昔○○だった者達へ
下藤じょあん
1-1 近衛騎士団長の勧誘
「どうか王女殿下を救ってくださいませんか!」
「・・・・」
そう言う彼女はコンビニのカウンターから身を乗り出しそう言った。 私はカウンターに乗せた自分の買い物かごを見、彼女を・・コンビニの店員さんである彼女を見た。
「あの、会計・・」
「あ」
彼女もかごを見た。自分の仕事を思い出してくれたようだ。もしかしたら劇団員さんか何かで、思わず台詞が出ちゃったのかなどと考える。
ふと彼女の胸元に目が行った。ネームプレートに「クローネ・ランベルン」と書かれている。ショートボブの金髪と緑色の目で外国の方だとは思っていたけど、こんな名前だったのは今知った。このコンビニは半年前から週に1.2回通っているのだが・・
慌ててバーコードを読み取りだした彼女、クローネさんの手がふと、止まった。
「いや、そうじゃなくてですね。」そして、また身を乗り出した。「王女殿下を救ってほしいんですよ!」
「はあ。」
げんなりして彼女を見返す。今日は細かい仕事が続いて疲れているし、早く帰って晩ご飯の支度もしないとなのだが・・
「いや、台詞の練習はいいのでお会計お願いします。ちょっと急ぐんで。」
「練習なら何回もしました!貴女に私の願いを聞き入れてもらうために!」
語尾がいちいち強い。
「王女殿下は“黄金の白百合”と異名を取る美貌と澄んだ泉のごとき聡明さを兼ね備えた、我ら騎士団も自慢の姫様なのですが、とある病にかかられまして・・そのために我が国が存亡の危機にあるのです。」
「ストップ。」
「はい。」
「お会計してくださいな。」
「あ、はい、すみません。・・で、ですね、その病を治せそうなのは貴女だと思われるのですよ!」
また始まった。
「私、お医者さんじゃないですよ。いっかいの市の臨時職員です。」
「いえいえ、我が国の誇る大魔導師ローエン様が下さったこの指輪が教えてくれてます。確かです。大丈夫です。」
「あ、忘れました、レジ袋も下さい。」
「はい、袋一枚3円になります・・で、この指輪がそうなんです。」
職務を促すことでクローネさんを現実に戻そうという試みが余りうまくいかない。病というなら彼女の方ではなかろうか。だがクローネさんは右手でレジをたたき、左手の中指にはめた銀色の指輪を見せた。ところどころ黒ずんでいるが、細い線でうねるような曲線と木の葉がびっしりと彫られている。
「ほほお・・これはなかなか・・」
うっかりほめたらクローネさんの目がらんらんと輝きだした。
「そおでしょ?!なにしろローエン様のご先祖が妖精の女王から賜った逸品ですから!」
「お会計頼みますよ。」
「あ、412円になります。500円からいただきまーす。」
これはいかん。自宅最寄りの使い勝手の良いコンビニを見つけたと思ったが、これではもう来れない。
「おつり88円になりまーす。」
おつりをトレイからかっさらうようにして出口に向かった私の前に、クローネさんが現れた。それはもう突然に、降ってわいたかのように。
「さっきまでカウンターの中にいたのに!」
「ふふふ・・これも指輪の力です。魔導師様が仲介し、私の血を使って結んだ契約のおかげで、指輪の持ついくつかの能力が使いたい放題です。もう逃がしませんよ。」
「いやだこの子、怖い!」
「大丈夫ですって、痛いことないですから。さあ、我が国へ参りましょう!」
「ダメダメ、私これから帰ってご飯支度!お腹をすかせた2人の子どもが待ってるの!」
「時間はたちません。またこの国のこの時間に帰って来れますから。それもこの指輪の持つ力!」
クローネさんの手ががっしりと私の手首をつかんだ。
かなり力強い・・逃れられない・・!
