第11話 星影の狂騒曲

 ソワソントヌフの捕物はダンテも呼び出しを受けていた。一段落ついて交信が飛び交っている。そこから情報を抜取った。

「奴らはいっつも合流場所だけ直前に報せてくるんだ。情報漏洩させたくないってな。そして何の情報も与えずに最前線に立たされて危険な目に遭わされる」

 だから珍しく打診はあったが行くとは返事しなかったし無視していたのだ。

 まさか同じ時に本当の隠れ家を見付けて急襲する計画だったとは思ってもみなかった。

 そしてまんまと逃げられ、イヴェットも発見されていないから連れて行かれたということだ。

「協力したいが今夜の用事は外せないんだ。用事が済んだら呼掛ける」

 表情が見えなくても申し訳なく思う気持ちが伝わった。金儲けに走らずトゥーサンを助けてくれたのだ。

「分かった、絶対だぞ。俺はダリアを送り届けたら茜府に向かう」

 娘のことを考えたらそれ以外の事は放り出して一味を追いたくなるがその感情を抑えた。ダリアの親達も娘の身を案じているだろう。

「ついでに何か情報がないか探ってみる」

 その時の言い訳をどうしたらいいか、それは道々考えることにして乗騎のワリロを召喚する。ダリアを乗せると守るように自分も騎乗して急がせた。

 見送ってダンテは空を仰いだ。陽が落ちるのが早くなっていて空に赤が含まれている。

〔気になるなら吾が奴を手伝ってやってもよいぞ〕

 耳元で蛇どんが囁いた。蛇に戻っていて珍味のストックはダンテが背負っている。

「ありがとうツチラト。でも俺達、何があっていつ離れ離れになるかわからないから一緒に居よう」

〔うむ〕

 帰宅すると管理人が血走った目でダンテを睨んでいた。

(バレてるバレてる)

 急がねばならない。

 生活感のない殺風景な部屋にぼうっと楕円形の扉が浮かんでいる。

「お帰り坊や」

 間髪入れずに扉が開いて水色の髪の妖艶な美女が顔を出した。

「メリオール、こっちに出て来たらいけないって…」

「そんな場合じゃないよ。大地が騒いでる。みんな怯えてるんだよ」

 大地が騒ぐ、確かにそうとしか形容しようがない状況だった。足元から物理的な振動でないざわざわしたモノが伝わる。移動するのは人々が寝静まった真夜中に設定しているのに、何が起こったというのか。

「月の影響が思ったより強いのか?」

 満月はもう宙にあることはある。赤い満月だ。

「違うよ」

 メリオールは下を指差した。

「大地?」

「トロザの地下」

「地下?」

 地下ならばさっきまで居たが何も感じなかった。

「坊やも所詮は人間だね。感じられないなんて幸せだよ」

「もしかして、太古に地下に封じられた神……な~んて、いう?」

 そうでなければいいなと思った。確かそういう伝説がトロザにはあった。

「それしかないでしょ。トロザの地下に封じられた神の話は習ったかい?」

「ええーっ」

(神様なんて相手にする気ない!)

 急いで封印された神の情報を記憶から探した。

 スルスルと蛇どんが身をほどいた。

 見晴らしのいい丘の上に移動すると、メリオールが招き入れた生物が不安気にしかしどうすることも出来ずに右往左往している。彼女を見付けて姿も色彩も美しい鳥がスィーと飛来して肩に留まった。

