2-1 折田桐子 呼び出しをくらう
秋も深まったある日、私は仕事帰りにコンビニに寄ろうとハンドルを切った。大体週一で通うあのコンビニには、知り合いが働いている。
彼女の名前はクローネ・ランベルン。ある問題を解決するために異世界から日本にやってきた。問題は解決したんだけど、社会勉強のためにそのままコンビニ勤めを続けている。
「んん?」
コンビニがある辺りの様子がおかしい。
道路に赤い光が明滅し、見物人とおぼしき人たちが何人かいる。
コンビニの手前で車を駐めて歩いていくと、赤い光に照らされた金髪が見えた。紛れもなくクローネさんの頭!クローネさん、なんかした?!
あわてて見物人をかき分け前に出ると、コンビニの駐車場でお巡りさんがクローネさんと話している。
「あ、折田さん!」
クローネさんはお巡りさんに軽く会釈をして、私の方に歩いてきた。
「ど、どうしたの?!」
「いや~お店に強盗が入りまして。」
「えっ!!」
「でも、捕まえましたのでご安心ください!」
「捕まえた?!」
「これでも王国の近衛騎士団長ですよ?」
クローネさんは私の耳にささやいた。
・・そうだった。クローネさんは異世界の故郷ヴェルトロワ王国で“ランベルンの隼”の異名を取り、最年少で選出された近衛騎士団長で・・実際に見たことはないけど、武術ではすごいらしい人なのだ。
「相手は拳銃を持っていましたが、手首に一発食らわせたら落としたんです。後は腕をひねって肩を押さえて、柳沢さんに警察を呼んでもらいまして・・」
「け・・けけけけ、拳銃?!ちょっと、危ない!拳銃って、弾が当たったら大変なことになるんだよ?!へたしたら死ぬんだよ?!」
「はい、警察の方にもそう言われて怒られました。でも王国の騎士としては何もせずにはいられなかったものですから・・以後、気をつけます。」
そう言って、クローネさんはニコッと笑った。
本当に反省してるのか気になるところけど、まあ、とりあえず無事で良かった。
「ところで、折田さん、お買い物だったのでは?」
「ん?あ、そう、お茶を買いに来たんだった。」
「あとは店長さんにお任せしましょう。どうぞ!」
店に入る前に、ここの店長をしているおばあさんが腕組みでお巡りさんと話しているのが見えた・・と思ったら、突然パトカーのドアを蹴った!ゴンッ、と結構な音がした。
「強盗があれに乗ってるんですよ。私たちが危ない目に遭ったので、店長さん、相当頭にきてるみたいで。」
お年は70を2つ3つ超えてるらしいのだが、元気な人である。
店内は思いのほか普通通りだった。若い男の店員さんが一人、一番くじの景品であるフィギュアを慎重な手つきで並べ直していた。背がひょろりと高く、長髪を一つ結いでまとめている。2本の前髪が触覚のように顔にたれていた。
「すみません、柳沢さん。一人で片付けさせてしまって。」
柳沢さんと呼ばれたその人は振り向いた。太い眉毛と大きな目が愛嬌がある。
「事情聴取、終了?」
「はい。」
「ごくろうさん。あ、いらっしゃっせー。」
私はひょこっと頭を下げてそばを通り過ぎた。そのとき、柳沢さんが並べていた物が目に入った。
「魔法騎士(まじっくないとがーる)エレメンツ!」
娘の沙緒里と見ているアニメのキャラクター逹が、決めポーズもかっこよく颯爽と並んでいた。
「あ、知ってますか。」
う。
「・・あ、その、あれですよ、なんだ、いやーもう、娘が大好きで。はははははは。」
オタクが染みついた人間は漫画やアニメに詳しいことを指摘される(またはされそうになる)と、本能的にそれを隠そうとしてうろんな行動を取ることがある。たとえ相手に悪気が無くても、だ・・
(・・・?)
ふと、感じた感覚に心の首を傾げる。
(この柳沢さんて人・・)
怪しい、と心の中でつぶやく。いや、何が?えーと、昔よく感じたこの感覚。
「推しとかいたりします?」
「!」
推し、という言葉にオタクのアンテナが反応する。
いやまて。“推し”なんて言葉、今はオタクじゃなくても使う。そうじゃなくて、この人は・・
(“匂い”がする)
そう、オタクの匂いが。
オタクは同志の気配に敏感である。気配とはなにかというと、相手のたたずまいとか雰囲気とか言葉使いとかいったところか。
今回の場合は、『あ、知ってますか。』という言葉だ。普通はいい大人が子ども向け魔法少女アニメに興味を示したとたんにひいて、聞かなかったことにする。だが彼は私の言葉に応えた。のみならず『知ってますか。』と言った。これは、『(自分も知ってるんですがあなたも)知ってますか。』いうことだ。
アンテナにヒットしたのはそれだけではない。
(あのキャラ達のポーズ。アニメの決めポーズを全て、完璧に再現している!)
