一に占い二に暴力!

孔明ノワナ

第1話


「やッッたぁぁぁ!!!大・吉キタァァァァァ!!!!」


 屋敷中に響き渡る、底なしに元気な明るい声。恥も外聞もかなぐり捨てた、淑女としては決して有り得ないその絶叫に、屋敷の使用人たちは一人残らず頭を抱えた。


「あぁ良いですね、今日は良い日になりますね!いやぁボクもう既にワクワクが止まりませんよ!ふふっ、賭場でも行ってやりましょうかねぇ!!」


 しかし少女はそんなことを気にした様子もなく、渾身のガッツポーズを決める。腰まで伸ばした紫色の髪をブンブンと振り回しながら、水晶玉の目の前ではしゃぎ倒していた。


「……フ、フニ様。少々落ち着いてくださいませ。声が外まで聞こえてしまいます」


 部屋の隅に侍っていた、メイドの一人に声をかけられる。


「Fuuuuuuu!!!大吉yeahhhhhhhhh!!!!!」


 ……が、フニは全く気にしなかった。いや正確に言えば、占いに夢中になり過ぎて聞こえなかったというべきだが、ともかくフニと呼ばれた少女は叫び続けた。


 偶然部屋にいたメイドは、「ど、どうやってフニ様を抑えましょう……っ」と右往左往する。しかしそんな彼女に何をされるでもなく、フニは勝手に立ち止まった。


「っと、そろそろ占いの詳細を見なくては。大吉だからといって浮かれすぎてはいけませんよね。一番大切なのは、その下に続く内容ですから」


 安堵するメイドを傍目に見つつ、フニは再び椅子に腰掛る。そして水晶玉に意識を集中させた。


「ひにゃらまーはにゃらまー、リガミア様リガミア様!!今日の運勢をお教えください!!……ほう、仕事運は『部下と対等の関係を築くべし』ですか。なるほど」


「ひ、ひにゃらま……?あの、フニ様……?」


 フニは顎に手を当て考える。はて「対等の関係」とは、一体どんなものなのか?と。今目の前にいるメイドもまた、部下と言えば部下。

 というわけで早速「対等な関係」を目指して、一つの命令を下すことした。

 

