第50話 捜査へゆく 1
駅の改札前で待ち合わせ。
どきどきする。
こんなに緊張したのは、いつ以来か。
犯人逮捕の時も緊張したけどなあ。
待ち合わせ相手の彼女は黒木レイという名前らしい。
美しい名前だ。見た目通り。
改札を出てくるなり、ひらひらと手を振る彼女は、以前と同じ黒いスーツを着ていた。その上から薄いベージュのコートを羽織っている。
女子高生を連れて歩くということに、少し心配したがこうしてみれば、就職活動中の大学生に見えないことはない。
「おはようございます!」
女性と待ち合わせというシチュエーションに熱くなり、ついいつもの先輩用挨拶をしてしまう。
大抵は先輩や上司と待ち合わせするからだ。
大声が駅構内に響く。
「純友さん、私は年下ですから」
彼女は恥ずかしそうにそう言った。
「す、すみません」
その顔を見たとき、もう合コンなんてどうでも良くなっていた。
――彼女に役立ち、好きになってもらおう。
警察での目的ができた。
退職という二文字が遠のく。
まずは大人の男は頼りになるぞ作戦だな。
彼女が調べたいと言っていた父というのは、実の父親のことらしい。事件のことは調べたが両親ともに事件で殺されている。犯人はいまだ不明ということだ。
桐谷課長は育ての親ということがわかった。
けっこう捜査一課内では有名な話らしく、教えてくれた先輩は、なんでしらねえんだよと苦笑していた。
前を歩く彼女のほっそりとした背中を見つめる。
――苦労したんだなあ。
彼女の父は元々クロキシステムアンドサービスというIT企業の社長をやっていたらしい。
この会社はそれほど大きな規模ではないながらも、特別な技術をもっていて相当な評価をされていたらしい。
その業務内容は、既存システムの最適化技術といったところだろうか。
たとえば、温室効果ガス吸収システムというものが、全国で稼働しているが、ああいう様々な既存システムのアルゴリズムを最適化させて、何割も性能をあげるようなことをしていたらしい。
相当幅が広かったらしく、水道インフラや、道路の老朽箇所チェックドローンの最適化なんかもやっていたらしい。
そして亡くなったあとは当時の事業部長が継ぎ、現在は他の会社に買収されたということだった。
今はその買収した会社に来ている。
見上げるような巨大なビルだ。
サイコエナジーホールディングス。
ほんの十年前は、ただの電力自由化でつくられた新興エネルギー会社だったのだが、EVの波に乗り成功し、クロキ社など様々なIT企業を買収し、現在では日本を代表とするIT企業として知られている。
ということを道中、彼女に伝える。
昨日ネットで調べた情報だ。
「みたいですね」
そっけない。
どうも彼女も既に調べていたらしい。
気が合うな。俺はめげないぞ。
受付で警察手帳を出す。
「連絡していた純友ですが」
そういうと、サイコエナジーの副社長に面会を求める。
もちろんアポ済みだ。大人は計画的なのだ。
ちらりと彼女のほうをみやるが、緊張の色のほうが濃い。
それは当然だろう。
就職活動も経験していない学生の身である彼女が緊張するのは当たり前。しかも自分の父親について話を聞くというのだから余計だ。
この副社長という男は、当時のクロキシステムアンドサービスを買収指示した人間だったらしい。
応接室に通され、出されたコーヒーを飲んでいると初老の男が姿を見せた。
白髪の貫禄のある風袋だ。
名刺を交換すると、そこには、サイコエナジー副社長 田所とある。
「で、刑事さんが何か?」
不審そうな面持ちだ。
まあ、警察に来られてうれしい人間なんていないので、慣れている。
なんといおうかと逡巡していると、
「少々前の話にはなるのですが、クロキシステムアンドサービスという会社は覚えてらっしゃいますか?」
先に彼女のほうが口を開いた。
淀みのない流麗な話し方で驚く。
「ああ、もちろん覚えてますよ。うちがIT事業に乗り出すきっかけとなった会社ですから」
田所は、そういいながら彼女の名刺に目を落とす。
「黒木、さん。ということは?」
「ええ、実は私はクロキシステムアンドサービスの社長、黒木
「なるほど、君が黒木君の……」
田所は何度も、なるほどと呟くと眩しいものでもみるように彼女を見やった。
「彼の娘さんがなんでまた? まさかお父さんの会社を返してほしいなどとは」
「まさか」
彼女は田所の杞憂を制するように笑った。
「いまさらです。だいたい私は株なども持っていませんし、経営にも興味ありません。ただ私は知りたいのです。当時、父の会社はどういう状況だったのか」
言葉を区切り、田所を真剣な眼差しで見つめる。
「父は何をしていたのか」
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