〈アオシ視点〉









 母「蒼紫…今のうちに食べていらっしゃい」






年を越して参拝に来ている家族組みを

眺めているとお袋から声をかけられ

寺に顔を向け直すと

「住職一人で大丈夫よ」と言われ

人がはけて行き10人もいない

参拝者を見て「分かった」と返事をした





いつ参拝者が来てもいいように

寺にはあかりを灯し

朝が来るのを迎えなくてはならない





夕方過ぎに少し仮眠を取らせてもらったが

今夜は眠る事なく寺にいて

朝陽が昇ったあとも1月1日の参拝者を迎え…

住職も俺も…しばらくは眠れない日々が続く





( ・・・お袋はもっとだな… )





大きな寺だったりすれば

雇われの僧侶がいたりで

坊守の仕事も少しは楽だろうが

ウチの寺にそんな余裕はなく

今の檀家数なら住職一人で問題はない…





アオシ「・・・はぁ…」





母屋に歩いて行くと

耳に聞こえてくる鳴き声に

タメ息をついて鳴き声のする方へと足を早めた





( ・・・毎日…毎日…飽きねぇな… )






俺の姿を見ると羽を広げてバサバサとさせ

自分の周りにある柵に近づき

此処から出せと言うかの様に鳴いている






アオシ「・・・しばらくソコがお前の家だ…」






夢乃がいる時は

庭で大人しく歩いていたこの鶏は

夢乃が居なくなった日から

鳴き声を上げて歩き回り

寺の方まで来る様になった…




参拝者が増える今の時期に

うるせぇ鳴き声を上げて敷地内を

歩かせるわけにはいかず

網と木で作った柵の中に鶏を入れていた






アオシ「・・・あいつは暫くは帰って来ないぞ…」






腰を曲げて鶏にそう言っても分かるわけがなく

五月蝿く鳴き続けている…





( ・・・・暫く…か… )






「寂しい?」アイツからそう問いかけられた時は

そんな暇は無いと笑ったが…





アオシ「・・・・・・」






少なくともこの鶏は

寂しさを感じて夢乃を探して鳴いている…






( ・・・知っていたのか… )






昨日の昼前に満太朗が家に来て

夢乃が作りかけていたという

鏡餅を作り上げて持ってきた





ミツタロウ「あんまり人前では…」





満太朗は餅つき場での話をしだし

商店街連中の前では

あんな顔つきは止めろと言われた





アオシ「・・・そうだな…」





仮にも住職となる身の俺が

感情の起伏を人前で見せるもんじゃねぇ…






ミツタロウ「・・・ただでさえ噂の事もあって…

    気不味い立ち位置だっただろうし…」






何の話だと思い満太朗の顔を見ていると

満太朗は「いや…俺のせいでも…」と

ゴニョゴニョと訳の分からない事を言い出している





ミツタロウ「気分良くないと思うぞ?

    仮にも恋敵の前で

    お前からあんな目で見られたら…」






アオシ「・・・恋敵?」







ミツタロウ「だから、麗子の事だよ!

    年明けて見合いみたいな事するんだろ?」






アオシ「・・・・・・」






水戸仏壇屋のオヤジが

俺と麗子をくっつけたがっている事は知っていたし

住職に色々と言ってきているのも知っている…




新年の挨拶回りの予定表に

麗子の家だけが長々と時間を抑えてあったから

面倒な事を企んでいるんじゃねぇかと思ってはいた…






アオシ「・・・・・」

    




ミツタロウ「商店街中が知ってるし…

   その中で健気に笑って餅つきしてたのに…

   何をそんなに怒ってたんだよ」





アオシ「・・・健気?」





ミツタロウ「だから!自分の婚約者が

    違う女とお見合いしようとしていて

    そのお見合い相手の麗子がいる中でも

    ニコニコと笑ってオバさん連中と

    仲良くしようと頑張っていたのに…」





アオシ「・・・何で夢乃が知っているんだ?」

    

    





俺も何かあるのかぐらいにしか

気付いていなかったし

いくら噂好きな連中だとしても

本人を目の前に話す様な事は

しないだろうと思った







ミツタロウ「あっ…それは…なんつーか…」





アオシ「・・・・・・」





ミツタロウ「機嫌悪く歩いていたから…」





アオシ「・・・・・・」





ミツタロウ「てっきり知っているんだと思って…」






満太朗が話したのが分かり

眉間に手を当てて目を閉じ…

「そっちだって、勝手な事してるじゃないッ」と

夢乃が叫んでいた意味が分かった…






コッコッコ…コケー






アオシ「・・・帰って来る…か?」






夢乃を恋しがって鳴いている鶏を見ながら

あのまま泣いて帰ったであろう

夢乃の事を考えていた…








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