<4-6 折田桐子、双子の王女のマンガを監督する>

 王様はお茶を飲んで一息ついた。

 「ミルデとリルデの件に話を戻そう。オリータ、先ほどの頼みだが、ついでのことにもう一つ引き受けてくれぬか?」

 「はい、何でしょう?」

 「マンガを仕上げるまでの2日間、二人に付き添ってやってほしいのじゃ。」

 「!・・いいんですか?」

 「何か言うにしても、マンガを知らぬ我らより、そなたが言った方が心に響くであろう。面倒をかけるが頼まれてくれぬか。」

 「・・もちろんです。」

 感動していた。感謝もしていた。

 “いい加減な絵”を、娘さん達の趣味を、尊重してくれていることに。

 数ヶ月間この国に来たばかりの外国人の私を、娘さん達に付き添い、アドバイスさせてもいいとまで思ってくれていることに。

 「頑張ります。」

 「うむ。頼むぞ。」

 デイパックを背負って立ち上がった私は、歩きかけて立ち止まった。

 「あの・・すみません、最後に一つお聞きしたいんですが・・」

 「なんじゃ?」

 「原稿が2日でできあがらなかったときは、そこで終わりでいいですか?コンテストは諦めるということで。」

 「ほう、なぜじゃ?」

 「締め切りに間に合うだけの計画や画力が足りなかったんだな、次、頑張ろうと思ってもらえればいいな、と思いまして・・原稿をおとしたときは悔しいし、恥ずかしいんでしょうけど、それを周りのせいにするんじゃなく、反省して自分で何とかやりくりすることを覚えてほしいんです。」

 しがないオタクでも、そのくらいのことは考えるのだ。てか、今は考えているのだ。

 「うむ、それでよい。すまぬな、本来それはわしや王妃が言うことなのだが・・」

 「いやもう、謹んで代理を務めさせていただきます。」

 胸に手を当て、深々と頭を下げた。人様のお子さんの大切なものがかかっている。

 「では頼むぞ、オリータ。わしは・・」立ち上がった王様は苦笑いを浮かべた。「学院理事会に参る。」

 王妃様と行ってらっしゃいませと見送ったあと、私も部屋を出た。


 ミルデリーチェ、リルデレイチェ王女様方の部屋に入ると、お二人は黙々と鉛筆を走らせて・・いなかった。

 なんでじゃー!!と心の中で叫んでいると、私に気づいたお二人が目を輝かせた。

 「まあ、来てくださったわ!」

  両側から私の腕にすがりついたお二人は、開口一番言った。

 「「マンガの書き方を教えてくださる?」」

 「はいー?!」

 「そうじゃないわ、リルデ。お話の作り方よ。」

 「そうね・・もう無理だものね。」

 む、無理?

 「半分まで考えたんだけど、後が続かないの。どうすればいいかしら?」

 ちょっと待って!!

 「あの・・あと2日ですよね?!」

 「2日と少しよ。」ああ、はいはい、今日これから夜までの分もね。「でも、あと5ページ分のお話が思い浮かばないの。」

 「ごっ・・あと2日なのに?!」

 「2日と少しよ!」それはいいから!「あのね、主人公のクリステンが世界一の牧場を作るために奮闘するお話なのだけど、」

 世界一の牧場。

 「牧場を作るぞって決心したところから進まないの。」

 めっちゃ話の入り口だ!!しかもこの段階で後5ページ?!どういう展開?!

