第1章「少年と竜」
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それは一つの悲劇から始まった。
とても痛ましい出来事だ。
知る者たちは、二人のために墓を作った。
森のなかだ。
人は住まない森のなか。
程度の差はあっても知る者は、あれからたびたび二人の為に祈りをささげた。
どうか安らかに眠ってください。
どうか、安らかにお眠りください。
離れ離れとなり、その心はひどく怯えた。
離れ離れとなり、その心はひどく傷付いた。
今、あなた様の傍にはあなた様を愛してくれた人がいます。
今、あなた様の傍にはあなた様が愛した人がいます。
この先、どのような世界が訪れようとそれは変わることはないでしょう。
この先、だれであろうと、それを引き裂くことは叶わないでしょう。
どうか。安息を。
二人を怨霊などと呼ぶ者もいたわけだが。
*****
その昔、テルベラノ王国の辺鄙な土地に村があった。
豊かな森に囲まれ、少し歩けば町がある。そのような場所だ。
その村には、七歳となる女の子がいた。エマリンという名の者がいた。
彼女はとても明るく、笑みの絶えない子だった。
それは幸せを運ぶ蝶のようで周りのひとを笑顔にした。
天使のようでかわいかった。
天使だと言うものもいた。
そんな彼女の母は、彼女が生まれたことを非常に喜んだ。
家族が増えた。
皆も喜んだ。ごちそうを出して、その日といえば皆で祝った。
なかなか子供に恵まれなかったというのもあってだ。
彼女の母は結婚したあともそれをひどく悩んでいた。
エマリンが生まれた後も、子を授かることはなかった。
どう望もうと、どう願おうと、二人目とはいかなかった。
諦めもあったはずだ。だから彼女の母は、大事に世話をしていた。
娘が泣けばすぐさまと駆け寄っていく。夜となれば娘の髪を丁寧にとかす。
眠れない日もあった。
それでも、彼女の母は。
夫は言った。元気に育ってくれたようだ。
七歳の娘を見て、夫はそう言った。
彼女の母も、同じことを思った。元気に育ってくれた。
夫は姦通しているなど、噂があった。
だが、それについては咎めることなどしない。
女をよそで一人二人つくろうが、娼婦といるところを見たという話を聞くこともあったが、目をつぶる。
何かを言う気にはなれなかった。
思うところはあったとしても。
橙色の羽をもつ鳥が、いつもよりよく鳴いていた日のことだ。
エマリンは村の子供たちと遊んでいた。
村でよくやる遊びだ。
エマリンは村の外で、ほかの子供たちと一緒に楽しい時間を過ごしている。
平和な一日だ。
彼女の母はそのとき家事をしていた。
夫はいない。仕事で外出している。
その穏やかな姿は、幸せを歌っているようで、幸せを呼び込んで、次のことを考えている。
あの頃ほどの若さはもう見られない。
すると、村の住人が慌てたように走っていく。
他のだれかが、問いかけた。
どうしたんですか? 慌てているようですけど。
事態を知った。
死食鬼の群れが向かっている。
エマリンを探した。しかし村のなかを探したところで、見つかるはずもない。
慌てふためく村人たち。
誘導する村の住人に尋ねてみる。エマを知りませんか。
子供が数人ほど村の外へと行って、帰ってきていない。
男共何人かで森のなかへとこれから入っていくところだ。
私も。
いや、あんたは安全な場所へ。
その時にどういった行動を取るのが正しいのかわからなかった。
向かうべきだと直感は告げていた。わたしが会いに行くべきだ。
わたしが助けに行くべきだ。
あの子は怖い思いをしているはずだ。
わたしは向かうことができなかった。
その日、エマリンは帰ってはこなかった。
その笑顔、その姿を見せてはくれなかった。
何も聞こえない。静かだ。
死食鬼の群れは次の場所へと移動してしまったらしい。
エマは生きているはずだ。
待っているはずだ。恐かったはずだ。今も恐怖で震えているにちがいない。
お腹も空かしている。
待っている。
森のなかへと入っていく。
異臭がする。ここはまるで、なにも知らない場所のようだ。
エマリンの母、ひたむきに生きてきた人だ。
彼女もそれから村に帰ることはなかった。
*****
ある日、テルベラノ王国北東ドラの森に住む魔女の自宅に、妖精であり半人が一体、ハーピーがやってきた。
ハーピーはこれといって嫌がる素振りを見せず、己の身体から体液といった魔女の求めるものを寄こし、その願いを聞いてもらおうとする。
唾か、それとも羽根か? 髪か?
森のようすがおかしい。それに、見慣れない者までうろつき出している。
みんな言ってるんだ。
あの鈍感なトロールもおかしいと思い始めている。
赤森の魔女は身を入れて聞くと、その森に訪れる。
エマリンの母に取り憑かれてしまう。
『彼女は「娘」を探している。』
これは、一つの悲劇から始まったお話だ。
ずっと昔に起きた痛ましい出来事から、今日へと繋がっている。
その日、テルベラノ王国に一人の魔法使いが生まれた。そういうお話。
彼が魔法使いとなるまでの幼少時に得た経験は、その先の彼を形作る。
良き魔術師とひとから云われるようになるのは、そういった過去があったから。
関係ないと言うものもいるだろう。それでも。
魔法使いの誕生と旅立ち。
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