2-2 エルデリンデ王女、弟に説教する

 掃除機で吸われるゴミはこんな気持ちかな・・と思ったらクローネさんの実家、ランベルン第一武爵家の玄関前に着いた。

 「誰か!今帰った!」

 玄関ホールにクローネさんの声が響き渡る。ホールには紺色の絨毯を敷いた二階へと続く階段があり、それを挟んで、向かって右側が使用人さん達の仕事場と居住スペース、左側がクローネさんとそのご家族の居住スペースがある。

 で、その右側に設けられているドアが静かに開いて白髪をきれいに整え、黒の長衣をビシッと決めたおじいさん・・ランベルン家の執事、ノイゼンさんが顔を出した。

 「おかえりなさいませ、お嬢様。おお、これはこれは・・」

 「すみません、突然お邪魔しまして・・」

 へこへこ頭を下げる私に、ノイゼンさんは優しく笑った。

 「いえいえ、ようこそおいで下さいました。お元気そうで何よりでございます。」

 「ノイゼン、折田さんは客間で休んでもらっていて。私はちょっと着替えてくる。」

 「承知いたしました。オリータ様、どうぞこちらへ。」

 “緑滴る”といわれるヴェルトロア王国にあってこのお屋敷も例外ではない。廊下には何メートルかおきに色とりどりの花を生けた花瓶が置かれ、庭には花が盛りの木が何本も植わっている。客間に入ると、むかって右側には白い暖炉と山盛りに花を生けた大きな青い花瓶、その前にはクリーム色の大きなソファセット。そこに腰掛け、お茶を飲んで一息ついていると、コンビニ店員からこの国の服装に着替えたクローネさんが来た。

 「お待たせしました。・・と、私もお茶を一杯飲んでからにしようかな。ノイゼン、お願い。それから王宮に使いを出してほしい。私と折田さんが王女殿下にお目通り願いたいと。お忙しければ、ご都合の良い時をお伺いして。私と折田さんはここでお返事を待つ。」

 「かしこまりました。」

 ノイゼンさんが去り、クローネさんはほうっと息をついた。

 「日本で飲む紅茶やコーヒーも美味しいのですが、やはり故郷の味は落ち着きます。」

 「そうだよねえ。あ、今日は部屋で着替えたんだね。前は茂みに飛び込んですぐに出てきたじゃない?」

 「あのときはローエン様からお借りした“リンベルク”の力で着替えてましたので。ところで、お二人の言っていたことって何だと思います?」

 「それね・・見当も付かないな。でもローエンさんが私を呼び出すってことは・・」

 「・・オタクがらみ・・でしょうか?」

 「うーん・・王女様の件は一応解決を見てると思うんだけどなあ。」私的にはね。ローエンさんはご不満だけど。「オタク案件が王女様以外のところで発生した・・?」

 「え・・」クローネさんの眉間にしわが寄る。「王女殿下以外にあのような趣味を持つ方・・殿下の侍女のナナイ殿ほか数人はそうと聞いておりますが・・国の一大事になり得るものでしょうか。」

 「ナナイさん達のオタク趣味がわかって、悪い人に強請られていたり?内緒にする代わりに王国の機密を渡せ、とか・・」

 「それはまさしく一大事です!でも・・」

 「王女様は急を要しないって言ってるんだよねえ。」

 重度のBLオタクでも、聡明で聞こえたエルデリンデ王女様の言うことなので、そこは信用できるだろう。

 2人で首をひねっていると、この家の凄腕料理番・メリリさんがお茶のおかわりとお茶菓子を持ってきてくれた。3人で盛り上がっていると、ノイゼンさんが帰ってきた。

 王女様は今すぐにでも会いたいとのことだったので、お抱え御者のツーレイさんが馬車を飛ばしてくれた。


 「クローネ!オリータ!元気そうですね!」

 半年ぶりに会った王女様は私達をハグし、自らソファに導いてくれた。私達が食事がまだと聞くと、ナナイさんに言って、少しずつ色の違うスコーンのようなパンと数種のジャム、ソーセージ、スープの昼食を用意してくれた。私達が日本を発ったのは夕方だったので、遠慮無く美味しくいただいた。

