ミライへの軌跡 「光輝の騎士」
野々山嵐
運命という名の悲劇
日常が非日常に変わる瞬間、わたしはそれを運命と呼んだ。そして彼らの戦いは、わたしにとっての運命だった。
兄が消えた。あの日までは、変わらない日常が続いていた。ずっと続くと思っていた当たり前が、終わることのないはずの平穏が、忽然と消えた。
兄が消えた。あの日は、わたしにとって運命の日になった。今まで通りではいられなくなった。
兄が消えた。あの日からの非日常は、やがて日常となった。非日常が日常になるのに特別なことはなかった。ただ虚しく時間だけが過ぎていった。
——そんな
「にいちゃん探してくる!」そう言って、わたしは家を飛び出した。
10年という期間は、落ち込み、立ち直り、計画を立てるのに充分な時間だった。とはいえ、宛てはない。どこに行けばいいのかもわからない。計画なんてあってないようなお粗末なもの。それでもわたしは飛び出した。もう何もしなのは、何もできないのは、嫌だったから。
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木々が生い茂る山の麓にて、2人の男が密会をしていた。深く重なる葉は月光の進入を許さず、今夜の会合は月すら不参加だ。つまるところ、2人の話を聞いている者は誰もいない。
「それじゃあ手筈通りに、後は頼んだよ。本作戦の要は君にかかっている。出来ればもっと人を動かしたいんだけど……人がいなくなりすぎると、ね」
男はどこか申し訳なさそうに頭を掻きながら、眠たそうな眼で正面の青年に視線を向ける。あまり眠れていないのか、その眼の下には隈が見て取れる。
「問題ありません。いつものメンバーで出撃するつもりでした。それでは、いってきます、師匠」
向かいに座っていた青年はそう言うと立ち上がり、一礼する。光が入り込む余地のないこの場においても、青年の髪は金色に輝き、ふわりと踊る。
「うん。いってらっしゃい、アーサー。がんばってね」
男はそう言って青年に向けて小さく手を振った。
アーサーと呼ばれた青年は踵を返し去っていく。向かう先は野営地だ。十八番というか、彼と最も連携が取れるいつもの仲間を探すのだろう。アーサーを見送る男はしばらくの間ヒラヒラと手を振る。アーサーの武運を祈るように。心配なんてしていない、むしろ必要ない。アーサーは凄く強いから、敗ける姿を想像する方が難しいのだ。なのに、なぜだろう。男は胸に閊える一抹の不安が怖くて仕方がなかった。なぜ、だろう。アーサーと話すのはあれが最後なのかもしれない。そんな根拠のない直感が、ジクジクと男の胸を蝕んでいた。
「アーサー、君の旅路に幸運を」
木にもたれ掛かりながら呟く。神なんて信じていないが、何かに縋るように祈った。これが神に祈る者の心理なのだろうか。昔はバカにしていたが、なるほどこういう感覚か。むかつく。誰でもいい、もしも彼が困ったら、誰か彼を助けてやってほしい。そう、願わずにいられなかった。
どれくらい時間が経過しただろうか。数分?数時間?月はもう沈んだろうか。時間の感覚が掴めない暗闇の中、一歩も動かず祈る男と月すら寄り付けぬ不穏の地を突如、眩い金色の光が包む。顔をあげれば、野営地の更に先から光の柱が天を穿つのが見えた。歓声、応援、喝采、彼らを見送る歓呼の声がここまで聴こえてくる。神々しく輝くそれに照らされ、周囲の木々もまた、彼らを祝福するように黄金色に輝いた。
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町外れにある山。季節は夏。夏休み真っ只中の今日もわたしは地道な調査を続けていた。勢いよく家を飛び出しながら、なんの成果も得られずに、帰る羽目になったあの日はショックだったが、たった一日成果が得られなかっただけだ。諦めるにはあまりにも早すぎる。そう自分自身を鼓舞しながらはや数ヵ月。ようやくここに辿り着いた。兄とよく遊んでいたという友人と連絡を取ることができ、兄が当時この山に秘密基地を作って遊んでいたことを知った。昔、幽霊が出るという噂があったから特に気にしていなかったけど、何か兄の痕跡でもあれば今後の捜索に繋がるかもしれない。いや、怖くはないんだけど。怖くないから。全然怖くないから。
両の頬を叩き、目の前の山に向き合う。大丈夫。幽霊騒動は昔のこと。兄が消えた事でバタバタしている間にそんな噂は誰もしなくなった。もう幽霊はいないのだろう。
「さて、どこから手をつけようかしら。結構広いじゃない。にいちゃんの事だから無駄に分かりにくい場所に作っていそうだけど」
そんなこと呟きながら山を見ていると、視界の端で何かを捉えた。
「今、何か光った?」
その方角目掛けて歩き出す。目的地かどうかは分からないけど、気になったことがあれば何でも調べるのです。それこそ名探偵ヒカリの調査方法第一条。そんなんだから半年経ってもなんの成果も得られていないんじゃとか、探偵向いてないとか、「名」じゃなくて「迷」では?とか、そういう突っ込みはノーセンキュー!これは後々気になって仕方ないとかで気を散らさないため、気持ちよく調査するためのもの!だから間違ってなんていません!
