<5-4 異世界コミケ>

 翌日。

 ガルトニ王国初開催のコミケ会場に向かって、私とネレイラさんは歩いていた。

 この辺りはガルトニ王国の有力商人が集まる高級住宅地でもあるそうで、ネレイラさんの実家バルガス家も今歩いている大通りに面していた。以前ミゼーレさんが豪商と称していたけど、実際お屋敷は他のどこよりも大きく、それでいて上品で瀟洒な作りだった。今回は前を素通りして、まっすぐコミケ会場に向かっている。

 「いやあ、立派なお宅でした。」

 「以前は父の趣味でもっと派手な成金趣味の建物だった。父が亡くなり、兄が家を継いでからイリーアが・・兄の奥方なのだが、彼女が指揮して作り直し、やっと今のような落ち着いた雰囲気になった。」

 「そうなんですか・・お兄さんがいるんですねー」

 「うむ・・父とはダリエリスとの結婚を巡って対立し、半ば勘当されたようになっていたのだが、兄はよくしてくれた。」

 「え・・勘当?」

 「父は同業者のどら息子に私を嫁がせようとしていてな。無論、政略結婚だ。そこに私が、10も年上の額の生え際が後退した魔導師を結婚相手としてつれて行ったものだから、たちまち大げんかだ。父は花嫁修業のつもりで私を高等学院に入れ、卒業したらすぐ結婚させる予定だったのに私は魔法の素養が開花し、教授陣全員が大陸の最高学府トリスメギス学術院魔法学部に進むことを推薦してくれた。数年後やっと学術院を卒業して、今度こそ嫁入りだと手ぐすね引いていたところにダリエリスの登場だ。父の計画は崩れ、私と父の関係は破綻した。そんなわけで離婚してガルトニに帰ってきたときは、実家にも帰りづらくてな。だが兄がハリエラを探してくれ、国王陛下にも口利きしてくれた故、何とか今の境遇を得ることができた。」

 「そうだったんですか・・」

 「今は父も亡くなり、義理の姉もよくしてくれるので実家で時折食事などするが・・ああ、そこの角を右に曲がって・・看板が出ているぞ。“ガルトニ・コミックマーケット会場はこちら”だそうだ。」

 「お・・おおお・・おおおおおおおおおお・・・」

 「どうした。」

 「久しぶりだ・・」

 「ん?」

 「久しぶりのコミケだーーーーーーっ!!!!」ふと、明日の筋肉痛が気になったけど、すぐ吹っ飛んだ。「ここかっ?天国の入り口はここですかあっ?!」

 大きく開いた倉庫のドアの前に立つと・・

 会場内はすでにお客さんであふれていた。ガルトニの腐女子さん達が目をきらきらさせて本を(キャラグッズもある・・ヒギアやぬいぐるみやお菓子まである!)見ている。作家さんとの憧れと喜び一杯の出会い、紙とインクの匂い、同志とのちょっと暗号めいた気心知れた会話・・いいね~・・いいよ、これだよこれ。異世界だろうが異国だろうが、空気感は同じ。うふふふっ。

 そして参加してる作家さん(サークルというものがこちらにないので、個人参加のみ)達ときたら・・ガルトニのお金は昨日ネレイラさんに借りたので、軍資金もある!

 「ああっ、黄昏のグレナディーネさんょ、双水晶さん、おお、浅黄色の天使さ・・あれ?湖畔のヴィオラさん?湖畔のヴィオラさん?!え、ちょっと待ってちょっと待って、今気づいた、何で何で?どうやって?!」

 「おちつけ、オリータ。まずはお前の友人からだろうに。」

 「あ。」

 そうだった。結月ちゃんを探さねば。しかし、湖畔のヴィオラさん!いや、まずはやっぱり結月ちゃんか!

 ネレイラさんがリールさんを探しに行ったので、私も突撃開始だ。主催者の結月ちゃんが見つかれば、湖畔のヴィオラさんのこともわかるだろう。

 娘さん達をよけながら、奥へと進み・・ん、湖畔のヴィオラさんのブースがあるけど誰もいないな・・ヴェルトロアからの到着が遅れてるんだろうか。ていうか・・まさか、エルデリンデ王女様がここに来るの?いや~そんなのありかなあ?