「その神様って、外の星から来て知恵を授けてくれた神様だよな」

「二重の魔法陣で封印されて外には出られないね」

「だったら大丈夫じゃないか?」

「ここの成り立ちを思い出してごらん創造主」

 意味有り気な口調だ。

「俺が作った」

「そうだね、何にもない空間を広げてオリハルコンを礎に作ったよね。そしてトロザに空間を重ねた。ここ重要」

「それは今夜移動する」

「移動先は?封印されて外に出られないから、ここにないのに広がる大地が欲しいんだよ」

 理解出来た途端にとんずらしたくなった。

「マジですか~⁉」

「私も悪い夢であって欲しいよ。でもありったけの力で引き込もうとしてる」

「神様と闘う気なんてない~」

 ダンテは仔羊の頭を抱えて蹲ってしまった。

〔創造主が誰よりも強い。自信を持てダンテ〕

 美声が力強く響いた。蛇どんは角の大きな美しい牡鹿に変じていた。

〔この場を安定させろ、お前がしっかりしていたら何も問題ない。奴は封じられてるんだ〕

「本当?」

〔本当だ〕

 信じ易いダンテは即座に場を安定させに掛った。移動先をもう一度計算し直して確認する。メリオールの言葉通り大地に引っ張られてはいるが、直接的な作用は何にもない。

〔移動する時間は早めた方がいいだろうな。真夜中は地下の神の方に有利に作用する〕

「仕方ないな、陽が落ちたら直ぐに引っ越そう」

「それはいいね。この世界は美しいから喉から手が出る程欲しがってるんだよ」

 慌ててダンテはメリオールに向き直った。

「え、ここ覗かれてる?ここ覗けるのか?」

 何処にそんな穴があるのだろう。何処か見落としがあるのだ。

「相手は神だよ。それでなくてもここは魔法が溢れててこぼれそうなんだ。断片位は拾えるよ」

〔移動して固定すれば問題ない〕

「固定?どうやって?何処でもない場所なのに」

 メリオールと牡鹿が目を剥いた。

〔考えておらなんだのか!〕

「考えてなかったのかい!」

 二人に口を揃えられてたじろいだ。

「そりゃ、持ち歩く気はない、けど……置いとけばいいって考えてた」

「才能があればそれだけで恐ろしいことが出来るものだね!」

 嫌味と感嘆が混じっていた。

「じゃあやっぱり何処まで広げるかも考えてなかったんでしょう?」

 そうでなければいいと思ってた、と付け加える。

「島位の大きさがあればいいと最初は思ってたんだけど、簡単に出来て広がるもんだから……」

 もう島の範囲を脱している。

〔だったらそろそろ「果て」を与えるのだ〕

「分かった」

 世界の膨張が止まった。

「さっきの今で…。坊やの力は恐ろしく大きいんだからそれは自覚しなさい」

「はい」

 神妙に返事はするが、今一つ実感がない。

〔何処に移動させるんだ?〕

「南西の海上。冬はそんなに寒くない場所だ。寒くてもいいんだが生き物が減る」

「温かいのはありがたいわ。寒いと冬が寂しいから」

 ドンドンドン

 現実の官舎の戸が強く乱暴に叩かれている。

「帰ってるのは分かってるんだぞ、出て来い!」

 苛立った声が響いてくる。ソワソントヌフのだ。

「自分達の用事以外大事な事なんてない気なんだぜ、ソワソントヌフの連中は」

〔吾が追い返して来てやってもいいぞ〕

 そうして欲しいのは山々だが、もっと面倒なことになるのは目に見えている。連中の相手をする時間も勿体無い。本音は相手をしたくない。

 官舎の戸が開いてKは乱暴に押し入った。が、中には誰もいない。

「ダンテ、貴様!」

 誰もいない空間に向かってKは不満をぶつけ始めた。

「移動が終わるまでそこで文句垂れてたらいい」

 Kは術中にはまり、ダンテが解くまでは何の疑問も持たず文句を言い続けることになった。

「自棄になってないかい?坊や」

「俺はいつ茜府辞めたっていいんだ。元々薬売りで生計立ててたんだから薬売りに戻ればいいんだから」

「それでいいのかい?」

「問題ない。師匠が人嫌いになる理由がよく解かった俺。イヴェットを助けたら菓子折持って挨拶回りする」

 彼としては何故菓子折持って回らないといけないのか、今一つ意味不明だったがマノンがそう助言をくれたからそうするのだ。いや、菓子折だけ送れば、マノンだけ直に持って行けばよくないだろうか、真剣に考え始めた。

 空が暗くなる程にメリオールの言葉の意味が解った。完全に陽が落ちると強い力で世界が引かれた。

「引く力が強いな」

 力に合わせて軌道を修正すると、力はさらに強くなった。

「ムム、これが全力って訳じゃないんだ」

「ああ、全力じゃないね。真夜中に向けて力は強くなるし、移動に合わせて引き込みたいんだわ、こちらの力を計ってる」

「やだな~そういうの!何処まで力があるか分かんなくてやり難い~」

「仕方ないでしょ。坊やが重ねなかったらこんな苦労もしなかったんだよ。シャキッとして、頑張んなさい」

 頭陀袋からダンテは木製の六面体を取出した。各面に八角形の歯車や文字盤、目盛り等が付いていてアストロラーブを連想させた。座り込んで、それを操って計算し出す。ブツブツとあーでもないこーでもないと試算を繰り返した。