ガラクタ、木材の破片、汚れて壊れて読みにくいが、辛うじて確認できた「山田」と刻まれたプレートの残骸。草木をかき分け、辿り着いた場所に転がっていた物たちだ。もしかしたら、いや、きっとここが、兄が遊んでいたという場所なのだろうか。いやー、いきなり当たりを引いてしまいましたなー。これは名実ともに名探偵では?調子に乗るな?うん。そうだね。では、調査を始めようか。ガラクタ以上に気になるものがそこにあった。
目の前にある気になるもの。それは、奥が見通せない程の洞穴だ。ごつごつとした岩肌には人の手が入ったような痕跡は見えないが、その一方で、あまりにも不自然にまっすぐ伸びる洞穴はそれだけでも不気味なのだが、何か強烈な違和感を覚える。
「あぁ、そうか。洞穴の入り口がガラクタの残骸で分かりにくいけど、ここだけ緑がないんだ」
雑草なり苔なりあっても良さそうなのに、洞穴はどこにもそのようなものはなかった。なんでだろう。まぁ、今気にすることではないか。
そんな不気味な洞穴は一見すると秘密基地にはお誂え向きな様相だが、子どもの遊び場としては危ないと思わないのかな。それとも男の子はこういうの好きなのかな。なんで当時の大人達はにいちゃんを止めなかったのだろう……事故が起きてからじゃ遅いのに……いや既に事件が起きてるんだけどさ。
10年前何があったのか、想像しながら手を額に当てようとした瞬間、キラリと光る何かを視界は見逃さなかった。洞穴の先からだ、小さく輝く何かがまた見えた。ここまでわたしを導いてくれた謎の光。それなら、もしかしたら。そんな都合の良すぎる妄想をしながら、意を決して、わたしは洞穴に足を踏み入れた。
洞穴に入ってからどれだけ経過したのかな。数分か、数時間か。少なくともとっくの前に太陽の光と別れてしまった。心配して泣いてないといいんだけど。泣かれるとほら、帰り困るし。古い懐中電灯の光で足元を照らしながら進む。凸凹の道は歩き辛く、運動シューズじゃなかったら既に10回は捻挫していただろう。そんな状況下なのに稀に光る何かが照らしてくれるからだろうか、わたしは不思議と不安な気持ちにならなかった。真っ直ぐ歩いていたはずなのに、入り口の方角が分からなくなった。でも、たまに光る何かは見える。だからただ真っ直ぐに光る何かを目指し、歩いていた足は次第に駆け、走り出した。明滅の感覚が短くなっていることに気が付くこともなく。
「はぁ、はぁ」
息が切れ、駆けていた足取りがおぼつかなくなる頃、その光は一瞬消えたかと思うと、いっそう黄金色の輝きで洞穴を照らし、わたしを飲み込んだ。
あぁ、そういえば今日、お父さんとお母さんにいってきますって言ったっけ……
そんなことを考えながら、わたしは光の渦の中意識を手放した。
ソレに辿り着ければ、何かが分かるかもしれない。あの時のわたしはそう思っていました。それはある意味正しかったのです。ただ、何もかもが手遅れだっただけで——
ミライへの軌跡 「光輝の騎士」 野々山嵐 @YAMAARASHI_0922
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