 食後のハーブクッキーをつまみながら、クローネさんが本題に入った。

 「もう、本当に二人には迷惑を・・申し訳ないわ。私は大丈夫と思っているのだけど。」

 王女様はほおに片手を当ててため息をついた。

 「いえいえ、お気になさらずに。久しぶりにこちらの皆さんに会えて嬉しかったですし。」

 「ありがとう、オリータ。それでは折角来てくれたことだし、話しましょう。ナナイ、席を外してくれる?」

 3人だけになって再び王女様は口を開いた。

 「実は弟のラルドウェルトのことなのです。」 

 「お・・弟さん?弟さんがいたんですか?」

 「王太子殿下のラルドウェルト様ですか?」

 王女様はうなずいた。

 「人形遊びにこっていることがわかったのです。隠し部屋にそれはもうたくさんのお人形が・・もう17歳になるというのに。」

 なんと。


 その人形は少し変わっているという。

 「なんと言っていいのか・・小さい女の子が遊ぶものとは違い、彫刻のように精巧に人間を形取っているのですが、全てが若い女性の姿で、中には肌もあらわな服装をしてるものもいて・・」

 「隠し部屋で作っておられたのならば、容易に知られることは無いはずですが・・なぜ露見したのでしょう?」

 あとで聞いたことには、王族には各自の個室に魔法で異空間が設けられているそうな。緊急事態の際は魔方陣を描けば、どこからでもそこに逃げ込めるようになっている・・パニックルームとかいうやつだ。

 「剣の修練の時間になってもウェルトが来ないので、心配したカルセドが探しに行ったところ、ちょうど隠し部屋から出てきて中が見えたのだそうです。部屋の様子に仰天したカルセドが、私に報告に参りました。ちょうど魔法の勉強のあとで、まだ魔導師殿がここにおいでだったので、一緒に話を聞いてもらって・・」

 ふと隣のクローネさんを見ると、とても渋い顔をしている。

 「どうしたの、クローネさん。」

 「いえ、聞きたくない名前が聞こえたもので・・でも、その人形が国の一大事とは?」

 「なんでもウェルトはカルセドに、自分は妻は要らぬ、この人形達が妻だ、と言ったのだとか。」

 「あらー。」

 この子達がおれのヨメ、ってやつか。

 「それで魔導師殿が一大事だと・・これではこの国の王統が絶えてしまう、日本でもこのような女の子の人形を作り、愛でる文化があるので、オリータを呼ぼうと言い出して。」

 「・・・・・」

 ローエンさん・・いらんこと知ってるな。言ってるのはフィギュアのことだろう。

 先日ひまわりマート三口町店で見た“魔法戦士エレメンツ”の景品・・アイシアちゃんやフレイルちゃん、エアルちゃん、フローレちゃんの立ち姿を思い出す。

 「王統が絶えるといっても、まだウェルトは17歳、これから考えが変わるかもしれません。だから私は急を要しないと思っているのです。」

 なるほど、それは確かに。

 「ただ、少し怒っておく必要はあります。」お茶を一口飲んで王女様は続けた。「先日、あなた方が褒賞を受けたとき、あの子は体調が悪いと言って出てきませんでした。ところが実は体調はすこぶる良くて、品評会に出品する人形を作りたいがための嘘だったとわかったのです。王国の危機を救ったあなた方の顕彰の機会だというのに、無礼なことです。」

 「え・・いやいや、そんな無礼だなんて。ねえ、クローネさん。」

 「そうですよ、殿下。私達は気にしておりません。」

 「いいえ、いけません。信義にもとります。それにこういった公式行事を自分の趣味を理由に嘘をついて欠席するなど、王族の義務をなんと心得ているのか・・ちょうどいいわ、これから行きましょう。オリータ、ウェルトに会ってもらえるかしら?今どのような状態か見極めてもらえれば、今後のことを考える一助になるでしょう。」