 「あの、プロットはどうなってます?」

 「ぷろっと?物語の筋ね?それができていないの。世界一の牧場を作るにはどうすればいいかしら?」

 「ど・・どうしましょう・・?」脳内で頭を抱える。そもそも牧場ってどうなれば世界一なの?「あの・・ちなみにお二人は牧場に行ったことは・・牧場で働いたこととか・・」

 「行ったことはないわ。」

 「だから、働いたこともないわ。」

 「筋を変えませんか?」

 えー!どうしてー!せっかく考えたのにー!という抗議の声がステレオ放送で聞こえてくるが、耳をふさいで無視。

 「あのですね。もっと身近な描きやすいテーマにしましょうよ。その方がリアリティが出ますよ。リアリティっていうのは、つまり現実味ってことなんですけど。」

 「たとえばどんなの?」

 「双子の王女様の冒険譚とか。双子の王女様の気持ちは想像しやすいでしょ?」

 おお、と感嘆の声が上がる。素直だ。

 「だったらどんな冒険かしら?竜退治?それとも吸血鬼退治?トロール退治もいいわ!」

 「迷宮の宝探しは?!5つの海を渡り歩く大冒険は?!」

 「今はそんな壮大なお話を考え直す時間がないですね・・」古今東西、王族の方々の最も身近な冒険といえば、定番のあれだ。「王女様方がお城を抜け出して、お二人だけで城下の町を探検する物語はいかがでしょう!」

 おお!という声が尻つぼみになる。

 「城下の町・・?学院に行くとき、いつも通っててよく知っているのに?」

 チッチッ、と人差し指を振って答える。

 「まず、お二人だけで抜け出すのが難しいですよね?それから、お二人だけで町を歩くのも。いつもはだれかお付きの方が一緒じゃないですか?」

 「確かに・・学院の登下校はいつも侍女がついていて・・馬車でだけ出歩くわ。」

 「自分の足では歩かないわね。」

 「でしょ?まずはどうやって抜け出しましょうか?侍女の皆さんや衛兵さんもいるわけですよね。お二人だけで外には出してくれませんよね、普通。」

 お二人は顔を見合わせた。青い目がみるみる好奇心に輝く・・よしよし、のってきたぞ。

 「魔導師殿に眠り薬を作ってもらって、侍女やシュレジアに飲ませるのはどう?」

 「衛兵にもよ!」

 「あの、本当にいる人の名前で考えるのは止めときましょう?」背後のシュレジアさんの視線が痛い。「これは、王女様達の頭の中の、想像の国のお城に住む王女様達のお話です。ミルデリーチェ様とリルデレイチェ様のことじゃないですからね?」

 「あ・・そうね・・」

 「双子の王女の名前を考えましょう、リル。あまり時間もないのだから。」

 「お城を出た後は地図も必要よ。だって馬車の中からでしか町を知らないでしょう?」

 ほほう、いいところに気がついた。

 「前に馬車を降りてちょっと離れたお店に行こうとしたら、迷子になったことがあったから、地図は絶対必要よ。」

 実体験でしたか。まあ、それも話作りには必要な要素だ。

 「協力してくれる魔導師は・・うーん、きれいな女の人がいいわ!私達、おじいさんを描くの苦手だし。オリータ、ガルトニ王国には、美人で力も強い女性の魔導師がいると聞いたけど本当?」

 「あ、いますよ。きれいで魔法もすごい人ですよ。」

 そういえばネレイラさん、あの襲撃の後療養してたんだったな・・もう体はいいのだろうか?

