ポンコツな幼馴染と 負ける気満々の俺が 謎のオセロ勝負をする話

優木凛々

第一話


「ふっふっふ。あんたにも年貢の納め時が来たようね!」



ここは俺が所属する文芸部の部室の隣にある、6畳ほどの資料室。

部屋の中央にある作業机の上に乗っているのは、日本の国民的遊戯 “ オセロ “ 。


そのオセロの前に座りながら、俺、小林優真は溜息をついた。



「……年貢の納め時って、何だよそれ」


「 忘れたとは言わせないわよ! あの屈辱の夏! 今日こそ、過去の雪辱を果たしてやるんだから!」



オセロを挟んで向かい、俺の正面に陣取って、そう意気込むのは、幼馴染の水崎莉奈。

肩まである艶のある黒髪に、大きな目。白い肌。短めなスカートから見える 運動神経の良さそうな長い足。

外見の良さと性格の明るさで、ファンクラブが結成されるほど人気があるらしい。

自他共に認める影の薄い陰キャな俺とは対照的な存在だ。


ちなみに、彼女の主張する「年貢の納め時」とは、小学校1年生の夏休みに、俺が挑まれたオセロ勝負で5連勝した出来事を指している。 

あの時は、悔し泣きした彼女に焦って、謝り倒した上にアイスをおごり、何とか機嫌を直してもらったが、どうやらまだ根に持っていたらしい。


(あの時は、本当に大泣きしてたよな)


当時のことを思い出して、ニヤつきそうになるのを堪えていると、それを察したらしい彼女が、顔を真っ赤にして俺を睨んだ。



「笑っていられるのも今のうちよ! 今とあの時じゃあ、一味も二味も違うんだから!」



小学校1年生の時点で惨敗した彼女が、ここまで自信満々なのには、理由がある。

女子テニス部内で、オセロ大会をやったところ、見事優勝したらしいのだ。

自信をつけた彼女は、その勢いのまま俺に挑んできたらしい。


彼女は形の良い鼻をツンと上げると、偉そうに言った。



「ルールは2つよ! 全力で勝負することと、敗者が勝者のお願いを1つ聞くこと! 分かった?」



相変わらず勝手だなあと思いつつも、俺は大人しく頷いた。



「ああ。分かった」


「お願いは何でも聞くのよ! 後から聞いてやっぱりダメは許されないわよ!」



分かった、と、頷くと、安心したような顔をする莉奈。


その顔をながめながら、俺は密かに気合を入れた。



(よし、負けるぞ)



なぜ、最初から負けるつもりでいるか。


それは、俺が彼女のお願いを知っているからだ。





* * * 




あれは2日前のことだった。


体育委員の俺は、放課後の体育倉庫で備品のチェックをしていた。

ボールの数を数えていた時、突然その声は聞こえてきた。



「ホント、優真ってヘタレなのよね~」



声の主は、莉奈。

どうやら体育倉庫の壁を隔てて向こう側は、女子テニス部の部室らしい。


あいつが「優真」呼ばわりする男って、俺くらいだよな?

一体何の話をしているんだろう?