それに気づいたのはたった今だが、見れば見るほどすばらしい。あげた腕や折り曲げた足や顔の角度の再現性がすごい。
(これは愛だ。キャラ達への強い愛情だ!)
アニメキャラへの強い愛情を、“一般人”はあまり示さない。
つまり柳沢さんは、オタクの可能性が高い・・
相手がオタクかを確認するために、私は地道にジャブを繰り出して相手の反応を見る。
「推しねえ・・今は誰が人気なんですかね?」
「やっぱ一番人気は“緑の癒やしの戦士”エアルちゃんすかねー。」
私が口に出してないキャラ名をいきなり二つ名まで答えてきた!もう一押し。
「エアルちゃんかあ・・たれ目とふわふわの縦ロールがほのぼの感を出してますよね。・・柳沢さんはいかがですか?」
「おれもそう思いますね。でもクール担当のアイシアちゃんも良いっすよ。」
クール担当、と来た。さらに一押し。
「かわいい担当のフローレちゃんはどうですか?」
「“愛の桃花の戦士”フローレちゃんっすね。キャラデザの配色が鬼甘っすけど、あそこまでやるといっそ清々しいっすね。」
配色にまで言及するとは。
私達の目が合った。その目はお互いにこう言っていた。
(柳沢さん、あなたはやはり・・)
(お客さん、こっち側の人っすね・・)
「実は私の推しはアイシアちゃんなんですよ。」
「子どもさんと同じですか。」
「すみません。ここまで語れるお方とは知らず、ちょっと嘘つきました。彼女は私の推しです。時々見せるドジっ子要素にギャップ萌えです。」
「ドジっ子のさりげない描写がまた良いっすよね。ちなみに購入券はカウンターっす。」
「よっしゃ。」
カウンターに向かうと、なぜか生暖かい半目のクローネさんが購入券の箱を差し出したので、一枚購入。アイシアちゃんグッズを念じて、箱から一枚くじをひく。
「こちらになりまーす。」
「・・・・」
残念、“赤き情熱の戦士”フレイルちゃんのクリアファイルだった。
(沙織が欲しいって言うかなあ・・)
そう考えながら帰りかけてクローネさんに止められた。
「折田さん、お茶は買わないんですか?」
そーだった。そもそもお茶を買いに来たのだった。
結果として、最推しがフレイルちゃんだったので、娘・沙緒里は大喜びだった。
子ども達とご飯を食べた後、ダンナの晩酌のおつまみをちょびちょび食べながら(太らないために・・食べなければいいという発想はない)、強盗事件のことを話して聞かせた。
「へえ~、身近にそういうのがあると怖いねえ。」
身長180センチ体重90キロ超のダンナは、顔をほんのり赤くしながら、そう感想を述べた。
「コンビニ強盗なんてテレビの中だけだと思ってたからさー、びっくりだよ。」
「ほんとだねえ。で、その知り合いの人って、なんか武道やってる人?」
「うん、近衛騎士団長だから。」
「なんて?」
「騎士・・あ、あのえーと、なんかさ、中世の騎士の剣術を引き継いだ流派とかなんとか・・外国の人なのよ。」
「マジで?そんな人がいるのか~。」
今は多少お腹が出ているが、ダンナは学生時代のほとんどを柔道に費やした人なので、武道系の話に反応する。
「ひまわりマートの三(さん)口(くち)店にいるんだけど、仕事帰りに寄るうちに仲良くなってさ。」
ひまわりマートは私達が住む某県内でだけ展開しているコンビニチェーンである。我が家は某県天馬市の三口町にあり、そこにあるクローネさんの店はひまわりマート三口店というわけだ。
「桐子さん、服の中で何か光ってるよ?」
「んん?ホントだ。」
襟を引っ張ってギョッとした。
光っていたのは光沢を帯びた黒い石、“ブラゲトス”だ。ヴェルトロア王国の王様からもらった指輪に取り付けられているのだが、今は100均で買った革紐を通してネックレスとして身につけている。
『折田。聞こえるか?』
む?