 トロザを離れようとする彼の世界を、地下から伸びた見えない触手が逃さぬように掴んだ感触がある。衝撃で世界が揺れた。

 よろけたメリオールを牡鹿がそっと寄り添って支える。

「ありがとう、美しい牡鹿」

 牡鹿は彼女が震えているのを悟った。気丈に振舞っていても自然の精霊である彼女は、封印された神の力を敏感に感じ取って、増々強くなる力にどうしても震えてしまうのだ。


 この出来事が誰にも知られない訳がなく、元々探っていた連中や力の強い者は感じ取っていた。

「母さんダンテが何か始めたよ、恐い」

 ジョアンナが帰って来るなりアデールがしがみついた。それはジョアンナにもヒシヒシと感じられた。

 この夜トロザに居た聖女達も例外ではない。最高位の聖女は地方を歴訪していたが、茜、鬱金、露草の色の名の聖女は強く地下の神の力を感じていた。

 鬱金府に集まった三聖女は仮面を外して素顔を晒し対面した。

「地下の神の話は伝説じゃなかったんだね」

 勝手知ったる鬱金の君の私室である。茜の君は酒精の強い酒を開けると三つのグラスに注いだ。自分にはたっぷりと。

「貴女方は悠長だね。私は鳥肌が立って仕方ないの」

 自分の色、青に髪を染めた露草の君は、長身に騎士服に似たシャープな感じの服装である。鬱金の君は身体の線を消す重厚な雰囲気の装いだ。

「それはあたいも同じだよ。けどダンテを知ってるからね。ここまででやれるとはまさか、って一瞬驚きはしたがね」

「きつく注意が必要ではあるわ。場所を考えてもらわないと、一つ間違えれば神の干渉が無くてもトロザを破壊してしまいかねない」

「私はその可能性に恐怖しているよ。神は闇雲に引寄せて、今にも崩壊した世界がトロザ市の上に、物質化して落ちるのではないかと気が気ではないんだから」

 窓から何もない夜空を見上げて、露草の君は一気にグラスをあおった。

「そうはさせないわ。世界は崩壊させない。万一の時は私と茜さんでトロザもあの世界も守ってみせるわ」

「引っ込んでろよ。奴を預かったのはあたいだ。尻拭いはあたいがする」

 ありがたい友の助力に悪態で応じた。

「でも茜さん、明日も仕事はあるのよ。無理し過ぎてはいけないわ」

「そんなこたぁ百も承知だ。鬱金だって忙しいだろうがよ」

「歳を取っても若い人には負けないわ」

 老いを感じない皺一つない面で言うのだ。仮面で隠すことを嘆かない男はいない、と噂された美貌だ。

「きっと素敵な世界でしょうね。水の精霊メリオールも召喚されているんですって。どれ程の価値があると思う?少しでも失敗したら罰として頂きましょうね」

「きっと途方もない価値だろうね。小さな規模の世界は耳にしはするが、伝説の大魔法師以来でではないか?この巨大さは」

 実際一人の人間がこれだけの規模の世界を作れるとは、上には上があると感嘆する。露草の名をもらったからには魔法師としても一流だが、その彼女でも無理だ。

「安心して頂戴な露草さん。決してトロザ市は傷付けさせない。約束するわ」

 その力は聖女を凌ぐとも噂される鬱金の君の言葉に、不安は抱えていても信じるしかなかった。


 ロレンシオとカプリコルノは二手に分かれて逃げた。ヒクマトはロレンシオを追った。追跡をソワソントヌフの連中に気付かれないようにもしなければいけなかったが造作もないことだ。

 地下世界の深部へ深部へとロレンシオは逃げる。追う者も追われる者も全く未知の世界だ。日没には遥か地底深くから湧き上がってくる得体の知れない力に恐れをなして、ソワソントヌフは地上に上がった。