 奥に人だかりが見えた。他のブースの倍はいる。ブースからウスイホンを抱えて歩いてくる子達は嬉しそうに頬を赤らめている。憧れの作家さんに会えたんだね。うんうん。そして新刊も買えたのね、よかったね、うんうん。月下のベルナさんの新刊・・もちろん私も買うよ!でも、ちゃんと並ぶ。順番は守る。割り込み禁止。

 コミケにも、オタクにも、秩序はある。

 

 「・・・・・・」

 「新刊一冊ください!」

 「・・・・・・・・・・・・・はい。」

 「あ、ここんとこに折田桐子さんへ、ってお願いします、月下のベルナさん!そうだ、これ・・」私は開いた口がふさがらない結月ちゃんに、途中で買ってきたお菓子の詰め合わせを差し出した。「差し入れです!」

 「折田さーーーーーーーーん!!なんでここにーーーーーー???!!!」

 そう言いながらも結月ちゃんはシャカシャカと“折田桐子さんへ 月下のベルナ”と書き添えて、私に新刊を手渡した。こちらもお代を払って、結月ちゃんの質問に答える。

 「いやー、アイリストスの転移に引っ張られちゃったのよ。幸い知り合いに会えたんで、今そちらのお宅でお世話になってるの。その知り合いの部下の方が今日来る予定だったのかな、」私はデイパックから例のチラシを取り出した。「これを落として行ってさ、よく見たら、あ、結月ちゃんいるわって。」

 「で、ここへ・・折田さん、なんという運の良さ・・」

 「うん。いやあ、とりあえず結月ちゃんが無事でよかった。」

 「なんか・・すみません・・ほんとに・・」

 「あのー、まだですか?」

 小さな声がして振り向くと、女の子が恐る恐る私を見上げていた。ふわふわの金髪と青い目が印象的なたいそうな美少女さんだった。しまった、順番待ちの列はまだ続いてた。

 「すみません・・そうだ、結月ちゃん、私、売り子やろうか?一人でサインとか話をしながら売るのって、大変じゃない?」

 「ホントですか?うわあ、助かります。」

 遠くで「ぴゃっ!!」と声がした。切れ切れにネレイラさんの声が聞こえるから、会ってびっくりしたリールさんの声だろう。

 ブースに入って売り子さんをしていると、ネレイラさんがやってきた。

 「オリータ・・なんだ、今度は何をしているのだ?」

 目をぱちくりさせるネレイラさんに結月ちゃんを紹介し、しばらく手伝う旨伝える。

 「そうか、ならば終わる頃に迎えの馬車をやろう。友人に無事に会えて何よりだった。」

 「ネレイラさんもリールさんに会えました?」

 「うむ。」クスクスといたずらっぽく笑う。「“リリムとアルムの砂糖菓子”という名で2人組で本を書いているそうだ。本を書いていることは他の者には内緒にして欲しいと泣いて頼まれた。ちなみに昨日の早退は、今日売りに出す本の印刷が間に合わなかったためだそうだ。まったく、かわいいものだ。」

 ブースを出てネレイラさんに手を振っていると、なにやらまた別の声がする。人をかき分けながら進んでくる、それもなんだか聞いたことのある・・声の出所を探して、キョロキョロして・・

 「ナナイさん!」

 「まあ、オリータ様?!」

 台車に荷物を載せて運んできたのはナナイさん。言わずと知れたヴェルトロア王国第一王女エルデリンデ様の侍女で、我らが同志の一人。

 「今日は王女殿・・あわわわ、こほん、湖畔のヴィオラ様の代理人として参りましたの!まあ、それにしても、こんなところでお会いできるとは!王・・湖畔のヴィオラ様がお聞きになったら、どんなにか驚かれますことか!」

 「いやあ、私もチラシに湖畔のヴィオラさんの名前があってびっくりしたよ~。そうだよね、さすがに王・・湖畔のヴィオラさん本人は来れなかったか~」

 「はい、それはそれは残念がっていらっしゃいました。ですが、婚約式が決まりましたので、その準備が始まり・・ああ、オリータ様、もちろん、婚約式にはご臨席いただけますよね!」

