第29話 レイ、潜入しようとする。
学校の帰り。
私は上条が通っている学校に行くように指示を受けていた。
もちろん潜入捜査の一環というやつだ。
――ちょうど練習試合やってるらしいから、見に行けって。
幸い、自分が通う透晶高校と上条の高校は近い、電車で数駅ほどだ。電車で乗り、自分もよくいく繁華街を歩く。ここを抜ければすぐだ。時折後ろを振り向くが、権藤の姿がないことにまたイライラする。
――バックアップは任せとけっていってたくせに。
権藤が白い歯をみせて満面の笑みで自信を見せていたのを思い出し、やたらと苛ついてしまう。
――ほんとに適当なやつ。
それ以外にも、理由が二つあった。こういう女を生かす任務というのがなんとなく嫌ということと、もう一つ理由。それが。
西岡の、魔導官。
もう一つの原因は西岡の魔導官教育だった。
桐谷課長の指示でもあり、西岡自身やる気もあるので不満はないのだが、彼のあまりに不器用な魔法の仕掛けに、正直辟易していた。
昨日は教室の自分の席に座った瞬間に、脳内に西岡の声が響いてきた。
「おはようございます……」
あまりに暗い口調なので、思わず霊かと思い、悲鳴を上げそうになった。
――村上にやった手口をそのまま私にするなよ……
と頭を抱えた。
即座に呼び出し、説教したからさすがに今後は同じことをしないと思うが、どんな魔法を使ってくるかわからない。西岡も怒られているのに何やら嬉しそうだし、意味不明だった。
「なーんかずれてるんだよね」
自分としては彼の魔導官として必要な素質を見出したいというのが本音だ。魔導官は魔法という意味でも、国家権力という意味でも強い力を持つわけだし、警察官の端くれでもある。倫理的にずれた人間には相応しくない。
魔法を様々な場面で、どう使うのか、というところを確認したいとおもって、このような課題を出しているのだが、およそ彼の魔法の使い方は、あまり善良なものに思えない。
「それに」
裏ミッションがある。
彼の呪を確認し、観察することだ。
だが、呪は魔力が枯渇したときや、制御ミスがあったとき、バグがある状態での魔法使用などのペナルティによる現象だ。
何でもかんでも発生するわけではない。
――さすがにわざと起こさせるのは、ちょっとね。
自分自身の場合、子供の頃から復讐心がたぎっていて、いつも倒れるまで魔法を使っていた。そのせいで、逆流の呪は自分を蝕んだのだ。
色々と考えながら街を歩いていると様々な視線が自分に降りかかる。
それにしても。
逆流の呪はずいぶんと自分を美しく育てたらしい。主に男性から見られることが多かった。
中学生くらいの男子からの憧れの視線、サラリーマン風の中年男からの好色そうな視線。同性からも羨望、嫉妬の眼差しを向けられる。決して好意的なものだけじゃないのだけど。
それらの視線に気が付いていない振りをする。
――まったく男ってやつは。
自分が男だったときのことは、あまり覚えていないがこんな、女をじろじろみるようなことしなかった気がする。
――いやこれは自分が子供だったからか……。
そのことに気づき、少々落胆する。
ふとそれらの視線の中に、少し違う視線を感じ取った。
何となく気になり、そちらの方向をみやると、その視線は消え去った。
「?」
気のせいか。
そうかぶりを振ると、ふっと視界に背の高い男が入った。
自分と同じ高校生だろう、別の高校の制服を着ている。
「ねえ、もしかして透晶の子? どっかで会わなかったっけ?」
彼は爽やかな笑顔を見せた。どこかしらの自信が漂っている。よく見ると後ろに同じ制服を着た男子たちがにやにやしながらこちらの様子を見ている。目の前の男の取り巻き、もとい友人だろう。
――ナンパかよ。しかも古典的な。
そう思いながら顔を伏せ、先を急ごうとする。
「さあ……?」
「透晶高校の黒木さんって知ってる? このあたりで一番可愛いって」
反射的に足を止めてしまう。
「やっぱり。君が黒木さんなんでしょ? すぐわかったよ。ほんと可愛いから。なに、警戒しちゃってる? 俺のこと知らない? 結構有名なんだけどさ」
ハンサムだがチャラそうな顔を近づけてきた。可愛い可愛い言っておけば、女を落とせるとおもってるだろ。
幾分か彼から遠ざかりながら、きっぱりいう。
「すみません、知らないです」
「――高校の野球部でエースやってるっていったらわかる? ほら、去年の夏の大会で――」
あーめんどくさいな。