 ともあれ、登場人物はとんとん拍子に決まっていった。主人公の双子の王女様、魔導師、乳母、侍女、衛兵と決め、プロットを大急ぎで練り直す。

 が、私はここで自分の原稿を広げた。

 わあ、と身を乗り出した王女様方を制止する。

 「今はお二人はお話を考えてください。私はここで自分の原稿をやってますので、何かあれば聞いてくださいね。」

 「・・一緒に考えてくださるといいなあ、と思っていたのだけれど・・」

 「マンガの講師が来てくださったものと・・」

 「いえいえ、他の皆さんは一人でお話作ってるわけなので、そこは公平じゃないと。」

 王女様達のコンテストだ。大人で経験者の私が、話作りに参加するわけにはいかない。

 「お話を考えましょうね?時間ないですからね?ね?私も締め切りまで時間があまりないので、ここで原稿させていただきます。」

 「もしかして・・シュラバ?!」

 「えーと・・」こんな言葉まで伝わっているのか。「その2歩くらい手前にいます。」

 やっぱり仕事と家事をしながら、さらに経年劣化した体で進める作業は、事前の計画通り進まない。多少余裕を見たつもりでも遅れが出ていた。

 王女様方に夕食前までのあと2時間でプロット完成と約束してもらい、自分のペン入れに入る。

 結月ちゃんはデジタルでの制作に完全移行しているけど、私は機材をそろえる時間と経済的余裕がないので、実家の押し入れから発掘したペンや筆で勝負だ。

 少し塗りのはげたペン軸やちょっとさびが浮いてしまったペン先が、うれしそうに絵を描いている気がする。インクの匂いも懐かしい。

 悦に入って快調にペンを勧めていると、お二人がやってきた。

 「あの・・オリータ。」

 「はいはい?」

 時計を見ると1時間しかたっていない。プロット完成ならアドバンテージだ。

 「10ページ描けそうなんだけど、」

 「おお、よかったですね!」

 「ページが足りないような気がするの。」

 「あら。」

 聞けばお話の筋立てはわりかしちゃんとしていて、魔導師の協力で首尾よくお城を抜け出し、数人の国民から情報を得て町外れの洞窟のお宝を探し当てるというものだった。

 「なるほど・・確かにこれでは40ページくらい必要そうですね。でも、今はそんなに描く時間はないし・・ちょっと短くしましょうか。」

 お話短縮の作業には力を貸すことにした。せっかく考えた登場人物や筋をゴリゴリ削るのは気が引けるが、10ページが規定枚数だというので仕方ない。

 とにもかくにも夕食前にプロットは完成した。一応は。

 シュレジアさんと侍女の方々が夕食を運んできてくれ、食べ終えて作業再開である。

 王女様方はネーム作りに取りかかり、私は再びペン入れに戻る・・

 「・・田さん!折田さん!」

 ん?クローネさんの声がする。

 「折田さん!大丈夫ですか?」

 「・・・・・・・・ほえ?・・・・・・はっ!!寝てたぁあ!!」

 なんということか。いつの間にかペンを握ったまま爆睡していた。いくら声をかけても起きないので、シュレジアさんがクローネさんを呼んでくれたのだ。

 「そっか、真夜中に家を出てきたから・・食後にどっと眠気が。」

 「今まで何ともなかったのが不思議なくらいです。」

 ほんとに。マンガがらみの出来事が続いて、アドレナリンが出ていたのかも。

 「オリータ殿、少しお休みなされては。姫様方は私がつきます故。」

 シュレジアさんがそう言ってくれ、クローネさんもうなずく。

 「王妃陛下がお部屋を用意してくださいましたから、そちらで休んでは?」

 自分の原稿を見やり、力が抜けた。インクがペン先からぼったりたれてシミを作っている。人物に支障のない場所なのは幸いだったけど、一度寝ないと先が思いやられるな・・

 ということで、王女様方に頑張ってくださいね~と言い残して退場。クローネさんに近くにある客室に案内された。

 侍女さんが一人ドアの前で待っていて、私を見ると頭を下げた。ここでクローネさんは自分の持ち場に戻り、私のお世話は侍女さんと交代。まずはお風呂にお湯を入れてもらう。お湯がたまるのを待っている間、私は侍女さんに話しかけてみた。

 「すみませんね、お手数おかけしまして・・」

 「いえ、仕事ですので。私のことはサーシャとお呼び下さい。」

 淡々と言うサーシャさんは、プラチナブロンドを一つ結いにして背中に垂らしていた。薄緑色の侍女さんの制服にとてもよく似合うんだけど・・

 (なんか雰囲気が暗い人だな・・)

 ヴェルトロア王国宮廷で働く侍女さん達は大体明るくてハキハキしていて、親しくなるとナナイさんのようにプライベートな話もできるようになる程度の親しみやすさがある。

 でもこのサーシャさんはなんというかこう・・

 (目が死んでる?)