「それではいざ、我が故郷、麗しの“緑滴る国”ヴェルトロア王国へ!」
「ひょえっ!」
たとえて言うなら、いきなりジェットコースターの頂点から滑り落ちるような感覚。
息が詰まる、と思った瞬間足が地面についた。前につんのめりそうになって、慌ててバランスを取ったがアラフォーの膝に来た。
「着きました!」
クローネさんの弾んだ声に、膝の皿をマッサージしながら顔を上げる。
「おお・・」
目の前には白くて高い石の壁がそびえていた。所々に瑞々しい緑のツタがからみ、白壁との対比が美しい。
「指輪の力で私達のことは伝わっているはずです。行きましょう。」
クローネさんは私の手を引いてすたすた歩き、大きな門の前で止まった。白木にツタを模した黒い鉄の飾りと取っ手が付いた瀟洒な作りである。
「止まれ!」
ガシャ、と金属音がした。鎧で全身を固めた衛兵さん2人が私達に槍を突きつけている。
「話、通ってなくない?」
「末端まで届くのに時間がかかるんでしょうか、まったく・・無礼者!」クローネさんは堂々と一歩踏み出した。「近衛騎士団団長クローネ・ランベルンである!国王陛下の客人を案内してきたのだ。門を開けよ!」
「近衛騎士団長殿だと・・?」
衛兵さん達はいぶかしげにじろじろとこっちを見る。それはそうだろう。
「クローネさん、そのコンビニの制服がまずいんじゃ?」
「む?あわわ・・ちょっと待っていろ!」
クローネさんは木陰に飛び込み、又駆け戻ってきた。出てきたときは金糸の刺繍をふんだんに施した濃緑色の上着に白のズボン、白金に輝く肩当てとすね当てをつけている。最後に上着と同じ濃緑色のマントを肩から提げて、クローネさんはにこっと笑った。
「これでわかるか?」
衛兵さん達はまじまじと見つめ・・肩の辺りで目をとめた。
「その肩当ての“盾に絡まる葡萄”の紋章は確かにランベルン第一武爵家のもの・・ご、ご無礼いたしました!」
「かまわぬ。では通して貰うぞ。」
「ははっ!」
門扉がかすかにきしんで開く。木や草のすがすがしい匂いがふわりと流れてきた。
「おお・・」
目の前に白い石壁と群青色の屋根を持つこじゃれたお城がたっていた。窓辺には花が飾られ、入り口への続く白砂を敷き詰めた小道にはカーブに沿って薔薇の生け垣が作られている。もちろん、生け垣の他にもあちこちに木や草花が植えられ、何も植わっていないところは手入れの行き届いた芝生だった。
「ようこそ、ヴェルトロア王国へ。こちらが王宮です。きれいでしょう?」
「すごい庭だねえ・・まるで夢みたいだよ・・」
言って気がつく。
私は今どこにいるんだっけ?それこそ夢の中なんじゃ・・
「王宮だからこうだっていうわけではないんですよ。貴族や騎士から庶民までどこの家も緑と花に囲まれています。それが我が国、我が故郷、ヴェルトロア王国です。一年中、たとえ冬でも何かしらの花が咲いています。」
「ああ、ヴェルトロア王国。ね、ここって・・現実?それとも私、夢見てる?」
王宮に入った私達は白い石の廊下を歩いていた。真ん中には濃緑の絨毯が敷かれ、足音一つ立たない。窓からは美しい庭の風景が次々見えては消える。
「夢じゃないです。指輪の力で全く違う世界にお連れしたんです。」
「ああ、指輪・・いやいや、やっぱり夢みたい。信じられないよ。」
「そうですか・・そうですよね、日本に初めて着いたときは私もそうでした。でも、すぐ慣れますよ。」
「はあ・・」
「あ、でもそろそろ国王陛下と王妃陛下のいらっしゃる執務室です。あの・・陛下のお客様ともなれば、本来大広間で華々しくお迎えするところなのですが、王女殿下のご病気という国家機密に関わることでお連れしたので、始めは執務室で密かに謁見することをお許しください。」