いけないこととは思いつつ、俺は息を殺して耳を澄ませた。



「優真って、絶対に私のこと好きなのに、告ってこないんだよね。ヘタレ過ぎでしょ」



俺は固まった。

いや、そんなの他の女子に言う話じゃないだろ。

……まあ、間違ってはないけどさ。



女子の誰かのたしなめるような声がした。



「でもさ、幼馴染と恋愛って結構ハードルが高いんじゃないの? それに、菊池君って、すごく奥手そうだし」


「まあね。だからオセロ対決よ!」


「え、あれ、本気なの?」


「本気よ! 昔ボコボコにされた恨みもあるから、今度こそ ズタボロに勝って、土下座して付き合ってください、って、お願いさせてやるわ!」



ふふん、と、鼻息荒くまくしたてる莉奈。



「いや、ズタボロに勝つって何だよ」と、心の中で突っ込みつつ、俺は情けない気持ちになった。


莉奈の読み通り、俺は莉奈が好きだ。

彼女から好意を寄せられているのも何となく分かっているし、告白したらいけるんじゃないかと思ったこともある。

でも、幼馴染と言う壁や、陰キャと陽キャという壁が怖くて、どうしても踏み出せなかった。

ヘタレな俺のせいで、彼女にこんな策を考えさせてしまうなんて、男として情けなさ過ぎる。


そっと体育倉庫を離れながら、俺は決心した。


よし、彼女の策に乗ろう。

ズタボロに負けて、「付き合ってください」と、言おう。


心配なのは、莉奈のオセロの腕だが、どうやら部活のオセロ大会で優勝したらしい。

俺が所属する文芸部でオセロ大会をしたら、俺はきっと3番手か4番手。優勝は無理だ。

一方の彼女は、部は違えども優勝。

であれば、問題ないだろうーー。





* * *





ーーと、まあ、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。




「くっ! ま、負けたわ!」



ゲーム開始から30分後。

目の前で本気で悔しがる莉奈を、俺は呆然と見ていた。


よ、弱い……。

弱すぎる。


序盤から嫌な予感はしていた。

あれ? なんか、あんまり強そうじゃないぞ、と。

それが中盤で確信に変わり、終盤には、負けようにも手の打ちようがなくなっていた。


結果、50対14。俺の圧勝だ。


ここで俺は思い当たった。

文芸部基準で考えていたが、よく考えたら女子テニス部にオセロの強い奴がいるとは思えない。

その中で優勝って、めちゃめちゃ大したことないんじゃないか?


チラリと莉奈を見ると、顔を真っ赤にして俯いている。

そりゃそうだよな。あれだけイキってこれは恥ずかし過ぎる。


気まず過ぎる空気の中、かける言葉を懸命に探していると、莉奈がキッと顔を上げて俺を睨みつけた。



「ゆ、油断したわ! 油断よ!」



いや、これだけボロ負けしといて油断もなにもないだろう、と思いつつも、フォローの言葉が見つからなかった俺は、その勢いに乗った。



「そ、そうか。油断か。そうだな、久し振りだもんな」


「そうよ!」



油断ということで意見が一致し、ホッとしたような顔をする莉奈。

そして、彼女はしばらく黙った後、嫌々といった感じで口を開いた。



「……でも、負けは負けよね。……仕方ないわ。お願いを言って」


「え? お願い?」


「そうよ。決めたじゃない。敗者は勝者の言うことを聞くのよ」



俺は困惑した。

まさか、お願い権が回ってくるとは思わず、何も考えていなかった。

お願いナシにしてもらおうかとも思ったが、そうすると莉奈がお願いする理由がなくなる。


うーん。どうしよう。


正面を見ると、莉奈と目が合う。

上目遣いで不安そうな顔で俺を見ている。

控えめに言って、めちゃめちゃ可愛い。


……うわー。何だろう。この状況。俺は何か試されているのか?


沸き起こりそうな邪(よこしま)な心を押さえつけながら、俺は言った。



「じゃ、じゃあ、本棚の整理手伝って」



その後、彼女と一緒に文芸部の本棚を整理しながら、俺は内心溜息をついた。


ヘタレって、こういうところだぞ、俺。




** *




それから、莉奈の部活が休みの、木曜日放課後。

俺達は、資料室でオセロ対決をすることになった。


期限はなし。

強いて言えば、莉奈が勝って、俺が負けるまで。


しかし、この「負ける」が、超絶に難しかった。



勝負2回目。

俺は、なんとか負けようと、こっそり手を抜いた。

ベストポジションではなくセカンドポジションに、石(オセロ)を置いていく。


しかし、普通だったらバレないであろうこの方法に、無駄に勘の良い莉奈は気が付いてしまった。



「ちょっと! なに手を抜いてるのよ!」


「いや、抜いてないし……」


「分からないとでも思ってるの! 手加減なしって約束したわよね? 全力でやりなさいよ! やり直し!」



本気で怒る、手を抜かれたり不正をされるのが嫌いな莉奈。


そして、手をそこまで抜かずやった結果、48対16で、またもや俺の勝ち。



俺は悟った。



これはアカン。

実力が違い過ぎる。

うちのオヤジが総合格闘技の選手に勝負を挑むようなものだ。



(これはもう、俺から告白してしまった方がいいんじゃないだろうか)



一瞬そんなことを考えるものの、俺は首を横に振った。


莉奈の目的は、俺を土下座をさせて告白させることと、オセロで過去の雪辱を果たすことだ。

ここで俺が告白したら中途半端になってしまうし、盗み聞きしていたことはバレてゴミを見るような目で見られる可能性が高い。


莉奈の軽蔑の視線を想像し、俺は身震いした。

この状況でバレるのは絶対にダメだ。


そして、ここまで考えた俺は、とある重大な事実に気が付いてしまった。



(この状況って、明らかに詰んでるよな?)



