第38話 妙案

 大混乱する中、僕はなかなかグラウンドに出れずにいた。


 体格のよい大人(たぶん、ここの関係者だろう)が僕を掴み、早く逃げなさいと外まで連れ出されそうになり、説得時間が必要となったからだ。


 結局説得が出来ず、逃げたふりをして再度球場の中へと入り、走る。


 グラウンドのほうへ向かっているが、先ほどまですごい勢いだった黒い煙はかなり収まっており、視界は良好だった。

 途中で人が倒れている。


 担架に乗せられたままだ。顔面蒼白で明らかにまずそうだ。


「あれ、こいつって」


 黒木さんをナンパしてやつだと気が付く。

 それに加えてユニフォームを着ていることにも気が付く。

 ってことは、こいつが投手だったことなんだ。

 今更だが。


 爆音が聞こえ、グラウンドに目をやる。

 1人は黒木さん、もう一人は金髪の少年だった。二人は対峙している。


 あれは黒木さんの敵なのか?


 と。そのうちの一人、金髪の少年に目が釘付けになる。


――あの男、僕に魔法感染させた人に似てる。


 そう思いながら近づいていく。

 何かが足元で弾ける。


「うひゃ」


 下を見ると、人の目玉だった。

 目玉の裏には視神経や血管と思しき管がこびり付いている。


「うえ……!」


 ぼたぼたと肉片が天から降り注ぐ途中だった。

 その光景を見て、全身から血の気が引く。本物の殺し合い。吐き気を催す。


――確定だ。あいつは敵。


 足が震える。逃げ出したい。

 ダメだ。


 ここで黒木さんを助けて、認めてもらうチャンスだ。

 そもそも彼女のことを好きになったんだろう?


 元男かもしれないが、今でも好きという気持ちはあるのだろう?


 彼女の微笑み、怒っている表情、自分の名を呼ぶ声を思い出す。


「ね、西岡君」


 細い体に、しなやかで細い茶髪は、腰近くまでありそうだ。一点の曇りもないきめ細やかな白い肌はつるりとして、陶磁器のよう。美しい白い顔をした彼女が僕の目の前で微笑んでいた。


「西岡君。うちにおいでよ」


 警察では彼女に救われた。

 魔法使いになれるチャンスをくれた。

 体育館では励ましてくれた。


「そういうくだらないことを考えるな、昨日聞いた言葉は嘘だったのか? それなりに感動したんだけど」


 そんな彼女を見捨てるのか?


 それにもし彼女が負けてしまったら、と考えると震える。せっかく親しくなってきたんだ。元男かもしれないが、今は女だ。初めて親しくなった女子だ。

 助けたい。


 なら考えろ。


 今までの情けない自分を変えるんだ。


 だが、黒木さんですら苦戦しているようだった。

 むやみに突っ込んでも無駄死にするだけだ。何か策を考えないと。


 一歩踏み出す。


「うわっ」


 爆風が襲う。


 体が恐怖で震えた。

 相次ぐ爆発は、グラウンドを破壊していた。とんでもない威力の魔法だ。

 当たったら自分など木端微塵だろう。こんなところで死ねない。


 魔導円を描いてやきそばパンを飛ばしそうとした程度の自分など、いったい何の役に立てるというのか。


 しかし、目の前で彼女は必死で戦い、血を流し、倒れている。


「助けないと」


 焦りだけが募るが、決め手がない。いま出て行っても無駄死にするだけの未来しか見えない。


 ふと隣を見ると、壁に球場の地図が貼られていた。


「これって……」


 ひとつの妙案が思いつく。だが、やれるか。

 やるためにはリスクを負う必要がある。うまくいくかわからない。

 あの異常な威力の魔法を使う男に効くのか? そもそも当てられるか?

 だがやってみる価値はあるだろう。


 僕は再びスマートフォンを取り出した。



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