「いやいや、そんなそんな。お気遣い無用ですよ。だって私・・いっかいの市臨時職員で2児の母で、あと、平凡な人妻ですから。腕利きのお医者さんとかじゃないですから。」
華々しく迎えられて無駄に期待値を上げられても困る。
「こちらこそお気遣いいただき、ありがとうございます。では・・」
深呼吸したクローネさんは張りのある声で名乗った。
「近衛騎士団団長クローネ・ランベルンです!謁見をお許し願います!」
黒い鉄のツタと木の葉で装飾を施した高さ2mほどの木のドアが音もなく両側に開くと、すらりと背が高く濃いグレーの長衣に身を包んだおじいさんが立っていた。
「お帰りなさい、クローネ・ランベルン殿。両陛下とも待ちわびておられましたよ。」
オールバックになでつけた長い白髪ときれいに整えた細いあごひげが似合う面長の顔がにこりともせずに私達を出迎えた。
クローネさんはおじいさんに笑顔で会釈をすると、まっすぐ進み出た。
私もその後に続くけど、今更緊張してきた。
夢だろうが何だろうが、ともかくも今この国で一番偉い人の前に立つのだ。いっかいの市臨時職員で2児の母で平凡な人妻の私が、である。さっきまでコンビニで買い物をしていたのに、いきなり天皇皇后両陛下の前に出るのと同じだ・・これが緊張せずにいられましょうか。
最初に目に入ったのはシングルベッドほどもある黒木のどっしりとした机だった。机にも金でツタと葉の意匠が飾られている。そして、その向こうに男の人が座っていた。
「うおお・・」
思わず驚きが声に出て、ハッと口元を引き締める。
「陛下、ご機嫌麗しゅう。」
クローネさんが胸に右手を当ててお辞儀した。
「うむ。」
先ほどのおじいさんより白い、いや、銀に近い長髪と胸を隠すほどに伸びたふさふさのあごひげが日光を受けてきらきら光る。恰幅のいい体に纏う長衣は群青のベルベットみたいな布に金糸の刺繍でたくましい木とその枝が胸から肩に施されている。頭にかぶる王冠はエメラルドのような緑色の石を中心に金のツタと木の葉が絡まり合った精巧なデザインの透かし彫りが施されていた。
目が合った。
焦げ茶色の瞳が優しく私を見た。
私は無意識にお辞儀していた。
「クローネ、その方が?」
王様の右側から声がしてそっちを見ると、女性が座っている。王妃様だった。
まるで金色の月を人にしたような優美さ。白に近い金髪は床にまで落ち、色白で卵形の顔を縁取る。目は淡い青で、翡翠みたいな石を飾った王冠の銀のツタや木の葉の浮き彫りとよく調和している。ドレスは銀色の木と枝を刺繍した白。
こりゃいかん。ちゃんとご挨拶しよう。
「あ、あの、はじめますて。」かんだ。「はじ・・はじめまして!私は折(おり)田(た)桐子(とうこ)と申します!」
緊張の余り声がうわずる私を優しく見つめて王妃様は言った。
「オリータ殿・・でよろしくて?」
「あ、いえ、折田です。姓が折田で名は桐子と・・」
はっしますと言いかけて口をつぐむ。最近テレビで見た映画に影響されすぎた。
「ト・・トゥーコ?」
「いえ、桐子です。」私の名前は発音しにくいのか?「あ、オリタ・・オリータでいいです。言いやすい方でお願いします。」
「ありがとう。そうさせていただくわ。」
ほおに片手をあててはにかみ気味に微笑むのもまたすてきだ。
「では、オリータ。」
微笑む奥様を見やり、同じく微笑んだ王様が口を開いた。
「そなたが我らの娘の病を治癒するということでよいのかな?」
う。
しまった、この重大な話を忘れていた。
「そ、そのことですが、何かの間違いじゃないかなーと・・私はお医者さんではなくてですね、いっかいの市の臨時職員で2児の母で平凡な人妻なんです。」