わざと負けるのもダメ。

自分から告白するのもダメ。

願いごとを知っていると言うのもダメ。


俺は思わず天を仰いだ。


おーい。莉奈さんよ。

どーするつもりなんだよ、これ。






********************


(莉奈視点)




「また負けたわ……」



私は呆然とオセロ盤を見た。

ほとんど真っ黒。私の白はほんのちょっと。

圧倒的な敗北というやつだ。


テニス部のオセロ大会で優勝したから勝てると思ったら、全然歯が立たなかった。

かっこ悪すぎだし、情けなさすぎ……。


落ち込む私を、優真は必死に慰めようとしてくれた。



「ええっと。じゃあ、今日のお願いは、” マック “ にしよう。俺、マックシェイクが飲みたいんだ。付き合って」



でも、私は知ってる。

優真は、甘い物もマックも好きじゃない。

私がマックのストロベリーシェイクが大好きだから、そんなことを言ってくれたのだ。


……あー、もう。

こういうところがズルいんだよね。

もっと我儘聞いてもらいたいし、もっと一緒にいたいと思っちゃう。


でも、言い出した手前、オセロに勝たないと前に進めなくなっちゃった。

しかも、優真が手加減してくれようとしたのに、意地をはって断って。


私、バカだ。

自分で自分の首を絞めちゃった……。


夜、ベットの中で、ネットで見つけた、「オセロが強くなる方法」を読んでみるけど、読めば読むほど勝てる気がしない。


どうしよう……。



この日、私はなかなか眠れなかった。





(莉奈視点・終)


********************





迎えた4回目の勝負の日。

放課後の資料室で、俺は窓から空をながめて、溜息をついた。


(さて、これからどうしよう)


やっぱり、バレないように手加減するしかないよな。

ってことは、問題は、勘の良い莉奈にどうすればバレずに済むのか、だ。



キーンコーンカーンコーン



悶々と考えていた、その時。

学校のチャイムの音が聞こえてきた。

時計を見ると、16:00。


俺は首を傾げた。


おかしいな。

莉奈、遅すぎないか?


SNSに連絡してみるが、いつもは秒で来る返信が一向にこない。

こんなことは初めてだ。



(まさか、何かあったんじゃ)



心配になって教室に行くと、莉奈と仲の良い女子が教えてくれた。



「莉奈、朝から休みだよ」



俺は、思わず目を見開いた。

あの風邪でも元気に走り回っている莉奈が休み?