 「婚約式?!そ、それって、ヨ・・じゃなくて、あの方との婚約ってこと?!」

 「もちろんです!クローネ・ランベルン様か魔導師ローエン様を通じて正式な招待状をお送りする予定ではありましたけど、よいお返事は早いに越したことはありません。戻ったら早速お伝えしますね!」

 「すみません、折田さん。その方、湖畔のヴィオラさんの代理人の方ですか?」結月ちゃんがブースから出てきて声をかけた。「あ、主催者の月下のベルナです。」

 と、ナナイさんがフリーズ。

 「ナナイさん?大丈夫?」

 「はっっ!ご無礼を!、憧れの方にいきなりお目通りできて気を失いました。あの、私、参加を申し込んでおりました湖畔のヴィオラ様の代理人で、ナナイ・コーラルと申します。途中、あの・・馬車が少し、遅れまして・・も、申し訳ございません。」

 口ごもるナナイさんに、結月ちゃんは大丈夫ですよと笑いかけた。

 「皆さん待ってましたよ。湖畔のヴィオラさんの新刊で、しかも真鍮のレムリアさんとの共著ですから。」

 「え、真鍮のレムリアさん・・?マジで?」

 真鍮のレムリアさん。デビューは湖畔のヴィオラさんよりだいぶ前だが、寡作でこれまでまだ3作しか出していない。でも、そのシリーズ、美少年貴族のマルチェラとその従者の美青年マリウスとの、密室トリックを駆使した探偵物語は絶大な人気を博している。もちろん、私も既刊は全部持っている。

 ナナイさんが声を潜めた。

 「ちなみに、真鍮のレムリア様はレティマリア・ルーテイルお嬢様だというのはご存じでした?」

 「マジですか、ホントですか、ご存じなかったです。なにこれ、神と神の融合?」

 「1冊お取り置きしますね。ああ、2冊でしたでしょうか?保存用と読むためのものと。」

 「いいんですか?」

 「もちろんですわ!」

 お心遣いに感謝しているうちに人が集まってきたので、結月ちゃんも加わって3人で荷を解き、本を並べる。結月ちゃんの方は多少落ち着いたので、今度は初めてコミケに参加するナナイさんのサポートに回る。

 湖畔のヴィオラさんと真鍮のレムリアさんの本は飛ぶように売れていった。

 チラシを見て、本が来るまで待っていた人がたくさんいたのだ。

 婚約式のことを詳しく聞くヒマもなく、結月ちゃんの差入れで慌ただしくお昼ご飯を食べ、さらに売る。これまでの本の再版も含め、200冊持ち込んだ本は終了時間を待たずに完売した。


 終了後は参加作家さん達が集まって1時間ほど交流会が開かれ、取り置いていた本を交換しあった。売り子で参加しただけの私も皆さんの本を買うことができて、ありがたや。

 ナナイさんはこれからこの王都に住む叔母さんのところに一泊して、明日朝早く帰国するとのことだった。

 「ガルトニとの最後の戦争が終わった翌年に、こちらの商人のおうちに嫁いだんです。あまり大きくない家ですが・・幸せに暮らしています。」

 「そうなんだ・・戦争が終わった後はそういう交流もあるんだね。」

 と、ナナイさんの顔がふと曇ったように見えた。

 「疲れました?大丈夫です?」

 「あ、はい、大丈夫です。本当はこれからすぐにでも帰って王女殿下に今日のことをお伝えしたいところです。本を買ってくださった方からの温かいお言葉の数々や、高名な作家の皆様とのやりとり、この会場の活気に満ちた空気・・まるで夢のようでした。来て本当によかった。思いがけずオリータ様にもお会いできましたし・・私一人では、ああも手際よく本をお売りすることはできませんでした。感謝いたします。」

 「いやいや・・私も湖畔のヴィオラさんの本を売れてよかったです。じゃあ、明日は気をつけて帰って・・」

 パタパタと音がしたので見ると、息を切らせた結月ちゃんがこっちに走ってきた。

 「折田さん、湖畔のヴィオラさんの本、まだあります?」そう言って戸口の方に手を振る。「あ、どうぞ、来てください、遠慮なさらずに!やー、あの方なんですけど、入りづらいって戸口でうろうろしてたんですよ・・あ、皆さん、本がまだある方は1冊ずつ出してもらっていいですかー?男性のお客様でーす!」

