1−7 教室での騒ぎ

「ほら、ロザリー。やっぱり私達、同じクラスになれたでしょう?」


クラス分けの掲示板を見ながらアニータが声を掛けてきた。


「本当だわ…良かった…」


私はほっと胸を撫で下ろした。この事は誰にも話せないのだが、私は中等部に通ったことが無い。それは家が貧しくて学校に通う事が出来なかったからだ。その為、勉強は全て父が教えてくれた。知り合いも誰もいない場所で…大勢の生徒たちと一緒に勉強をする自信が正直無かったので、アニータが同じクラスだと言うことは、私にとって心強いものだった。


「ほら、それだけじゃないわ。サリーとアリエルも同じクラスよ」


掲示板を指差すアニータ。


「ええ、そうね。あの2人も一緒なんて心強いわ…え?」


まさか…。

私は目を擦って再度、掲示板を見た。


「あら、レナート様も同じクラスじゃないの」


「ええ…」


私は胸が高鳴るのを感じた―。




****


 アニータと2人でAクラスの教室に行くと、すでに大勢の生徒たちが集まっていた。窓際の日当たりの良い席には白い制服の生徒たちが座り、中央の列には紺色の制服の生徒たちが座っている。そして、日当たりのあまり良くない廊下側には平民の生徒が座っている。


「いい?校則で決められているわけではないけれど、絶対に窓際と中央の座席には座っては駄目よ。覚えておいてね」


アニータがそっと耳元で教えてくれた。


「ありがとう、覚えておくわ」


それにしても校則で決められてもいないのに、暗黙の了解があるなんて…。恐らくこの学園の理事長は建前では全ての学生は身分差に関係なく平等だとうたっているけれども、本当は絶対的な階級制度を無言の圧力で強要しているのだろう。

だからこそ…あの方は私をこの学園に入れたのかもしれない。


「大丈夫?ロザリー。やっぱり…いくら校則で決められていないとは言え…気分はあまり良くないわよね?」


アニータが益々小声で囁いてきた。


「いいえ、大丈夫よ。ただ少し…驚いただけだから」


「そう?なら良かった。それじゃ空いてる席に座りましょう?」


「ええ」


アニータに促され、私達は後ろから2番めの席に並んで座ると、前方の列からサリーとアリエルが手を振っているのが見えた。


「フフ…見て。2人がいるわよ」


アニータが笑みを浮かべながら2人に手を振る。私も彼女に習って手を振ろうとした時、騒ぎが起こった。


「てめぇっ!何処に座ってるんだよっ!!」


突然乱暴な怒鳴り声が教室に響き渡る。


「え?」


驚いて声の方を振り向くと、そこには下級貴族の男子生徒が平民の男子生徒を睨みつけていたのだ。よく見るとその生徒が座っている席は窓際…上級貴族が座る席だった。震える男子生徒をニヤニヤと見つめているのは上級貴族の生徒たちである。


「あ〜あ…可哀想に…きっとあの生徒は高等部から編入してきたのね。だから何も知らずにあの席に座ってしまったのね」


アニータが小声で言う。


「おいっ!何処に座ってるかって聞いてるんだよっ!!」


「あ、あの…窓際の席です…」


可哀想に、男子生徒は先程からガタガタと震えている。下級貴族の生徒は容赦ない言葉で彼を責め立てるが、止める者は誰もいない。


「ね、ねぇ…助けなくていいのかしら…」


するとアニータが言う。


「無理よ…私達平民の生徒が太刀打ち出来ると思う?」


確かに平民の生徒達は皆見てみぬふりをしている。


「先生を呼びに行けば…」


「無駄よ」


「え…?無駄…?」


「ええ、先生たちだって上級貴族には逆らえないわよ。この学園の先生たちはせいぜい下級貴族か平民出身だから」


「そ、そんな…!」


何て事だろう…ここまで平民と貴族が差別されていたなんて…。でもこのままではあの生徒が…。


その時―。


「おい!お前っ!何をしているんだっ!」


教室に声が響き渡り、一瞬で教室が静まり返った。声の主はやはりレナート様であった。レナート様は大股で教室に入ってくると、怒鳴りつけていた生徒を睨みつけた後…今度は上級貴族の生徒たちを睨みつけた。


「彼に…この生徒をいたぶるように命令したのか?」


「あ…そ、それは…あの男が…窓際の席に座ったから…」


1人の上級貴族の男子生徒が口を開いた。恐らく彼が命じたのかもしれない。


「だから?立場を利用して何も事情を知らない彼をいたぶっていたのか?大体、校則では誰が何処の席に座ろうが自由なはずだ。違うか?」


レナート様は上級貴族の生徒たちをグルリと睨みつけるように言う。誰もその言葉に反論出来る者はいない。それはレナート様がそれだけ、爵位が高いと言う事の現れなのだろう。

すると1人の上級貴族の男子生徒が口を開いた。


「だ、だけど…良い場所を貴族に譲るのは平民の義務ではないですか?」


するとその言葉に頷く上級貴族の生徒達。一方の平民生徒達は無言で俯いている。


「…くだらない。窓際の席がいい?まるで君たちは子供と一緒だな。第一窓際の席が良い場所なんて誰が決めたんだ?だったらいい。僕は今日から廊下側に座るよ」


その言葉に一斉に教室中がざわめく。レナート様は無言で廊下側の一番後ろの席に座ると、突然拍手が響き渡った。

その場にいた全員が振り向くと手を叩いていたのはイアソン王子だった。

まさか、彼まで同じクラスだったなんて―。


イアソン王子は拍手を終えると言った。


「面白いね…いい物を見せて貰ったよ」


「イアソン王子…」


レナート様がイアソン王子を見た。


「そうだな、廊下側の席だって意外といいかも知れない。よし、決めた。俺も今日から廊下側に座るとしよう」


そして、イアソン王子はよりにもよって、レナート様の隣の席…私の真後ろに座ってしまった―。

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