第36話 邪魔しないでもらえるかな、魔導官

 充満する煙の中、私の片目だけが光景を捉えられる。


 といっても魔眼は魔力だけを見るので、完全に姿を捉えられるわけではない。

 魔力の放出位置からおおよそを掴むだけだ。


 突然の煙のため、上条を載せた担架は既に降ろされており、先ほどまで彼を担いでいた人間たちは、せき込みながら退避しようとしていた。その中を素早く駆け抜けていくと、上条にたどり着く。


「今助けてやる」


 そう声を掛けると、上条の首元をまさぐる。

 もう片方の手は、ポケットからUSBメモリ型の魔導器、呪縛を取り出す。


――あった。


 あとは突き刺せば終わりだ。

 と、そのとき。

 静かな声が聞こえた。


「邪魔しないでもらえるかな、魔導官」


 ぞわっとした言葉にならない感覚。

 魔導官という単語を知っている?

 私は全力で背後に退避した。

 煙から逃れる。グラウンドに出てしまった。

 周囲には関係者が同じように煙から逃れている。


「なんだね、君は」


 その関係者だろう初老の男が、私に向かってそういったが、ほとんど聞こえていない。目の前の何かに気を取られてしまっているからだ。

 何かが来る。

 黒煙の中からゆらりと現れたのは、金髪の少年だった。

 まったく慌てた様子もなく、ゆったりと歩んでいる。


――感染者か?


 美形。

 一目見たときの印象はそれだ。

 少年は上背は低く、線も細い。

 だが妙な威圧感がある。


 なんだ?

 それに加えて、先ほど自分が言ったこと。

 上条は魔法を使っているが、石を投げつけてオフィスを壊滅させたのは、別の人間ではないのか。そういう予感。

 少年はこちらを見た。


 だが、その瞳に浮かぶ色は冷酷無残。人間のことを見て、こういう顔を普通できるだろうか。ゴミをみるような目だ。


 そういったことに気が付かず、初老の男は声を荒げる。


「き、君もなんなんだ。ここは関係者立ち入り禁止だ。今の煙も君たちがやったのか。いま緊急事態なんだ。場合によっては警察を呼ぶから――」


 少年は軽く手を翳した。

 目が魔力を感知する。


「逃げて!」


 嫌な予感がして叫んだ。しかし。

 瞬間、彼の手の平に魔導円が浮かぶ。


「爆ぜろ」


 その先にいた初老の男が、がくんと体を震わせた。

 全身紫色になっており、風船のように膨らみかけている。

 それを見た私は周囲に叫びながら自分も退避する。


「離れろおおおおおおおおー」


 刹那。初老の男は爆散した。

 血と肉でできた爆弾は、周囲の人間に血の雨を降らせる。

 ぼたぼたと肉の塊が、グラウンドに落ちていく。べちゃ、ぼた、ずちゃ。

 鼻をつんざく血の生ぐさい臭いが充満していく。


「きゃああああ」

「うわああああああ」

「爆弾だ! テロか!」


 怒号と叫び声があたりを支配していく。

 近くの人々が混乱し、逃げだす。ここからだと観客席から良く見えるため、一気にパニック状態となっているようだ。離れたところにいる観客はそうでもないようだが。


 先ほどの爆発で、周囲にいた人間も怪我をしたり、血を被っている。

 魔法感染している可能性がある。


――魔導円が空中に書かれた?


 そのことに気づき、言葉を失う。

 まだ報告例のない新しいタイプの術師か。


「カラドボルグの魔剣を」


 殺傷能力のあるパラメータに切り替えて、剣を手にすると、少年めがけて切り裂いた。

 が当たっていない。少年の手が刃を受け止めていた。

 手にはやはり魔導円が浮かんでいる。


――防御魔法。これで二つ目。


 魔法戦は、相手の魔法をまず二つ使わせることだ。まず相手の手の内を知り、それから作戦を立てる。そしてできれば、味方は複数人のほうがいい。相性の良しあしがあるからだ。


 私は一旦引き――と見せかけて、即座に別の角度から切り掛かる。少年の死角になるような位置から。しかし簡単に止められてしまった。

 魔法の剣が掴まれ、そのまま引き寄せられる。


 予想だにしていなかった出来事で、咄嗟の対応ができない。

 体のバランスを崩してしまった。


――まずい。


 慌てて手を放すが遅かった。

 少年の手の平が見えた。魔導円が展開。


「爆ぜろ」


 間に合わな――

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