 まだ残っていた作家さん達からどよめきが上がる。

 「男の方?男の方ですって?」

 「男性がこのような本を買いに?」

 「まさか・・そんな人がこの世にいるの?」

 「オリータ様、本当でしょうか?」

 ナナイさんの問いに私は力強くうなずく。

 「私の国、ニホンではそのような方を“腐男子”と呼びます。男性でありながら、このような文化を嗜む方々はいるんです。」

 「で、では。」

 ナナイさんは自分に取り置いていた1冊を取り出して入り口の方に向かい、私も着いていった。

 結月ちゃんに本を手渡されているその男の人は大変背が高く、女性ばかりの作家さん達の集まりから頭一つぬきんでていた。グレーのローブで細身の体を覆い、フードを頭からすっぽりかぶっているので、顔は全く見えない。ただ、フードの肩口から一つ結いにしたつややかな黒髪が胸の辺りまでこぼれている。胸元にはきらりと光る金色のペンダント。

 よく見ればそれは、この世界で多くの二次創作を生み出してきた長編小説『灰かぶりの騎士』の登場人物“白銀鎧のクライン”の家紋だった。

 (押しグッズか~気合い入ってるな~!)

 真っ先に本を渡して作家さん達の群れから抜けた結月ちゃんは、ちょっと興奮していた。

 「いや~、腐男子さんをまさかこっちの世界で見ることになろうとは!どこにでもいるんですねえ、オタクも腐男子さんも!」

 「なんなら私は初めてだよ!話に聞いてた、これが腐男子さん!男性にしてBLを嗜む、男性の同志!」

 この会話がこちらの世界の作家さん達にも伝わる。

 「“フダンシ”・・それは称号ですの?」

 「まれなる存在に対して贈られる尊号かしら!」

 当のご本人も興味を示してきた。

 「私のような者が他にもいるのか?」

 「ええ、私達の国には結構いらっしゃいますよ。」

 「それらをフダンシと呼ぶのか。」

 「男性だけどこういう本を認め、読まれる方を、敬意を込めてそうお呼びします。」

 「おお・・敬意とともにその存在が許されているのか・・すばらしい。」

 感に堪えたように深くうなずく腐男子さん。

 「だから、遠慮なさらずにこれからもコミケにおいでください。お待ちしてます!」

 「ですね、ぜひ!」

 「また来てくださいませ!」

 「うむ・・そうさせてもらおう・・感謝する。」

 作家さん達の新刊を詰め込んだ紙袋をローブの奥に大事そうに仕舞い込むと、腐男子さんは歩き去って行った。


 夕方、ネレイラさんの迎えの馬車が来た。

 ナナイさんと別れ、結月ちゃんと荷物と一緒に馬車に乗り込む。今夜の夕食には結月ちゃんも招待されていた。

 「いいんですかね、私まで・・だってネレイラ・バルガスさんって、ガルトニ王国の主席魔導師ですよ?しかもバルガスさんって、このガルトニでも3本の指に入る大商人のおうちですよ?」