「決めました!そこのメイド君、今日はタメ口で良いですよ!否、タメ口で話しなさい!」


 対等=タメ口。安易に過ぎる気もするが、間違いではないだろうとフニは思う。


「え?そ、そんなことを急に仰られても困ります……。フニ様に敬意を欠くなど、到底許されることではありません」


 ところがメイドは従わなかった。主に対してタメ口など、彼女にとっては愚行以外の何物でもない。


「全くもう、生真面目ですねぇ……。そもそもボクなんて、敬語を使われるような人間じゃないんですから。ほらタメ口、タメ口!次に敬語使ったら怒りますよ!」


 ぷくーっと頬を膨らませながら、フニはメイドを叱り付ける。メイドも、そんなフニを可愛らしく思いながら苦笑いを浮かべるが――


「で、ですからフニ様にタメ口など……、ヒッ!?」


――瞬間、空気が凍り付く。フニの顔から感情が消えていた。


「……だからさ、タメ口で話せって何回言わせんの?殺すぞ」


「ぇ……え?」


 急激過ぎるフニの変化に、立っていたメイド驚き固まった。


「テメェのせいでボクが不幸になったら責任取れんのか?」


「……ご、ごめ……んなさい」


「いや、ごめんとかじゃなくてさ。ボクは占いの話をしてんの。君らにはボクと対等に接して欲しいんだよ。占いにそう出たから。分かる?」


「……っ」


 まるで、唐突に剥き出しの刃が降ってきたかのような。そんな恐怖に室内は染め上げられた。


 そしてメイドが、「本当に殺される」と覚悟を決めたとき――


「おはようございます、フニ様。朝食をお持ちしました」


――バァンと部屋の扉が開かれ、新たなメイドが一人、ズカズカと入り込んできた。


 張り詰めた空気は消え去り、フニの顔に笑顔が戻る。


「あ、おはようございますサーシャ!もう朝ご飯の時間ですか!ありがとうございます!」


「いいえ仕事ですから。それよりフニ様、そこの新人メイドが酷く怯えた様子ですが、何かございましたか?」


「大したことは何も。それよりサーシャにお願いしたいことがありまして。今日一日、ボクとタメ口で接して欲しいんです」


「……?何故でしょう」


「今日のボクの占いがですね、『部下と対等の関係を築くべし』だったんです。となると、やっぱりまずは敬語を止めて貰わなきゃダメですよね?」


「あぁ……」


 至極納得した様子のサーシャを見て、フニはむふんと胸を張る。流石サーシャは理解が早いなと、我がことのように嬉しく思った。


 しかし。


「え、サーシャどうしました?急にボクに近づいてきて一体何を――ぶふぉ痛い!?」


 サーシャの手にしたお盆が、フニの頭部に向けて全力で振り下ろされる。フニのつむじとお盆とで、まるで楽器を鳴らしたのかの轟音が響いた。


「な、何故!?何故ボクは叩かれたのですか!?」


「私の可愛い部下を怖がらせたからです。謝ってください」


「え、ちょ……。いくらメイド長だからって、ボクに暴力を振るうのは横暴が過ぎるのでは!?い、一応ボクはサーシャを雇っている側ですよ!?」


「はて?対等に接して欲しいと言ったのはフニ様のはずですが」


「ッ!」


「これが対等というものかと。タメ口や敬語など、そんな上辺だけの話ではなく」


「た、確かに」


 完全に論破された……と後退るが、素直さに定評のあるフニは「ふっ、流石はサーシャですね」と即座に敗北を受け入れる。


「ほらフニ様、早く謝ってください」


「威圧してすみませんでした」


「私ではなく彼女にです」


「ですよね、はい分かってます。……あの、ボクってば意味もなく怒ってたみたいです。ごめんなさい」


「い、いえ……」


 フニは膝をつき、深く深く謝罪する。対等ってタメ口とは関係ないんだなぁと思い知りながら、誠心誠意反省するのだった。


「あ、良いことを思いつきましたよフニ様。折角ですし、今日は広間で皆と朝食を食べましょう」


「え、嫌ですよ。ボクは一人で食べるのが好きっていつも言ってるじゃないですか」


「ダメです。今日は対等なので強引に連れていきます。さぁ行きましょう」


「ちょ、待って、首根っこ掴んで引っ張るのは――あ痛い痛い痛い苦しいですサーシャ!!!」


 そうしてフニはズルズルと引き摺られながら、憩いの自室を後にした。



☆ ☆ ☆



 フニ・サーチレイ。

 人は彼女を、『王国最速の戦女神』と呼ぶ。彼女の神速の剣が一度でも跳ねれば十の首が飛び、彼女の前で瞬きでもしようものなら瞼の色が最期の光景になる――と。


 加えてもう一つ、人は彼女を『王国最弱のカモ』とも呼ぶ。たとえ如何なるガラクタだろうと、頭に「幸運の」と修飾語をつければ問答無用で買っていくからだ。最近では250万ルピもする普通の壺を、笑顔で抱えて帰ったとか。なまじ金持ちであるだけにその購買ペースも凄まじく、その呼称が浸透するのも神速だった。

 

「さぁリガミア様、教えてください!今日のボクのラッキーアイテムは一体!?」


 フニは部屋で一人、むむっと水晶玉を覗く。


「ほう、『七葉の黒クローバー』!……え、待ってくださいそんなの存在するんですか?黒色で、しかも葉が七枚もあるクローバー?」


 珍しいと言われる四葉のクローバーよりも、さらにさらにさらに葉が多いクローバーとは恐れ入る。フニは衝撃を受けた顔で水晶玉を見つめた。


「し、しかしリガミア様の神託は絶対。どうにかして見つけなくてはいけません。――サーシャ!サーシャ聞こえますか!出かけますよ!今日の目的地は『酸獄の平原』です!七葉の黒クローバーを探しに行きます!」


「……『酸獄の平原』。辺り一面の葉々は『踏むと強酸を絞り出す』という特徴を持ち、一秒で靴を溶かし二秒で下半身が消えると噂の原っぱでございますね。つまり私に死ねと仰いますか」


「大丈夫です、ボクが守ります!」


「守るとかそういう次元の話ではないかと」


「さぁ出発です!」


「フニ様?私の話を聞いておりますかフニ様」


 そうしてフニはサーシャの腕を引っ張り、明るく元気に屋敷を飛び出した。


 商店通りを歩いていると、顔の広いフニは頻繁に声をかけられる。それはカモとしてという側面もあるが、娘にちょっかいを出すような感覚で、という住民も多い。


「お、『第二位』!久しぶりだね、お菓子いるかい?」


「『第二位』って呼ぶの止めてください。ちなみにお菓子って何のお菓子ですか?」


「ホワイトチョコレートだよ」


「あ、結構です。白色は今日のアンラッキーカラーなので」


「普通のチョコレートもあるけど」


「いただきます」


 フニはお礼を告げると、疾風の如くチョコを受け取りそのまま食べた。「色で決めんのかよ……」との周囲の引き気味の声は、フニには届かない。


 『第二位』という呼び名は、フニが王国で二番目に強いことに由来する。フニの暮らす『ハーネス王国』では戦闘能力を絶対的な価値とするため、イコールで権力の順位にも繋がっていた。

