右手…

〈ユメノ視点〉









最近聞き慣れた

目覚まし時計の音が聞こえてきて

「んっ…」と重い瞼を開けて

顔の直ぐ側にあった目覚まし時計の

ボタンをペシっと叩き

ぼんやりとする視界に

ゆっくりと瞬きをしながら

見えてきた壁に「朝か…」と呟いて

グルンと寝返りをうつと

黒い物着物が見え

顔を上げると袈裟を着たおじさんが

「起きろ」と言って立っていた






「・・・おじさん?」






なんでと思いながら

毛布を顔半分まで引っ張り

布団から香る匂いに

ここがおじさんの部屋で

昨日勝手にこの布団に潜り込んだ事を思い出した…






( ・・・帰って来たの? )






昨日の3時前に

お母さんからおじさん達が

出先で食事をして帰ると聞き…

20時を過ぎても帰って来ないから

先にお風呂を済ませて寝る様に言われ…





母「あちらに泊まって来るかもね」





食事の相手はお父さんの古い付き合いの人らしく

食事の後にお酒を飲みに行く事もたまにあり…

そう言う時は泊まって早朝に帰って来るらしい…






「・・・・帰る帰らない位連絡してよね…」






坊守ぼうもり〟は奥さんと言うよりも

家政婦や召使いの様に見え

連絡もしないお父さんやおじさんに

ムッとしながらお風呂に入り

スチーマーを当てながら

日課のお手入れをしても気分は上がらなかった…






( ・・・静か… )






夕飯は17時だし…

朝が早いから皆んな20時過ぎには

自分達の部屋へと篭り

いつも静かだけど…

今日はいつも以上にシンッとしている気がした…






「・・・スナックとかラウンジに行くのかな…」






おじさんの隣りに

綺麗にメイクをされた香水臭い女の子達が

座って楽しく話しているのかと思ったら

「ふんっ…」と鼻を鳴らしていて

「生草坊主…」と呟いた…





起きていても

モヤモヤとする映像しか想像出来ず

いつもよりも早めに布団の中へと

潜ったけれど何故だか寝付けなくて

10分経っても20分経っても

布団が温まる事はなく

スースーとする寒さを感じた…





何度目か分からない寝返りをうった後に

枕元にある目覚まし時計を手に持って

おじさんの部屋へと行き

綺麗に畳まれた布団を敷して

目覚まし時計を抱きしめたまま

おじさんの匂いのする布団に横になった





さっきまで寝付けなかったのが嘘みたいに

直ぐに瞼は重くなり気がつけば

そのまま眠ってしまっていた様だ…






「いつ…帰って来たの?」





アオシ「22時過ぎ位だったか…」






袈裟の襟元を整えながら答えるおじさんは

いつも通り素っ気なくて…

「何処に寝たの?」とまた質問をした







アオシ「俺の布団はお前が寝てるソレだけだから

   そこ以外に何処に寝るんだよ」





「・・・・へっ?」







おじさんの言葉に上体を起こし

「一緒に寝たの?」と聞くと

「お前寝相悪りぃな」と

目を細めて見下ろしている





「ねっ…寝相?」





アオシ「あと、イビキもうるせぇ…」





「ウソッ!!イビキなんてかかないもんッ!」






同棲をしていた桔平からも

そんな事言われた事なかったのに…





「絶対にウソ!」と言って

毛布を手でバシバシと叩いていると

おじさんは面白そうに

「鼻が詰まってんじゃねぇのか?」と笑っている…





もし嘘じゃなくて本当なら

かなり恥ずかしいし…




せっかく隣りに寝ていたのに

全く記憶に無いのがすごく残念だった…






「・・・・・・」





体をもう一度布団に潜らせて

おじさんに「起こして」と甘えてみると

おじさんは笑っていた顔がスッと

いつもの真顔に戻りジッと見下ろしているから

「布団…温めてたご褒美ちょうだい」と

おじさんの目を見上げて言ってみた…





( ・・・また怒るかな… )






アオシ「・・・温めてたって…

   勝手に人の布団に潜り込んで

   グースカ寝てたんだから

   ご褒美じゃなくて説教だろ…」






「・・・でも…温かったでしょ?」






アオシ「・・・・・・」






おじさんは数秒コッチを見た後に

「はぁ…」とタメ息を溢しながら

腰を降ろし右手を差し出してきたから

前の様に両手を出したけれど…






( ・・・・あれ? )






おじさんは…

前みたいに抱き上げようとはしてくれず

口の端をニッと意地悪く上げて

「ほら」と右手だけしか差し出してくれない…






「・・・抱き上げてよ…」






アオシ「寝相にイビキ…

   ご褒美は半減で右手だけだぞ?笑」






「・・・・性悪坊主…」






おじさんの右手をギュッと掴み

グイグイと引っ張ってみても

笑って見てるだけで引っ張ってもくれなくて

「ちょっと」と唇を尖らせると

「あと10秒で右手も無くなるぞ」と言いだし…





おじさんが「10…9」とカウントダウンする中

おじさんの右手を両手で引っ張りながら

ギリギリまで…手を繋いでいた…







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