どうやって逃げ切ろうかと考えようとして、気になる言葉が引っ掛かる。
「エース?」
顔を上げると目の前にターゲットである上条秀樹が立っていた。
「え……」
まさか突然会うことになるとは想定しておらず、動揺してしまう。
――どうしよう。このパターン考えてなかった。
野球の試合をみながらどうやって魔法使用を確認することしか考えていなかったのだ。
彼はこちらが顔を見たことで満足そうな笑みを浮かべている。
――いやお前の狙い通りじゃねえんだけど。
悔しいがエースというブランドにつられて興味を持った軽薄な女と相手は考えていることだろう。
「やっぱり、すごい美人さんだね」
褒められて悪い気はしないが、自分の認識性がまだ男、ということも影響しているのか、もしくは嫌いなタイプの男のせいか、気持ち悪さを感じる。
――魔法で切っちゃいたいよ、まったく。
自慢話を繰り広げている男の顔をみながらそんなことを考える。
魔法は同時に二つしかセットできない。これは制約だ。そしてセットしている魔法は、魔力を認識できるための魔法と、いつも設定している魔剣を発動する魔法だ。
完全に野球観戦するつもりの用意だったのだ。
このようなトラブルになるたびに何か手を考えたいと思っているのだが、何もできていない。
目的は彼の魔球をこの目で確かめたいことなのだが、この様子だと今日は試合がなくなったのだろう。ということは、気を持たせて次回の試合日程を教えてというところが正解か。
肩に手を置かれて我に返った。
「――だからさ、俺みたいな男と付き合える女の子は、光栄だよ。どう? 付き合ってみない?」
ほとんど聞いていなかったが、どうやら口説かれていたらしい。
相当上から目線な物言いだが。
彼が白い歯を見せたところで、
「えーと」
愛想笑いを浮かべながら先ほどの考えを実行しようとした、その時。
「あ、あの。その子、嫌がってるとおもうんでやめてもらえますか!」
唐突にそんな大声が響いた。
予想外の展開にその声の主を探して――目を丸くする。
西岡だった。
顔面を蒼白にして、プルプル震えながら拳を握り締めている。
「なんだよ、お前」
いきなり口説いてきた男は、弱そうな西岡を見るなりに喧嘩口調で威嚇しようとしたが、周りの通行人の視線や、私の顔をみて考えを変えたらしい。あっさり、もろ手をあげると、
「邪魔が入ったね、今度ゆっくり会わない?」
話を切り上げに掛かってきた。
まあ、チャンスなのはチャンスか。
「……いいですよ。試合をみてみたいな」
心にもないことを言いながら、連絡先を交換し、次の試合が決まったら教えてもらうことを約束する。そういうと取り巻きと共にこの場を去っていった。
――さっき感じた視線の正体はこいつか。
取り残されたのは、私と西岡の二人のみ。
そもそも練習試合を見に行くためにこの辺りを歩いていたのだ。ターゲットがいなくなり、この場にいる意味がない。
西岡の様子をみると、ぐったり疲れたようにその場に座り込んでいる。
ターゲットに逃げられ、助かったような、邪魔されたような気持ちを整理していると、筋肉隆々の男――権藤がどこからか現れた。肩を怒らせながら近寄ってくると、
いきなり西岡を怒鳴りつける。
「お前、邪魔するなよ!」
「す、すみません」
ピンときた。私を囮にしようってことね。
襟首を掴まえて脅す権藤に近づくと、小声でいう。
「……狙い通りってこと?」
自分でもわかるくらいに口調が凍りついているのがわかる。
「な、何かな?」
明らかに目が泳いでいる。
「一緒に試合をみるはずだよね?」
詰め寄りながら権藤を睨みやると、彼は頭をかきながら、
「いやね、本当は試合あったらしいんだよ。それが……突然相手チームが来てないとかで試合が流れちゃって。まさかこんなところでターゲットと会うとはね」
「あっそ」
嘘くさい言い訳を連ねる権藤を冷淡にあしらうと、うなだれる西岡に近づくと耳元で囁いた。
「……ありがと」
私がそう彼に声をかけると、西岡はびっくりした顔で座り込んだまま、目を白黒させている。私はその顔をみておかしくなった。
「結局魔法なしだったけど、なかなかやるじゃない」
「え?じゃあ合格ってことですか?」
ぱっと顔を輝かせる西岡に、
「それはまた別」
私はそういうと、悪戯っぽく笑った。
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