 オタク度合いを測ってくれってことね。

 「私的には人形は専門外なんですが、とりあえず行ってみます。」

 「ありがとう。では・・ナナイ?ラルドウェルトに、私達がこれからそちらへ行くと伝えて。何か用があるなら急がないとも。」

 「かしこまりました。」

 最新ウスイホン情報など王女様から聞いていると、ナナイさんが戻ってきた。

 「王太子殿下におかれましては、ただ今武術修練中でございますが・・」

 「あら、では時を改めましょう。」

 「いえ、その・・どうぞおいで下さいと。」

 王女様は眉をひそめた。それでも美しいと思えるのだから、美人は得である。

 「武術の鍛錬中だというのに・・いいわ、行きましょう。なんとしてでも一言言いたくなりました。」


 ヴェルトロア王国王太子殿下ラルドウェルトさんは、自分の部屋の前に広がる庭にいた。

 ゆるく波打つ金色の髪と青い目、背は身長165㎝の私より高い王女様に追いつこうとしている。顔立ちはこれも美貌で評判をとるお母さんの王妃様によく似た、色白ですっと鼻筋の通った整ったもので・・要は絵に描いたような美少年だった

 そしてもう一人、2本の剣を持って立っている少年がいた。栗色の髪と緑の目、背は王太子様よりさらに高く、体つきもがっしりしている。よく育った木を思わせる安心感がある子だった。

 王太子様は胸に手を当てて礼をした。

 「姉上にはご機嫌麗しく。」

 「麗しくありません。」ビシッと言って王女様は王太子様の正面に立った。「武術の修練中ならきちんと済ませなさい。危急の用ではないのですから。」

 「大丈夫です。たった今終わりましたので。」

 「カルセド?」

 「ええ、まあ・・」

 栗色の髪の少年カルセドくんは肩をすくめて苦笑い。王女様はため息をついた。

 「立ち話も何なので、部屋へどうぞ。」

 王太子様は先に立って部屋に通じるガラス戸を開け、私達を通してくれた。カルセドくんは剣を片付けに立ち去った。ん?カルセドくん?さっき話に出てきたよね。隠し部屋の中を見てしまった彼では?

 青地に白の縁取りをした椅子に王女様、同じ色合いのソファに私とクローネさんが座る。緑の短衣に白のズボンとブーツを身につけた中学生くらいの男の子が、お茶とお茶菓子を持ってきてくれた。武爵家の男の子が騎士見習の仕事の一環で、小姓として男性王族に仕えているんだそうだ。

 小姓・・といえば戦国武将と禁断の・・いやいや待て待て。ステイ、私。

 「さて、姉上、今日はどのようなご用件でしょう。」

 「一つは先ほどのことです。私の訪問のために武術の修練を切り上げるのは止めなさい。もう一つは、隠し部屋の件です。」

 「あー、とうとう来ましたか。」王太子様は朗らかに笑った。「ちなみに父上と母上には・・」

 「まだ何も申し上げていません。」

 「助かります。あの趣味は多分、お二人のお気に召さないような気がしていますので。」

 私もそう思う。王太子様はそこそこ客観的な人のようだ。

 「姉上もお気に召しませんか?カルセドは“人形遊び”と呼んで驚いていましたが。」王太子様はお茶を一口すすって続けた。「あれを子どもの遊びと一緒にしてほしくはないのですよね・・そもそも遊んでいるのではなく、作っているのです。同好の士は今、結構いるのですよ。」

 王女様が私を見た。

 ここから先は頼む、ということだ。さっきも言ったように、フィギュアには余り詳しくないんだけど、王女様の頼みだ。頑張ってみよう。

 「あの・・王太子様はいつ頃からそういう趣味をやってらっしゃるんですか?」

 涼やかな青い目が私を見た。

 「あ、初めまして。折田桐子と申します。オリータと呼んで下さい。」

 「私のお友達です。もちろん、名は聞き及んでいるわね?」

 王女様のフォローに、片付けを終えて王太子様の後ろに控えていたカルセドくんは、こくこくとうなずいた。

 王太子様は・・

 「・・・・ええと・・」

 涼やかに目が泳いでいた。

 「・・ウェルト。我が国を救ってくれた方ですよ?その経緯も聞いているわね?」

 「ああ・・ええ、まあ・・」

 「・・ガルトニ王国王太子殿下と、私の縁談の件は知っていますか?」

 「あ、はい、それは・・」

 「結末はどうなったかは?」

 「姉上が断って先方がお怒りで・・・・・」

 「・・その次は?」

 「次・・は・・・・・・・・」

 「ウェルト!!」

 パンッ!と音がした。王女様が椅子の手すりを平手打ちした音だった。

 王太子様の肩がビクッと震える。

 「日頃一体何をしているのです!実の姉の縁談の顛末も把握していないとは・・あなたはこの国の王太子なのに、国の危機だったことについてその程度しか知らないとは、どういうことです!!」