『折田!折田ー!!おーりーたーーー!!!』
頭の中に直接響く聞き覚えのある野太い声。
(ローエンさん!!)
怒鳴っているのは、クローネさんの故郷ヴェルトロア王国所属の大魔導師ローエンさんだった。
『こらー!折田ー!!聞こえんのかー!!』
(聞こえてるよ、聞こえてるけどちょっと待って!)
『待てん!早く来い!』
何これ、心の声が通じてる!
「どうしたの、桐子さん。それ、懐中電灯か何か?」
「え?あ、ああ、そう・・なの、友達からもらった、」胸元から光る指輪を、あえて引っ張り出して見せる。「おもちゃの指輪でね、光る機能も付いてるの。たまに誤作動するのよ。ははははははは。」
「へ~、今はそういうのもあるんだ。」
ダンナが一人で感心している隙に、ローエンさんに応答。
(今、ダンナが目の前にいて話せません!明日じゃダメ?)
『なんで明日だ!』
(いや、ちょっとビール飲んじゃったし、もう寝ようかと思ってたので)
『寝ようと・・?王家の一大事なのだ、今すぐに・・王女殿下、よろしいので?』
王女殿下?王女様?
すぐに思い浮かぶ白百合のような美貌と優雅な物腰。ヴェルトロア王国の王女様エルデリンデさんのことである。
(王女様がどうかしたんですか?)
『久しぶりね、オリータ。元気でいて?』
(うわー、王女様!お久しぶりですー、ご無沙汰してましたー)
『今、旦那様がおいでなの?では忙しいところかしら?明日にしましょうか?』
(もしかしてウスイホンの新作が出ました?)
『ウスイホンの・・ああそう、出たわ、月下のベルナの新作が一気に2冊も出たの!しかも、そのうちの1冊は新しい物語・・そうね、今はその話ではありませんね、魔導師殿。』
王女様は私のオタク友達である。学生時代どっぷりオタク生活に浸っていた私は就職時にそれを封印した。でも、近頃王女様との出会いを通して封印を解除。今は十数年のブランクを埋めるべく、スマホで色々調査研究しているところである。
『実は相談したいことがあるのです。でもそれほど急ぐことではないから、落ち着いたら連絡をいただける?』
はて?さっきローエンさんは王家の一大事とか・・
『そう・・一大事は一大事なのだけど、今日明日ということではないから大丈夫よ。』
????・・何なのだろう。王女様の背後でなにやらぶつぶつ言うローエンさんの声がするけど、無視して明日連絡することにした。
「・・さん?桐子さん?」
「・・はっ!!ああ、ゴメン!変わった光だなあ、ってつい見いっちゃった!」
ダンナは、ホントだー、黒いのになんで光るんだろーって素直に不思議がっている・・それが、なんだか騙してるようで申し訳なくなってきた。オタクに寛容なダンナだが、異世界となるとまた話は別だ。わかってくれるだろうか・・
翌日。
仕事が終わって即、ひまわりマート三口店に駆けつける。
「はい、私にも連絡は来ました。」クローネさんはひそひそ言った。「でもやっぱり王女殿下がそれほど急ではないとおっしゃって。魔導師殿はご不満のようでしたが。」
今日も同じシフトの柳沢さんを気にしながら、クローネさんは首を傾げる。
「急ぎではないけど王国の一大事って・・」
「矛盾してますよね。まあ、王女殿下が大丈夫とおっしゃるなら、大丈夫なんでしょうけど・・近衛騎士団長としてはちょっと気になります。」
どちらからともなく柳沢さんの動向を探る。防犯カメラのモニターには奥の方でモップを使っている柳沢さんが映っていた。
「行ってみますかね。」
私は胸元からブラゲトスのついた革紐を引っ張り出す。クローネさんも白いパレトスが下がる革紐を引っ張り出した。
「あ、でも私、一人でやるのはまだちょっと不安かな~」
「では、一応手をつなぎましょう。転移の途中ではぐれても何なので。」
「そだね。」
異世界で1人はぐれるのは勘弁願いたいので、カウンター越しにクローネさんと手をつないだ。
「では行きますよ。まずは私の実家の玄関を強く思い描いて下さい。」
「クローネさんの実家ね。よっしゃ。」
花で飾られた紺色の大きなドアを思い浮かべる。
(ブラゲトス、私をクローネさんの実家に連れてって!)
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