【短編】婚約破棄の危機に怯える王女様。痩せて見返すことを決意する
上下左右
婚約破棄に怯える王女様
『太った貴様を愛することはできない! 婚約を破棄させてもらう!』
黄金を溶かしたような金髪に翡翠色の瞳、王国の宝と称された私だ。このような台詞が向けられることはない。
新聞に書かれた見出しに、そう記されていたのだ。酷い醜聞記事に眉根を寄せてしまう。
「隣国の姫様、婚約破棄されたのですね……」
読み終えた新聞を侍女のアンが受け取る。彼女もまた可哀想な事件に、愛らしい子犬のような笑みを曇らせる。
新聞にまで載ってしまっては、今後、良縁に恵まれることはないだろう。隣国の姫に同情してしまったのだ。
「可哀想に。太ったくらいで捨てるなんて酷い男ね」
「男性はスリムな女性が好きですからね」
「理不尽な世の中だわ」
怒りを飲み込むように、傍にあった紅茶を口に含む。たっぷりと含まれた砂糖の甘味が、感情を和らげてくれた。
「アンの淹れてくれる紅茶は最高だわ」
「リーシャ様の好みを熟知していますからね。砂糖四つとハチミツの隠し味。このブレンドは侍女たちの間でも人気なのですよ」
「私のお墨付きだもの。当然だわ」
私は王国の第二王女だ。おかげで国内の美食をこれでもかと堪能できる立場にいた。そのため食通を自負できるほどに舌が肥えている。
「リーシャ様、お食事をお持ちしました」
扉の向こうで侍女のリリアが声をかけてくれる。専属の侍女ではないが、仕事の早い優秀な娘だ。
「入って頂戴」
「では失礼します」
ティータイムが終わったのを見計らうように、リリアが夕食を運んでくる。七面鳥の丸焼きに、ホールケーキ、焼きたてのパンがテーブルの上に並べられる。
「うわぁ~、美味しそう♪」
「では私は失礼します」
リリアが部屋を立ち去り、代わりにアンが机の上にフォークやナイフを用意してくれる。豪華な夕食を前にして、口の中が涎で溢れる。
「食べてもいいかしら?」
「どうぞ、召し上がってください」
「では遠慮なく頂くわね♪」
まず手を伸ばしたのは焼きたてパンだ。バターをたっぷりと付けてから口の中に放り込む。舌の上で広がる濃厚な味わいに、手が止まらない。
次は七面鳥の丸焼きだ。アンが切り分けてくれた鶏肉に口を付ける。噛めば噛むほど、溢れる肉汁に、幸せだと笑みが零れた。
最後はホールケーキだ。一人では多すぎる気もするが、残すのはシェフに申し訳ない。甘味は別腹。クリームがたっぷりと塗られたケーキを、見事、胃袋の中に収めた。
「美味しかったわ♪ 最高~♪」
「ふふふ、リーシャ様に喜んでいただけて、私も嬉しいです」
動けなくなるまで満腹になった私は、ベッドで横になる。美味しい食事に、優しい使用人たち。そして愛しい婚約者。
私は王国一の幸せ者だ。幸福を実感しながら、指に嵌められた婚約指輪を見つめる。
宝石の輝くプラチナリングは、彼との愛の証だ。だが指輪を見ていて、違和感を覚えた。
「あれ、この指輪、大きくなってない?」
「その指輪には魔法が組み込まれていますから。着用者の指の太さに応じて、最適なサイズになるのです」
「へぇ~、便利な指輪なのね……って、ちょっと待って! もしかして私、かなり太っている?」
ぽっちゃりしてきたとは自覚していた。胸やお尻だけでなく、お腹や顔も膨れ、身体も重いと感じるからだ。
だが自己評価では、まだぽっちゃりの枠内に収まっていると信じていた。その答えを知る、アンの回答を待つ。
「リーシャ様はまだまだスリムですよ♪」
「まだまだ?」
「あ、いえ、その……」
アンは必死に取り繕うが、私は知っていた。彼女は優しい。きっと聞いても望んだ答えは返ってこない。
「あなたの優しさは嬉しいわ。でも私は本当のことを知りたいの」
「リーシャ様!」
部屋を飛び出し、遠慮しない侍女がいないかを探す。すると先ほど料理を届けに来たリリアを見つける。
「あの――」
「ねぇ、今日のリーシャ様の夕食を知っている?」
「今日も凄かったの?」
「すっごく」
声を掛けようとした瞬間、タイミング悪く、私の話題で談笑を始める。さすがにこの状況で顔を出すのは躊躇ってしまう。
「ホールケーキを丸ごと一つ食べたのよ」
「健啖家よねぇ」
「優しい人だから、こんな事を言いたくないけど、さすがに食事を抑えた方が良いわよね」
「最近、ますます太ってきたものね」
「旦那様に愛想を尽かされないか心配だわ」
侍女たちの会話を聞き、こっそりと来た道を戻る。窓ガラスに映る自分の顔をまじまじと見つめると、ふっくらと膨らんでいた。
かつて王国の宝と称された美貌は影を潜めている。捨てられるかもしれないという焦りが額に汗となって浮かぶ。
「決めた! 私、ダイエットするわ!」
隣国の姫と同じ轍は踏まない。婚約破棄を避けるため、太った自分にオサラバすると決意する。私の頑張り物語はここから始まったのだ。
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