 初めて見る激おこモードの王女様・・でも、王太子様は苦笑しつつ頭を掻いた。

 「手厳しいなあ、姉上・・ちょっと最近忙しかったのです。それに、聡明で聞こえる姉上のことだから何とかなるだろうと思って・・」 

 「・・あなたは・・王族の義務をなんと心得て・・」

 「義務は忘れてはおりません。品評会が終わったらきちんと情報を得ようと・・あ、ゲホゲホ。」

 品評会のことを隠そうと思ったんだろうけど、こっちにはもう伝わっていることで。王女様は額に手を当てて顔を伏せてしまっている。これも初めて見る王女様の悲痛な姿。でも理由がちと残念である。話を戻す。

 「あのー、その品評会って、どのくらいの人が集まるんですか?」

 話題が変わってホッとした王太子様は、すぐに乗ってきた。

 「今回は30人ほどだったな。だがいずれも“カミ”とか“シショウ”の称号を持つ達人ばかりで、実に勉強になった。」

 カミ?シショウ?日本語の“神”と“師匠”か?

 「その人形を作るのって、いつ頃から流行ってるんですか?」

 「うーむ・・2年ほど前だろうか。どうだ?カルセド?」

 カルセドくんは苦笑しつつかぶりを振った。

 「申し訳ございません。その件については私は何とも・・」

 「そうか。いや、多分2年ほど前だ。学院の帰りに立ち寄った路地裏であれを売っている者に会ってな。試しに買ってみたところ、その精巧な作りと美しさがすばらしい故、以来収集し、自分でも作ってみている。」

 2年ほど前・・ウスイホンが出回り始めたのも同じ頃じゃなかったかな?

 しかも売る場所が路地裏とか、ウスイホンと同じだ。

 ふむ。

 「もしやオリータも“ヒギア”に興味があるか?」

 おっと、向こうからジャブが来た。でもストレートすぎるなあ。まだ青いですよ、王太子様。一般人はそれじゃ引いてしまいますぜ。

 あと、“ヒギア”と言うのは、“フィギュア”と通じるのかな?

 「そうですねえ・・是非拝見したいです。」

 「そうか!」 

 ぱあっと王太子様の顔が輝く。それはもうジャブを繰り出すまでもない、同志を見つけたオタクの顔そのものだった。

 「こちらへ。」

 私を促してソファの後ろに回る。手をかざして何事か呪文をつぶやくと、青白い長方形が空間に浮かび上がった。隠し部屋に続くドアが出現したのだ。

 「本来は王族とその側近のみ立ち入りが許されるのだが、私が許可を出す。入ってくれ。」

 庶民の立ち入りは本当に大丈夫か。王女様を見るとうなずいた。

 「じゃあ・・お邪魔しまーす・・」

 中は8畳くらいの部屋だった。が、三方の壁が全て棚で覆われ、本が並ぶ一棚以外は床から天井まで全て・・“ヒギア”が並んでいた!

 「おお・・」

 「近くで見ても良いぞ。」

 お言葉に甘えてまじまじと見させてもらう。

 (これはフィギュアだね。間違いない)

 うすぎぬをたなびかせながら透き通った羽で飛ぶ妖精の女の子(これが肌もあらわなってやつかな?)から、鎧で固めた姫騎士まで、数十体のフィギュアがきちんと整頓されて棚に収まっている。柔らかそうな肌の質感やうねる髪、服のしわ、鎧の傷や汚れ、魔剣とおぼしき剣から発生した光や飛び跳ねてできた水の飛沫までリアルかつ優雅に再現している。たしかに“人形遊び”の域ではないし、女の子の個性を最大限かつ丁寧に表現したポージングには、フィギュアに対する愛を感じる。