「だが、ローエンの指輪が示した者であろう?そうだな、クローネ?」
「はい、ご覧下さい!」
クローネさんが例の指輪を高く掲げた。
「指輪よ、この者・・いや、折田さんが王女殿下の救世主たることを証明せよ!」
初めてクローネさんに折田さんって呼ばれたなあ・・と思っていると、目がくらんだ。
指輪がビカビカと、強烈な虹色の光を発している。
「「おお!」」
王様と出迎えのおじいさんが一緒に声を上げた。
「やはり我が国では魔力がなじむのか光の出が違います!日本ではほんのり虹色に光る程度でしたから!」
「クローネさん、目が~目~が~!!」
やがて光がおさまり、残像に悩む私をよそに話は進んだ。
「まさしくこの者は我らの求める者である。ご苦労であった、さすがは我が国の誇る近衛騎士団の団長。よくやってくれた。」
王様のお褒めの言葉にクローネさんが右手を胸に当てて礼をする。その顔は誇りに満ちていた。
「オリータ、それでは早速王女に会ってもらえるかな?」
「え?!いやあの、ですから私は・・」
「我らも親でありながら娘の苦しみをつい最近まで知らなかった・・我々のすべきことをその方に肩代わりさせるのは誠に慚愧の念に堪えぬ。だが、今のところ、我らには打つ手がないのだ。どの医師も薬師も、神殿の神官もさじを投げた。しかも、この病が原因で、我が国に危機が迫っておる。」
王妃様の顔がふっと曇る。そういえば、クローネさんも存亡の危機とか言ってたような?
「王女は今、ガルトニ王国の王太子から結婚を申し込まれています。ですが、病故にそれを断ったのです。」
ん?病気じゃ仕方ないのでは?
「それで納得してくれれば良かったのだが、ガルトニの使者が王太子が体面をつぶされたと激怒している、このままでは戦も辞さない、と言ってきてな。」
王様はため息をついた。
「何度か王女と話してみたが、病を理由に結婚できぬの一点張り・・我が子ながら聡明な子で、大陸の政情はよく理解しているなずなのに、ガルトニとの友好を壊しかねないこの縁談の件では、一歩も引かぬ。」
「じゃあ、つまり・・王女様の病気が治らないと・・」
「我が国は大陸一の強兵と国力を持つガルトニ王国の侵攻を受けることになろう。」
「侵攻・・それって戦争になるってこと?」それはまずい。いや、でも。「あの、ホント、申し訳ないんですけど・・」
「いえいえ、折田さん、指輪を信じましょう!」クローネさんが拳を握りしめた。「折田さんならできます!なんたって指輪が示した方なんですから!」
王様は目を閉じ、うなずいた。
「そうじゃな・・信じるしかあるまいな。いや、信じよう。頼むぞ、オリータ。」
待って皆さん、もっと合理的に論理的に考えて!
「私からもお願いします。王女の病を治して下さい。クローネ、オリータ殿をしっかり補佐なさい。」
「はい、王妃陛下、お任せ下さい!」
「いやいやいやいや、ちょっと!」
「それでは失礼します!さあ、行きましょう、折田さん!」
クローネさんにつられて慌てて礼をし、引きずられるようにしてドアの外に出る。
ドアが閉まる間際に見えた王様と王妃様の希望に満ちた視線が痛い。
静かにドアが閉じたのを確認してから、私はクローネさんに文句をたれた。
「どーすんの、医療どころか応急手当もろくにできない私が国家存亡の危機を解決とかできるわけないじゃん!マジでやばいって!」
「申し訳ありません、折田さん。でも・・一刻も早く両陛下に安心していただきたかったのです。お二人ともご心痛が絶えなくていらっしゃったので。」
「それは・・まあ、そうだろうけど。」
私だって子ども達が知らない間に重い病気で悩んでいたら、そうなるだろう。
なるだろうけれども!