 髪と同じような灰色がかった瞳は、人形のように感情がこもっていない。顔も無表情だ。

 「何かお召し上がりになりますか?」

 不意に聞かれて、びっくりする。

 「あ、大丈夫です。お風呂もいいですよ、あとは自分でやりますから。サーシャさんは休んで下さいな。」

 「は・・いえ、しかし。お休みになられるまでお付きせよ、と命じられております。」

 「えー・・いやあ、私みたいな一般庶民にそんな気を遣わなくていいですよー。」

 「お気遣い無く。私の任務ですので。」

 任・・務?侍女さんもこんな言い方するんだっけ?侍女さんと言うより軍人さんぽい。

 「そろそろお湯が入った頃合いです。どうぞお使い下さい。」

 「あ、はい、どうも・・」

 温かいお湯に身体を沈めると、頭が自然に垂れていく。

 なんだかんだで結構疲れてた。今日は色々あった・・カバンひっくり返して、広報委員会の攻防を経てのネーム作成、続いて不意のヴェルトロア王国への来訪。側室騒動にマンガのアドバイスと盛りだくさんである。

 (黙って引き下がるといいなあ、ルーテイルさん)

 過信間の派閥争いと跡目争いが絡んで政争を生み、国が弱体化、あげく滅亡なんてよくある話だ。ルーテイルさんは自分はその端に手をかけていることを知ってるんだろうか。

 (私の世界なら『よくやるわ』ですむんだけど・・ねえ、根尾さん)

 ルーテイル夫人は王妃様を失望させた。花村さんは根尾さんのことをどう思っているんだろう。

 「オリータ様。」

 浴室の外からサーシャさんの声がした。

 「はい?」

 「これからお世話をするにあたり、オリータ様のことをよく知っておきたいと思います。2,3質問してかまいませんか?」

 「あ・・いいですよ。」

 「オリータ様は異国のご出身とか。いつからこの国にいらっしゃるように?」

 「そうだねえ・・3,4か月になるかなあ。」

 「・・なぜ、こちらに?」

 「それは、えっと・・」エルデリンデ王女様のBLオタクの件は何とか伏せねば。「偶然こちらの人と私の国で会ってですね・・観光に来たらなんかこう・・なじんじゃって。」

 「観光で来てなんかこう、なじんで、ですか。しかし、それだけのことで、王家の方々とつながりができたのですか?」

 声の調子が少し変わった気がする。やっぱ不自然か。でも、王女様のオタバレを避けるため、ここはとことん偶然で押すぞ。

 「はい、偶然。とにかく色々偶然が重なって、今こうしているわけです。いやあ、偶然ってすごいですよね。」

 「そうですか・・了解いたしました。では、これにて失礼いたします。」

 全く要領を得ない回答の連発で、これ以上得るものはないと思ったか、質問は終わった。

 お風呂から上がり、サーシャさんが用意してくれた寝間着に着替えて浴室から出ると、サーシャさんがまだドアの隣に立って待っていた。

 「すみません、ただ待たせて。ほんとにもう、お仕事終わっていいですよ。」

 サーシャさんはドアの前でお辞儀をした後・・背中を向けずに後ろ手でドアを開け、前を見たまま身体一つ分の隙間からするりと滑り出てドアを閉めた。猫を思わせるしなやかで静かな動きだった。

 (あれ?他の侍女さんもこんな感じだったっけ?)

 ナナイさんとかの動きを何度か見ているけど、年のせいか、正確に思い出せない。

 ラベンダーぽい匂いの香る布団にくるまり、考えていたけど、秒で眠りに落ちた。

 お城にお泊まりするなんて初めてなのに、興奮も感動もする暇がなかった。

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