青中年の懊悩

大竹良

第1話 仕事初め

冷めたコーヒーが縁取った円をスポンジで洗う。

水道から流れる冷たい水により手から体の芯までキンと冷えるのを感じる。

温かいお湯で手洗いをすればいいのだが、冷水から温まるまでの時間の間に作業が完結することが多いため最初から冷水で洗い続けるというのが常だった。

肌寒い朝は全ての行動を億劫にさせると同時に、澄んだ空気が肺に入り気だるい気分をリセットさせてくれる気持ちになる。


以前、年中真夏の気温の国に仕事で過ごした際にはどこにいても熱い熱風と日差しが身体を包み、心も無理やり気分をブーストさせられるような感覚になった。

そのせいか、帰国した際にどっと心が疲れたのを思い出す。

気分が落ち込むことが少ないために夏が好きだったが、冬も年をとるにつれ自分の身に起こる影響を言語化してみると、案外悪くないと思い始めた。


洗い物が終わり、リビングに戻ると流しっぱなしにしていたテレビのボリュームを絞る。

土色の肌をした中年の司会者が政治家の発言についてコメントしている。

こたつに入り、洗い立てのコップにコーヒーを入れて一口すする。

カレンダーにふと視線を送り、今日が1/3であることを確認する。


「今年で33歳か」


都内で一人暮らしを始めて10年になる。

仕事を滞りなくこなし、余暇にコンテンツを消費し、付き合いで酒を飲み、ほうれい線と加齢臭が濃くなった。

年を重ねるごとに、いつかなにかふいに心持が逆転して日常がまったく違うものに切り替わる日がくるとぼんやり思っていた。

それが二十歳だったり、社会人になった歳だったり、三十路だったりとの節目にも同じことを考えていた気がするが何も変わらなかった。

本当の自分など幻想であり、全てひっくるめて自分というメッセージを頭に薄く感じつつもどこか自分だけは違うと思っていた。


コーヒーを飲み干し、気だるい身体を更にこたつ布団におしこめる。

スマートフォンのアプリを開き、短い動画を次々に消費していく。

去年の年末からの長期休みはこたつとスマートフォンが全ての世界で終わった。

明日から仕事初めだ。

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