 召喚した虎に似た騎獣もロレンシオを乗せたまま雲散霧消した。ごつごつと不規則に隆起した道なき道を自身の脚で逃げねばならなくなる。

 鍛錬を積んでいるロレンシオとヒクマトは、自身を隔離して身を守る術を心得ていたが、感受性の強いイヴェットは《鳥籠》の中で恐ろしいばかりの力から我が身を守るように身を丸めた。神が垣間見たダンテの作った世界の断片が脳裏に次々と浮かぶ。頭が割れるように痛んだ。

 ソワソントヌフが離れるとロレンシオも地上に進路を変えた。彼にとっても今夜の地下は危険な上に危険で、神の引く力に呑まれかねない。それはヒクマトも安堵させた。邪神の力が充満する場所で魔法は使いたくない。イヴェットまで巻き添えにしてしまいかねない。銀の腕輪があったから騎乗したロレンシオと距離を取って追えたが、もう転移を試すのも危険だ。

(けど、今はトロザの何所行っても邪神から逃れられへんやろな)

 その通りで地上でも日没後に強まった力に誰もが気付いた。犬や猫などのペット達は怖がって狭い所に隠れてしまったし、不安な市民達は夏の夜である、屋外で隣近所と顔を合わせこの不安の原因を噂し合った。


「よし⁉」

 計算が終わるとダンテは勢い良く立ち上がった。

〔いけそうか?〕

「うん、引っ張り合いっこしても最終的には何とかなりそうだ」

〔うむ〕

「けど、かなり綱渡りになるから、割譲して一部を囮にする」

「この状態で⁉」

 メリオールの身体が強く震えた。

「神が何を欲しがってるのかはなんとなく伝わって来た。条件に合った部分を切離して引く力を弱める」

「大丈夫なのかい?」

「任せて」

 世界の果てに透明度の高い池があって、ダンテは薄紅色の花木を水面に映るように植えた。新たな「果て」に立って切離しに掛る。

「切離したら一気に目的地に飛ぶから」

「気を付けることは?」

「ない。そこで見物しててくれ」

 世界を壊さないように、切離した部分がトロザに落ちたりしないように、細心の注意を払って封印された神の理解を待った。

(これを貴方に贈るから放して欲しい)

 数瞬後、封印された神は理解して目に見えない触手を切離した部分に集中させた。満足してくれたのだ。

 慎重に慎重にダンテは渡そうとしたが神は性急だった。気が変わるのを恐れてでもいるのか、急いで我が元に抱え込もうとする。

(うっそ!)

 ダンテは世界の光源を消した。それでもトロザの夜空に彼の世界の断面が映ってしまった。

 飛獣に跨って空で警戒していた茜の君だけでなく、多くの者が目にすることになった。

「すっげ!本格的じゃんダンテ」

 トロザの空に大地が浮かんでいるのだ。誰もが我が目を疑う間に全ては消えた。

 あれ程までに人々を不安にさせた巨大な力も何もかも。

 いつもの何でもない物憂い夏の夜があるだけだった。

 余りにも呆気ない幕引きに、人々は夢でも見ていたような気がして、隣人が同じ経験をしていることで夢ではないことが認められた。


 地下で空は仰げなかったがヒクマトは邪神が歓喜し力を緩めるのを感じた。気を逃さずに危険を承知で転移する。地上とでは神の力の及び方が違う。まだ空気は電気を帯びてピリピリしていて大きな術は展開出来ない。最大出力で《風刃》を放った。

 周囲の岩ごと《鳥籠》を持つロレンシオの左腕が切断される。

「グオオッ」

 血が飛び散ると、隠れていた地下の獣達が匂いを嗅ぎ付けて一斉に意識を向ける気配があった。

 それにはヒクマトは構っていられない。ロレンシオから放したのはいいが、彼が登って来た竪穴に《鳥籠》が落ちてしまったのだ。

 嘲笑う暇などない。ロレンシオは彼を狙う獣達と闘い逃げねばならなかった。速やかに血止めをして傷口を塞いでも飛び散った血はどうしようもない。恐ろしい速さで獣達は襲って来た。

 狭いごつごつした竪穴の何処かに、《鳥籠》がぶつかって止まってもよさそうな物なのに、こんな時ばかりは上手に転がって下に下に落ちていく。ヒクマトは自分を庇わずに傷だらけになりながら軽やかに転がる《鳥籠》を追った。三度目の湾曲部で跳ね上がった《鳥籠》を身体全体で抱きかかえ、背中を嫌という程壁にぶつけ擦られたがヒクマトは堪えた。痛みを堪えて両足で壁に踏ん張り落下を止めた。

