「お前らが虫に食わせた人間も、みなそう願っていただろうな」
そう言い捨てた俺は、男たちの血走った眼差しを無視して馬にまたがった。
そして二頭の馬を引いて、その場から立ち去る。
しばらくの後、誰かの悲鳴が谷底に小さくこだました。
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