「朝起きれなかったんだって。なんか最近元気なかったから、多分体調不良とかじゃない? メッセージ来てたから大丈夫だと思うよ?」



……元気がなかった原因って、もしかしなくてもアレだよな。


居たたまれなくなった俺は、なんとかお礼を言うと、廊下を走り出した。

部室に戻って鞄を持つと、学校を飛び出し、莉奈の家に急ぐ。

走りながら思い出すのは、負けた時の莉奈の悲しそうな顔。


俺は、激しく後悔した。


俺がすべきことは、負ける方法を考えることじゃなかった。

余計なことばかり考えて、大切なものが見えなくなってた。莉奈を悲しませた。

最低だ。


そして、走ること10分。

家の門の前で息を整えながらチャイムを鳴らすと、おばさんが出てきた。



「まあ~。優真君。久し振りね~。お見舞い?」


「あ、はい。そんな感じです」


「ありがとうね~。ちょうど起きたところじゃないかしら。―――りなちゃ~ん! 降りてらっしゃ~い!」



止める間もなく2階に向かって声を張り上げる、マイペースなおばさん。

なにー?、と、目をこすりながら階段を降りてきた白い短パン姿の莉奈。

俺の顔を見てギョッとした顔をすると、慌ててピンクのパーカーのフードを頭にかぶって、叫んだ。



「なっ! なんでっ! 優真がここにいるのよ!」


「お見舞いに来てくれたんだって。良かったわね~。上がってもらうわよ」


「ちょ、ちょっと待って!」



慌てふためいて、階段をバタバタと駆け上がっていく、莉奈。

2階から聞こえてくる「なんでよー!」「えー!」と、いう声と、物を片付けているらしき音。


そして、この10分後。

俺は莉奈の部屋の小さなテーブルの前に座って、頭を下げていた。



「突然ごめん。帰ろうと思ったんだけど、帰れなくて」


「分かってるわよ。お母さんが強引に引き留めたんでしょ。私もごめんね。連絡しようと思ってたら寝ちゃってて」



片付けが大変だったのか、疲労感をにじませる莉奈。


その甲斐あってか、ピンク色の部屋はそこそこ片付いている。

あちこちにぬいぐるみが置かれ、心なしかいい匂いがする。

久し振りに入ったが、見紛うことない女子の部屋だ。


意識を持っていかれそうになるのを堪えながら、俺は尋ねた。



「それで、具合はどう? 今日休んだんだろ?」


「ああ。うん。最近眠りが浅いみたいで、朝起きれなかっただけだから大丈夫」



少し無理をするように笑う莉奈。

見たことのないような表情に、胸が締め付けられる。


もう、これはいくしかない。


俺は莉奈に言った。



「あのさ、元気なら、オセロやらないか」


「え?」


「いや、最後の勝負をしたいと思ってさ」



莉奈は驚いたように顔をすると、顔をくしゃりとさせて笑った。



「……うん。そうだね。もう仕方ないよね」


「俺、今日本気でいくわ」


「……分かった」



いつもなら、「なによ!今まで本気じゃなかったってこと!?」と、食って掛かってくる莉奈だが、今日はとても大人しい。


莉奈が出してきたオセロで、俺達は対戦を始めた。


本気の俺は、攻めに攻め、あっと言う間に勝負がつく。

60対4。俺の圧勝だ。



「あーあ。負けちゃった。優真はやっぱ強いね。仕方ないから認めてあげるわ」



無理するように、おどけた口調で言う莉奈。

俺は深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。



「いや、今日は圧倒的に勝たなきゃいけない場面だったんだ」


「……え?」


「圧倒的に勝たないと意味がないからな」


「?」


「じゃあ、お願いを聞いてもらうぞ」


「???」



キョトンとした顔をする莉奈。


俺は、再び深呼吸すると、ガバッと床にひれ伏して、全力で土下座した。




「ずっと好きでした! 付き合ってください!」




「…………はえ?」



意味が分からない、とでも言いたげな、ポカンとした表情をする莉奈。


勢いがつきすぎてるのは分かっているが、ここまで来たら、もう止められない。

俺は、叫ぶように言った。



「負けた莉奈に拒否権はない! 今日から俺の彼女だ! いや、彼女になって下さい!」



肩でゼイゼイ息をする俺を、呆気にとられたような顔で見る莉奈。


そして、次の瞬間。

彼女の顔が一気に赤くなった。

慌てたように両手で顔を隠すが、隠れていない耳が真っ赤だ。


なんだこれ。可愛すぎるだろ。

抱き締めたい。いや、ヘタレだからそんなことは出来ないけど。


そんな俺の心の中など露知らず、彼女は顔を手で覆ったまま、ぷいっと横を向くと、上ずった声で言った。



「きょ、拒否権がないなら仕方ないわ! つ、付き合ってあげるわ!」


「ありがとう! じゃあ、手始めに、今週末に映画行こう!」


「え、展開はや……。わ、分かったわよ! ―――あと、その……、なんていうか、……見直した」


「え? なに?」



ごにょごにょっと聞こえた気がして聞き返すと、莉奈は恥ずかしそうに叫んだ。



「な、何でもない!」





こうして俺達は晴れて付き合うことになった。


ただ、告白の場所が悪かったようで、俺の決死の告白は、ばっちり下まで聞こえていたらしい。

お陰で、帰りにおばさんに、(`・ω・´)b、とされ、家に帰ったら連絡を受けたらしい母親からニヤニヤされ、顔から火が出そうになった。




―――そして、今。

俺は新たな危機に面している。



「ねえねえ。どうして土下座して告白してきたの?」



どうやら莉奈は、俺が初めから莉奈のお願いを知っていたんじゃないかと疑っているらしい。



「なんか、そうしたくなったんだよ」


「ええー! 本当?」


「本当だよ。そうでもしないと付き合えないと思ったんだ」


「ふ、ふうん」



満更でもない顔で、プイっと横を向く莉奈。


その少し照れて赤くなった横顔を見ながら、俺は、この秘密だけは墓場まで持っていこう、と、心に決めたのであった。





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