 「へ~、大きいご実家とは思ったけど、そこまでとは。」

 「折田さん、なんかにやけてますよ。」

 「いやね、知ってる人が婚約することになってね。」うーん、ペンネームまでならいいかな?「ぶっちゃけ、湖畔のヴィオラさんなんだけど。」

 「えーー、マジですか?それで今日代理人さんが来たんですね?それじゃ忙しかったんじゃ・・本出すの、大変じゃなかったかな?」

 「大丈夫、万障繰り合わせてがっつりスケジューリングする人だから。」

 王女様はそういう人だ。ウスイホン絡みならなおさらだ。

 「折田さんって湖畔のヴィオラさんとは前からお知り合いですか?代理人さんとも仲よさげでしたし。」

 「ん?・・ああ、そうなの、湖畔のヴィオラさんはヴェルトロアの人で、私が最初に行ったときからお世話になってるんだ。だから婚約はすごく嬉しい。」

 「そうなんですね。そう言えば風の噂で、この国の王太子様も婚約するって聞いたんですけど、」

 何か飲んでいたら確実に噴いていた。湖畔のヴィオラさんことヴェルトロアのエルデリンデ王女様の婚約相手こそ、このガルトニ王国王太子ヨシュアス殿下なのだから。

 「いやあ、あの王太子様に婚約者とか、大丈夫なんですかね。しかもお相手はヴェルトロアの人とかって。」

 「へ?何で?」

 「だって、ガルトニの王太子様と言えば、野蛮で冷酷無比で有名ですよ?そんな人と、あんな穏やかなヴェルトロアで育った人が結婚して大丈夫かなあ。」

 「・・や、野蛮で冷酷無比?あの・・国民の皆さん、王太子様のことそう思ってるの?」

 「はい。熊を素手で殴り殺したとか、武術大会で一度に10人相手に勝ったとかいうのはともかく、読書していた人を惰弱とののしったとか、武器の手入れを怠けたくらいで速攻で地下牢に入れたとか、ひどいですよねー。しかも、仮にも王太子様の奥様となればきっと上位の貴族の娘さんとかだろうから、これを機会にヴェルトロアを仲間にして、今度こそ大陸全土に征服戦争を仕掛けるつもりじゃないかっていう話もあるんです。」

 「せ・・征服、戦争???!」

 「はい。最近戦争放棄宣言出したけど、ガルトニの王様は代々大陸統一を狙って、けっこう戦争してて、今の王様も十何年前にエリリュー川の辺りでヴェルトロアと大きな戦争やったっていうじゃないですか。小競り合い程度はそれこそ何回も・・折田さん?」

 不思議そうに顔をのぞき込んできた結月ちゃん。

 「戦争放棄宣言は本気だよ・・本気なのよ。もう、戦争はしないって、リヴィオス王様は決めてるのよ。ヨシュアス殿下だって、そんな冷たい人じゃない。多少好戦的なお血筋を感じさせるときはあるけど、一生懸命王女様と恋してて、文章を書くのは苦手といいながらそれでもたくさんラブレター書いて、好きな人の命を助けるために体も張るし、何なら私まで助けようとしてくれたし。昨日だって仕事をさぼったお父さんを手伝って、書類の山に埋もれてたしね。」

 「え・・ええー・・そう・・なんですか?」

 「そう!」

 「なんでそんなこと知ってるんですか?折田さん・・書類に埋もれてるとか・・」

 あ・・やべ。

 「てか、さっき、王女様と恋してて、って言いました?!王女様って・・王太子様のヴェルトロアの婚約者さんって・・まさかあの、ヴェルトロアの“黄金の白百合”って言われるあの、エルデリンデ王女様ですか?!超美人で頭も性格もよくて、天が二物も三物も与えたと言われるあのエルデリンデ王女様ですか?!あ、前に言ってましたよね、王族の方のデートに着いていくことになったって・・まさか、その王族の方って・・・うわーー、折田さん、すごくないですか?!なんでですか、なんでお知り合いに?!」

 「むむ・・」

 全部話したくなってきた。ヨシュアス殿下の名誉のためにも。でもいいかな・・?

 「折田さん?」

 「結月ちゃん・・口は堅いよね?特にオタク関係は。私達のオタ友に関わる超重大な秘密なんだけど。」

 「オタ・・もちろんですよ、オタク仲間の秘密は厳守、それがおタクの仁義ですよっ!でも、なんでオタクが関係あるんですか?」

 私は話した。

 この世界に来ることになった理由と今まであったこと全部。


 「・・マジですか。」

 「うん。」

 「湖畔のヴィオラさんが・・王太子さんの婚約者さんが・・」

 「秘密ね、秘密。マジで。ガチで。国家機密ものだから。」

 「もちろんです・・オタクの仁義ですから。」

 「まあ、だからさ、ヨシュアス殿下は巷で言われてるような人じゃないわけよ。」

 「はあ・・なんかにわかに信じられませんけど、でも本当ならそれ、もっと拡散されるべきですよね。だって、次のこの国の王様でしょ?あんまり国民の皆さんの評判が悪いと、ヤバくないですか?しかもヴェルトロア王国まで伝わってたんですよね。ヴェルトロアの人達王室の方々をめっちゃ敬愛してて、エルデリンデ王女様のことも自分の娘や孫みたいに自慢しますからね・・婚約とかって大丈夫なんでしょうか。」