 『第一位』の権力に至っては国王より上で、端的に言えば「何をしても許される」。つまりは唯一の法律に縛られない存在として、あらゆる自由を認められるのだ。


 そうして『酸獄の平原』方向――東の門を目指し突き進んで数分、二人はとある商店通りの途中で立ち止まる。理由はサーシャの発言だった。


「フニ様。私の確かな情報筋によると、この辺りに『七葉の黒クローバー』を扱っている露店があるのだとか」


「本当ですか!?」


「ええサーシャ嘘つきません」


 紛うことなき嘘である。が、酸での溶解死を目前にしたサーシャにとって、その程度の裏切りは些細なことだった。


「ここです。この万事屋よろずやが噂の店です」


 主の信頼の眼差しを一身に受けながら、サーシャは構わず歩いていく。


「いらっしゃい。今日はどのようなご入用で――って、サーシャさんじゃないですか。……おっと、フニ様まで。ご来店ありがとうございます」


「お世話になっております。実は私共『七葉の黒クローバー』を探しておりまして。こちらで取り扱っているという噂を聞いたのですが……?」


 サーシャはフニに見えぬよう可愛らしくウィンクするが、店主はその威圧感に頬を強ばらせる。

 

「えっ?なんですかそれ……ではなく。も、勿論ございますよ?」


「おお!流石はサーシャ行きつけの万事屋ですね!!」


「はい。ではフニ様は少々お待ちを。私は値段交渉をして参りますので」


 と、サーシャは喜ぶフニを横目に、店主の肩を掴んで店の奥へと消えていった。小声で話す彼らの言葉は、フニの耳には聞こえない。


「(な、なんですか『七葉の黒クローバー』って!そんなのウチには無いですよ!)」


「(分かっております。私が道中に三葉のクローバーを回収して、ついでに黒色に塗りつぶしたので、こう……これを七つにちぎってですね。ほら魔法を使って葉を再生させてください。確か貴方の魔法、『再生魔法』でしたよね)」


「(いやそれ詐欺では!?)」


 生まれ持つのは、一人につき一つの魔法。そしてこの男の持つ魔法が『再生魔法』であることを、サーシャは予め知っていた。


「(良いのです。フニ様はラッキーアイテムとして持つだけですから、七つの葉を持つ黒色のクローバーでさえあれば何の問題もございません。10万で売りなさい)」


「(じゅっ……!?)」


「(命を天秤にかければ安いものです。安過ぎれば疑われますし、フニ様にとって10万なんて端金。……私も初めの頃は彼女の無駄遣いを必死に止めようとしましたが、もう無理です諦めました。どうせ私の知らないところで何千万も捨てるのですから、今さらどうこうするつもりもありません)」


「(は、はぁ……?)」


「というか享年20なんて絶対イヤです。私はまだ生きます」


「……心中お察しします」


 話がまとまったところで、二人はフニの元へと戻る。

 

 その後、店主はサーシャの指示通りに10万で売ろうとするが、しかし「たった10万で良いんですか?それボクの今日のラッキーアイテムなので20万出しますよ」と訳の分からない発言で価値が高騰。

 罪悪感で必死に10万で売ろうとする店主vsどうしても20万で買いたいフニのバトルは約三分間続き、結局15万で売り渡されることになった。


「いやぁ良い買い物をしました。サーシャ、付き合ってくれてありがとうございます」


「いいえお構いなく。それより早くお屋敷に戻りましょう。私はまだ仕事が残っておりますので」


「……そうですか。折角サーシャと外出したのですし、もう少し遊びたかったのですが」


「どこか行きたい所でも?」


「あ、いえ。……そういう訳では、ないんですけど」


 サーシャに迷惑はかけたくない、が一緒に遊びたい。よわい十六の少女の、ちょっとした葛藤である。


「……ふむ。急ぐ仕事でもありませんし、少し街を歩きましょうか。ちょうど私も気晴らしをしたい気分ではありました」


「っ!……ほ、本当ですか!では噴水まで散歩をしましょう!」


 フニはぱぁっと笑顔を浮かべ、サーシャに抱きつく。サーシャはそんなフニに微笑みながら、心の中で「これで強くなければ普通の可愛い女の子なのに……あぁいや、あと金遣いの荒さと……極度の占い好きも」と悩むのだった。


 外から見れば、ただの仲良しな二人姉妹。10歳で両親を失ったフニが、何も分からず闇雲に雇った最初のメイドがサーシャだったことこそ、自分にとっての最大の幸運であるとフニは思う。


 そうして二人は楽しげに歩く。食事をしたり、幸運の不要品を買い占めながら、街を探索し続けた。


 しかしもうすぐ目的地に着く、というタイミングで、唐突にフニは立ち止まる。『第二位』と呼ばれるフニが、唯一出会いたくないと思う男の気配を感じ取ったのだ。


「……サーシャ、こっちです」


「フニ様?」


 フニは首を傾げるサーシャを意に介さず、強引に手を引き路地裏に隠れる。

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