「大丈夫です。私はローエン様の指輪を信じます。折田さんならきっと何とかできるはずです。まずは王女殿下にお会いして下さい。こちらへどうぞ。」
私は仕方なく、再び毛足の長い絨毯の上を歩き出した。
「それにしてもさ、結婚断られたくらいで戦争になりそうとかっておかしくない?その王太子さん、人として問題があるよ。どんな人とか聞いてる?」
「王太子ヨシュアス・ガルトニオス王太子殿下ですね。ではちょっと説明しましょう。先ほど陛下も言われたようにガルトニ王国は我々が住む大陸最強の王国です。尚武の気風を持ち、狼と言われる軍勢を抱え、近隣諸国との戦には負け無しです。あ、・・どうぞ、このドアから一度外へ出ます。王女殿下のお部屋のある建物には外からお庭伝いに行くのが早いのです。」
「おお・・」
舗装した小道に沿って色とりどりのつる薔薇がトンネルを作っていた。花は嫌いじゃないのでゆっくり見たいけど、話の続きを聞かねばなるまい。
「ガルトニの現国王は歴代国王の中でも最強との誉れ高い方ですが、お父上に勝るとも劣らぬ勇猛果敢さと噂されるのが、その次男で王太子のヨシュアス殿下なのです。」
「次男なのに王太子なの?」
「かの国は武勇を尊びますので、つまりはご長男を差し置いて立太子されるほどの勇猛さだということです。事実、14歳で初陣を飾ったときは北方の蛮族の砦や城をいくつも攻め落とし、ガルトニの北方に版図を広げるのに大いに貢献したと言われています。他にも、熊を素手で殴り殺したとか、国の武術大会で1人で10人をねじ伏せたとか、戦場で読書していた者を惰弱だと罵り軍法会議にかけたとか、練兵中に武器の手入れを怠った者を見つけその場で地下牢に入れたとか、そんな噂がいくつも聞こえてきています。そんな方がエルデリンデ様に結婚を申し込んできたのです。あ、エルデリンデ様とは王女殿下のことです。」
てへっと笑ってクローネさんは頭をかいた。
「小さな頃私は騎士団長の父に連れられてよく王宮に来ました。その時殿下がよく遊んで下さったのです。それでつい気安くエルデリンデ様と呼ぶ癖がなかなか抜けなくて。」
「もしかして・・両陛下とも親しかったり?」
「はい、お二人にもかわいがっていただき、お菓子や花ををいただいたりしました。お二人のお膝に乗せていただいたこともあります。」
「そっか・・」
クローネさんが一生懸命なのは、そういうつながりがあるからなんだろうな。
「話がそれました・・まあ、そんな王太子なので・・直接王女殿下からお聞きしたわけではないのでアレですが、病と言って断りたくなるのも無理は無いと思うのです。王女殿下はお小さい頃から文学と音楽と絵画をこよなく愛し、特技は本物と見まがうほどの花を刺繍できることで、貴族も庶民も分け隔て無く接する公平さと慈愛をお持ちの方です。対して先方は・・話を聞く限りでは王女殿下と似合いの夫婦とは絶対ならないように思えるのです。」
「たしかに・・その噂が本当なら結婚も断りたくなるわ。」
短気で冷酷でおそらく脳筋タイプとくれば、私でもイヤだ。
「私だってイヤです。でも・・戦にまで発展するとなると・・」クローネさんはため息をついた。「我が国騎士団は優秀です。でも勝てる気は余りしません。我が国の兵力は残念ながらガルトニの半分以下です。」
「うーん・・あ、魔法とかってどうなの?」
「あ、魔法戦力はありますよ。大魔導師ローエン様とそのお弟子さん達とか、神殿の神官様方とか。」
「何人ぐらい?」
「全部で2,30人ってところですね。」
「向こうは?」
「ガルトニの魔法戦力は500人はいると聞いています。ほとんどが魔導師としては中級レベルですが、1人強力な女魔導師がいます・・ローエン様はこの大陸最強の魔導師ですし、お弟子さん達も優秀、神殿の神官様方もそれぞれ強い法力をお持ちですが・・」