 一呼吸する間もない。出血と痛みで意識を失いそうになりながら、最後の力を振り絞って転移を行った。


 トゥーサンの先祖が建てた家は作りはしっかりしているが、こじんまりとして部屋数は少ない。しかし庭には窯が据えられホームパーティーが出来る広さがある。実際ヒクマトも何度も招待された。

 その庭で物音がしたので直ぐさまモルガーヌが窓から確認すると誰かが倒れていた。急いで階下に駆け下りるが、庭に出ようとしてダンテの配置した使い魔に制止される。

 子供がシーツを被ったような形の彼らに、

〔建物から出てはいけない〕

 と棒読みで注意される。

「怪我をした人が倒れているのよ」

〔……出てはいけない。僕達が運ぶ〕

「いいわ」

 出血の続くヒクマトを使い魔は一階の客間に運ぶ。彼女は《鳥籠》を抱え込んで放さなかった。その間にモルガーヌは薬箱を探した。思った通り怪我が多いのだろう台所に大きな箱が置いてある。消毒薬などの応急処置のセットが一通り揃っているがそれでも彼女には足りない。

(ヒクマト…よね?)

 エキゾチックな美しい顔には覚えがあった。擦り傷と青痣だらけで、刃物ではなく先の鈍い物で背中を大きく切っていて出血が止まらない。

「あなた達、ご主人に連絡取れるんでしょ?彼女には応急処置では駄目よ。病院に連れて行くか治療師を呼んでもらわないと」

 大事そうに抱え込んだ《鳥籠》には小さくなったイヴェットが囚われて、転がって回り落ちる内に意識をなくしていた。彼女も怪我していたが《鳥籠》に囚われていては応急処置も出来ない。怪我が軽そうなのが幸いだ。

 ヒクマトの背の傷に当てたガーゼがみるみる血で染まり、タオルを使い魔に取って来させて変えたが、それも直ぐに血を吸って真っ赤になる。モルガーヌに交信出来る魔力さえあれば、病院で待機している緊急の治療師に連絡出来たのだが。

「ああ、なんてこと…血が止まらないわ」

〔直ぐ来る。連絡あった〕

「急いでもらって⁉一刻を争うの!」

〔来た〕

 使い魔が一体玄関に向かう。

「駆け足で⁉」

 叫んだ背後に人の気配が出現した。

「こりゃ酷いね。どいとくれ交代だ」

 サッとモルガーヌは身を引いた。

(ええーーっ)

 治療師の姿を一目見て驚き慌てた彼女は下がる間に後ろにこけてしまった。

 髪を真っ赤に染め顔の上半分を仮面で隠しているのだ。そんな人物はアルトワ・ルカスで一人しかいない。

「あ…茜の君」

「ハイハイそうですよッと、血が止まった」

 急速に肉が盛り上がり傷が塞がっていく。

「そんなに急いでは!」

 出血性のショックを受けているはずだ。肉体が耐えられない。

「あたいを誰だと思ってんのさ?口出しすんな」

 言葉通り青かったヒクマトの顔に血色が戻って来る。青痣も擦り傷も綺麗に消えた。

(何て力なの、凄い)

 魔法の治療を数限りなく目にしてきたが、短時間でこれ程治してしまうのは初めてだ。

「さて、とお嬢ちゃんも目を覚ましな」

《鳥籠》にも力を送ってあった。がばっと起き上がったイヴェットが、状況についていけなくてキョロキョロする。

「うち…で、え、なんで茜の君が?」

「あんた達を拘束しに来たのさ」

「へ?」

 この答えにはイヴェットだけでなくモルガーヌも意表を突かれた。

「《鳥籠》から出すのはもう少し先だよ。アイヤゴンがうるさくしてんだ。事情聴取すっからそのつもりでな」

「ええ、私被害者…」

「だから《鳥籠》に入ってな。行くぞ。ヒクマト気が付いてんだろ!」

「このカッコで連れてかれんですか?卒倒する男どもが続出してまいますで」

「ババアがほざくな。そのままが説得力あんだよ」

 口汚く答えて三人は消えた。

 何がどうなっているのか説明されないまま、モルガーヌはまた待たされることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る