 「すばらしいコレクションですね・・」

 私は心底そう思った。

 「そう言ってくれるか。この2年の間に小遣いを節約して集めたものだ。」

 「これはもしかして王太子様が?」

 それは机の上にある作りかけのフィギュアだった。女の子が杖を掲げ、何か叫んでいるようだ。着色はまだだが、魔法で起きた風で巻き上げられた髪や服の感じがとてもいい。

 「どうだ?『灰かぶりの騎士』に出てくる女魔導師イネスは、こうもあろうかと思って作っているものだ。」

 ほほお。『灰かぶりの騎士』とはヴェルトロア王国に伝わる伝説を元に書かれた国民的冒険小説である。そのキャラクターを・・立派な二次創作だ。

「信じた者に裏切られて以来人を信じなくなった魔導師だが、無敵といわれた風の魔法を自分を信じてくれた騎士ドーンのために、最後の力を振り絞って使うシーンがある。」

 「それは胸熱な・・いえ、胸が熱くなるシーンですね。」

 「その通りだ。それでぜひ、自らの手でその様を表現したくなった。文中には詳しく書かれていないので試行錯誤しているところだが・・例えば髪。魔法で起きた髪はどんな風になびくのか。その時、服は?いや、表情は?イネス自身も死の淵にいる中で最大限の魔法を放つ・・その時の心情がわかれば表情が・・いや、服や髪のありようもわかってくるような気がする。故に何度も本を読み返し、イネスの人柄を探る・・その行程が、その作業がとても私は楽しい。自分ならばどうするだろうと考えることも多々ある。ヒギアをつくることは、自分との対話でもあると思う。」

 「わかりみ!」

 「ん?」

 「あ、いえ、わかります。その気持ち。」

 「本当か?!」

 「元の本の描写からいろいろ想像するときって、そうですよね、わかります。私があのキャラだったらなんて言うかなー、何をやるかなーって考えてるうちに、自分ってこんなこと考えるんだーとか新しい発見したり・・あ、キャラって登場人物のことですけどね。キャラを表現するのって、自分を切り売りするみたいなとこ、ありますよね!」

 王太子様の創造に対する姿勢が意外なほど真摯だったことには、感銘を受けた。

 そう、何かを作るということは自分の一部をその何かに落とし込むこと。それが二次創作であっても、自分成分が少なからず混じった上でのキャラ設定だったり世界観だったりするので、“自分との対話”は創作には欠かせない。

 「それって楽しくもあり、苦しくもあり・・自分のいい面も悪い面も発見しちゃいますからね。」

 王太子様は口を半開きにして呆然として・・やがて言った。

 「こ・・ここまでの理解に達している者が、この王宮にいるとは・・こんな会話を身近に交わせる日が来ようとは思わなかった!オリータ、そなたの理解に感謝するぞ!」

 「ありがとうございます。でもまあ・・あれですよ。王女様の言うことも一理あるかと。」

 「うっ。」

 「お姉さんの縁談のことくらいは、ちゃんと知っといたほうがいいんじゃないかなーと・・それでなくてもただの縁談じゃなくて、いろいろ絡んでたわけで・・」

 「・・・・」

 王太子様はうつむいてしまった・・かなりしょげているので、本人もわかってはいたのだろう。ちょっとかわいそうになった。

 「いやあ、あれですよ、次から気をつけましょう!次の機会に頑張ればいいんじゃないですかね!」

 「そうね。」

 振り返ると、王女様がいた。

 「オリータの言うとおりだわ。ウェルト。今後は王太子として周囲への目配り“も”怠らぬよう。」

 「はい・・姉上。」

 王女様が目配りも、の“も”に力を入れたのは、普段の自分を踏まえてのことかな?重度のBLオタクながら、それを同志以外に悟られないほどに、公務や勉強はきちんとこなしている人だ。

 「では、私とオリータは戻ります。クローネ・・あら。」

 クローネさんは、カルセドくんと会話中だった。

 「いや、そんなこと言ったって、おれにあれがなんとかできると思うか?」

 「そこをなんとかするのが、お仕えする者の責務ではないか。」

 「だから、気を回して王女殿下に先に申し上げたのだ。両陛下に直接報告せず!」

 「いきなり人頼みですか。将来の国王たるお方に仕えているのに、気概が足りない。」

 「お前・・そこまで言うか?」

 何やら剣呑な雰囲気だ。王女様が歩み出た。

 「クローネ、そこまでになさい。カルセドの言うとおり、この件はオリータでなければウェルトの反省は引き出せなかったでしょう。お父様やお母様に直接報告しなかったのも良い判断でした。カルセド、姉として礼を言います。」