いい話がない。
「で・・さ、私は、王女様の病気を治すってことだったよね。」
「・・はい。」
「病気を治せば、王女様は結婚するの?その・・真逆の性格の人と?」
「以前、王族として政略結婚も義務のうち、とおっしゃっていました。性格の合わない方との結婚も覚悟はおありかと。」
「王女様の病気ってそんなに重いの?」
「はい。私やエルベ様が医師や薬師や神官など色々頼んだのですが、皆さんさじを投げられました。あ、エルベ様は先ほど執務室で出迎えてくれたおじいさんです。両殿下のおそば近くに仕える侍従長でいらっしゃいます。」
「あー、あの人ね。・・あ、そのほら、例の大魔導師様は?」
「まださじを投げてはおられませんが、日々研究中です。その対策の一環として、私を日本に派遣したのです。」
「で、私が見つかった、と。」
「はい!」
ふと、いい匂いが花をくすぐった。
近くに咲く白い大輪の薔薇の香りだった。
「病気って一体どんな病気なの?」
「それは・・お会いになって直接ご覧になっていただければ・・私の口からはちょっと言いがたいものでして・・ああ、王女殿下のお部屋が見えてきました。衛兵に先触れしてきますので、こちらにかけてお待ち下さい。」
やばい。一体どんな重病なんだ。指輪が何を考えているか知らんが、私に治せる気がしない。
「折田さん!」
クローネさんが駆け戻ってきた。
「王女殿下がお会いになります。どうぞ、こちらへ!」
「あ・・はい。」
いよいよご対面か。
「あの、折田さん。」
「ん?」
「王女殿下のご病状を見ても驚かないで下さいね。」
「・・うん・・?」
色白のなめらかな肌に淡い青の瞳、桜色の形の良い唇。柔らかに輝くまっすぐな金髪が卵形の顔に落ちかかる。白の布に金糸で施した百合の刺繍が上品な長衣。袖口から覗く二つの手は静かに膝の上で重なり、形の良い爪は真珠のよう。
(ああ・・なるほど)
“黄金の白百合”の通称に納得だ。
そう素直に思わせるのが、この国の王女殿下、エルデリンデさんだった。
「急にお時間をいただきありがとうございます、王女殿下。」
「そんな風に言わないで。しばらく貴女に会えなかったから、とても嬉しいのよ。」
そう言ってクローネさんの手を両手で包み込み、微笑む。
「しばらく姿を見せなかったわね。何か大変な軍務だったの?」
「え・・ええ、まあ軍務と言えば軍務ですが・・それほど厳しいものではなかったので、ご心配なさらずに。今日は・・ええっと・・殿下に会わせたい方を連れてきたのです。こちら、折田さんです。」
王女様はまっすぐ私の目を見つめてきた・・柔らかな視線の奥に何か強いものを感じた。
「初めまして、折田桐子と申します。クローネさんの友だ・・」クローネさんが私を見てこくこくとうなずく。「友達です。あ、名前はトウコですが、言いにくければオリータでいいです。」
王女様はちょっと考えて言った。
「では、オリータと呼ばせていただきます。その響きが貴女にぴったりな感じもしますから。」
私と王女様は微笑みあった。
なんかいい人そうだ。でも、病気には見えないな。
血色もいいし、声も姿勢もしっかりしてるし。
「お茶はお好きかしら?」
「あ。はい。」
「では、先日できたばかりのスミレのお茶をお出ししましょう。クローネ、貴女も一緒にね。誰か。」
薄緑色の長衣に白いエプロンをつけた娘さんが現れた。
「ナナイ、スミレのお茶とお菓子を。私もいただくわ。」
「承知いたしました。」
王女様は私達の向かいの椅子に座った。ソファも椅子も明るい緑色の布と明るい色の木を組み合わせていて、白い長衣と金髪がよく映える。
「オリータはお国はどちらでいらっしゃるの?」
「日本です・・あー、えーと、とてもとても遠いところにありまして・・」