 「むむ・・」

 思えば北のアルメリア族の方々にまで誤解があったなあ。

 不安がじわりと胸ににじみ出した。

 

 「では、父と仲違いを・・しかも、望まぬ見合いまで強いられたのか。」ネレイラさんは葡萄酒のグラスを置いてため息をついた。「うちの父も相当だったが、ベルナ、お前の父も大概だな。」

 「は~い、そうなんれすよ~もう、やんなっちゃいますよ~」

 お酒に強いネレイラさんは冷静にうなずいているけど、結月ちゃんは普通に酔っていた。

 私とネレイラさん、結月ちゃんはハリエラさんの美味しい夕食を堪能した後、これまた美味しいプチケーキをつまみながら葡萄酒を飲んでいた。2杯でできあがった結月ちゃんはお父さんとの確執を初対面のネレイラさんにすっかりぶちまけ、ネレイラさんは辛抱強くその話を聞いてくれたのだった。

 「しかし、これからどうするのだ?いずれは父と決着をつけねばなるまい?相手の男はどのような者なのだ。」

 「鉄オタれ・・」

 「なに?」

 鉄オタか。ネレイラさんに翻訳する。

 「私の国の乗り物の一種がものすごーく好きで・・アレです、私達が男の子同士の恋愛を趣味としているように、その人はその乗り物に関するあれこれを趣味としてるんです。」

 「お前の国にはいろいろな趣味があるのだな。人柄はどうなのだ?」

 「・・鉄分補給するときはひゃっはー!れす・・」

 「趣味の時間は、それはそれは楽しそうにしていると。」

 「う、うむ・・他には?たとえば、まじめだとかクズだとか。」

 「歴オタもしてるんれ・・なんか、ぶしどーなひと?」

 「えっと、ニホンの歴史が好きで、ニホン的騎士道精神の持ち主らしいです。」

 「騎士道精神の持ち主・・すばらしいではないか!で?他には?どこかしら気にくわないところがあるから、見合いを渋るのだろう?」

 「・・なんれすかね・・」結月ちゃんはこと、と机に突っ伏した。「・・ないかも。や~相手の問題じゃないんかな~・・」

 「と言うと?」

 「だって・・けっこんしたら・・そうさふかふどー、できないかもしれないじゃーないれすか・・やだよ~・・書きたひ話いっぱ~いあるんれ・・読みたい作家はんの本いっぱ~いありまふ・・オタ活・・やめたくないでふ・・」

 「おた・・何だって?」

 「趣味の活動を止めたくないと言ってます。結婚したらできなくなるんじゃないかと。でもさ、お相手は、ジャンルは違えどオタなら、わかってくれるんじゃないかなあ。」

 「ありあとーごじゃまふ、お二人とも・・ネレイラはん・・ひょー会ったばかり・・に・・しんへつに・・ぐぅ。」

 寝てしまった。

 再び顔を見合わせる私とネレイラさん。

 「精霊を呼んでベッドまで運ぼう。」

 壁に立てかけていた杖をかざし、呪文を詠唱、魔方陣から風の精霊を呼び出す。

 「柔らかき西風の精霊アイオイに命ずる。この娘を優しき寝床へと運べ。」

 空中の魔方陣から4体の風の精がフワリと飛び出し、結月ちゃんを抱えると、客室に運んでいった。客室は一つだけど、簡易ベッドをハリエラさんがしつらえてくれている。

 「ありがとうございます、ネレイラさん。」

 「なに、私と境遇が似ている・・他人ごとのような気がしないのでな。ベルナの父に会ったことはあるか?」

 私は一昨日と昨日の朝のことを話した。

 「それはまた・・なかなかに難儀な父親だな。」

 「ええ・・自分の意見を通そうとするだけで、娘さんの気持ちはお構いなしなんで、話にならないんですよ。もちろんベルナちゃんも怒るし。」

 「話し合いが必要なのにできる状態ではないのだな。何とか力になってやりたいが・・」

 色々話し、葡萄酒の瓶が1本開いた頃、ネレイラさんが言った。

 「オリータ。無謀かもしれぬが、こういうのはどうだろう?」

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