 「は・・光栄に存じます。」

 手を胸に当てて礼を返すカルセドくん。クローネさんは口をとがらせてそっぽを向いた。

 

 「クローネ。いつものことではあるけれど、カルセドに少し厳しすぎはしない?」

 王女様の部屋に帰る途中、廊下を歩きながら王女様は言った。

 クローネさんはまだむくれている。

 「カルセドくんて知り合いなの?クローネさん。」

 「そんなところです。認めたくはありませんが。」

 「カルセドリオ・シグラント・・第三武爵家の次男で王太子側近にして武術指南役。そして・・王宮近衛騎士団長クローネ・ランベルン第一武爵家の幼なじみにして婚約者でもある。」王女様は歌うように言った。「そうだったわね、クローネ?」

 「うぇっ?!」

 婚約者?!

 「クローネさんて失礼ながらお年は?」

 「・・17です。」

 「カルセドもね。3歳の時に決まったのだったわね。」

 「ええ・・親同士の決定で。私はアレのことは何とも思っておりませんが。」

 「アレって・・なんでそんな扱いなの?」

 「アレが中途半端な男だからです。」

 「中途半端?」

 「アレは幼い頃より、私に剣術・槍術・棒術・格闘術・弓術・馬術のいずれにおいても、私には勝ったことがありません。なのに・・」

 「なのに?」

 「捕縛術だけは妙に上手いのです!一度捕まったら最後、必ず押さえ込まれるのです。それだけはどうしても勝てないのです!全ての武術の中でたった一つですよ!第一武爵家の娘として!王宮近衛騎士団長として!“ランベルンの隼”として!そんな一点豪華主義な武技しか持たない中途半端な男に勝てないのは悔しいし、屈辱です!」

 「一点て・・てかそれ、弱点を克服できないことの八つ当たりでは・・」

 経歴的にも、“ランベルンの隼”にここまで言わせる点でも、中途半端という言葉はあたらない気がする。嫌いなあまりの言いがかりではなかろうか。

 「でも、クローネ。貴女がさらに修練を積めば良いのでは?」

 「そうなのですが・・私が修練を積めばアレもさらに積み増しますし。」

 「それはそうでしょう。第一武爵家の婚約者としては恥ずかしい武技は披露できませんし、ウェルトの武術指南役としての誇りもあるでしょうし。」

 「その・・武術をのぞけばどう思ってるの?見た目とか人柄とか。」

 「見た目ですか?顔の造作は悪くないと言えないこともないです。人柄は・・」

 「たとえばさ、見栄っ張りとか。」

 「いいえ。アレは身の丈に合った生活をしています。」

 「女癖が悪いとか。」

 「幼なじみの私以外は、女性をむしろ苦手としているようです。」

 「お金に汚いとか。」

 「アレも含め、シグラント家は質実剛健の気風で通っています。」

 「勉強嫌いとか。」

 「騎士の仕事の合間に、王宮内の図書館に通い詰めていると聞きます。」

 「優良物件だよ。」

 「そうよ、クローネ。」

 クローネさんは頭を抱えて悶絶した。

 「だからイヤなのです!捕縛術の一点を除けば、嫌いになる理由が見当たらない!」

 「いや、そんな無理に嫌いにならんでも!」

 「クローネ、そのようにカルセドを評価しているのなら、本当は満更でもないのでは?」

 「そ、そんな・・そんなことは断じてありません!止めて下さい、王女殿下~!」

 クローネさんが半泣きになったので、追求はそこまでにした。王女様の部屋の前で今日はお別れである。

 「今日は本当にありがとう、オリータ。おかげでウェルトも少し落ち着くことでしょう。」

 「いえいえ・・ヒギアはすごく良いものばかりだったので、私も見られて良かったです。」

 「今日はすぐ帰国するの?」

 「ええ・・あ、その前に城下でウスイホンを仕入れていこうかな。」

 「良いものがあれば、あとで私にも見せてもらえる?」

 「はい、もちろん。では、これで失礼します。」

 「ええ。ごきげんよう。クローネ、オリータをお送りしてね。」

 「承知いたしました・・」

 はあ、とため息をつくクローネさんを慰めつつ、私は城下への馬車に乗ったのだった。

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