「やはりそうでしたか。失礼ですが、服装がこの大陸のものではないと思っていました。」
今日の私の服はピンクのパーカーに黒のジーンズとスニーカー。膝の上には肩にかけたまま持ってきていた臙脂色のデイパック。
一応こんな感じの格好で毎日仕事をしているんだけど、ラフにもほどがあるな。
今更ながら恥ずかしくなった。
「この国にはどんなご用でいらしたの?」
「え。」
いきなり核心に切り込まれて飛び上がりそうになった。心の準備ができてない。
「あの・・実は、折田さんは王女殿下のご病気を治せる方なのです。」
クローネさんが割って入ってくれた。
「私の病気・・」
そこへお茶とお菓子が運ばれてきた。
スミレのお茶と言うだけあって色が藍染めの染色液みたいな色をしている。お菓子もスミレが焼き込まれたクッキーだった。
「ん、美味し。」
お茶は意外にもすっきりとした甘みで、香りもいい。クッキーはほのかに花の香りが鼻に抜け、サクサクしてて美味しい。晩ご飯前だったのでお腹がすいていて、一気に3つほど平らげた。
「気に入っていただけたようで嬉しいです。ところで・・オリータは私の病気を治すということでしたが。」
クッキーが喉に詰まりそうになる。
「あ・・その件なんですけど、その、指輪が何か勘違いしてると思うんですよね。私はお医者さんじゃないんです。それに王女様はぱっと見、病気には見えないんですが・・」
王女様はじっと私を見、それから口を開いた。
「オリータ、貴女は読書は好きですか?」
「は?そ、そうですね・・歴史の本とか読みます。」
実は子どもの頃から読書と歴史は好きで、特に戦国時代物の本は結構読んできた。
「歴史を学んでいるのですね。あれは奥深い学問です。過去を学ぶのは未来を見つめることでもあります。私も我が国や大陸の歴史をひもとくのは好きです。他にも様々な分野のものを読みますが・・」
読書好きとしては、こう返さないわけにはいかない。
「王女様はどんな本が好きなんですか?」
「そうね・・やはり詩や小説などかしら。近頃はセサル・サルマの新作詩集が出たからそれと・・アラタ・ディンの“灰かぶり騎士”シリーズを読み返したわ。ああ、でもやはり一番心打たれたのは・・」ちょっと間を置いて、王女様は続けた。「月下のベルナの新作かしら。」
ぶほ、と小さな音がした。クローネさんがお茶を噴いていた。
王女様は立ち上がって本棚から何か持ってきた。それは何冊かの薄い冊子だった。
「これが月下のベルナの本・・作者の名前、変わってますね。どんな話を書く人なんですか?」
今度はクローネさんがむせていた。むせながら真っ赤な顔で私に小刻みにうなずいている。何か言いたいらしいがさっぱりわからない。
王女様が冊子をテーブルに置いた。白いテーブルの上で表紙の薄紫や薄紅色、深い青が映える。表紙には“待宵薔薇―秘密の花園の奥にて”というタイトルと一輪のつぼみの薔薇が描かれている。
「この作品群の特徴はその文体、使う語句が儚くたおやかにしてあざやか、と形容しましょうか。人生のある一瞬にのみ訪れる美しき時代を典雅に描き出すもの・・です。慣れねば少し刺激的かもしれません。ですが、歴史を学んでいれば様々な事件に出会うもの。これらの作品はそれほど変わったものと思えないかもしれません。どうぞ、読んでみて。」
「はい、ありがとうございます。」
受け取ってぺらりと表紙をめくる。
隣から感じるクローネさんの目の訴え感がものすごい。
5ページほど読んだあたりで、そのわけがわかった。
「・・・!!」
動揺を必死に押し隠す。
クローネさんは脇を見たまま動かない。
王女様は静かにスミレのお茶を口に含んだ。
本はBL本だった。
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