第12話 ラスカの告白

「この選抜さ、これは一般階級に押し上げるためのものじゃない。これから僕たちは処分されるんだ」


 突然の告白に、理解が出来なかった。選抜とは無作為に選ばれた労働者階級の人間を一般階級に繰り上げる救済措置だ。と、ラスカから教わっていた。教えてくれたラスカその本人が、たった今その教えた内容を根本から否定してきた。ユウキには何がなんだか分からなかった。


「何言ってるんだよ。選抜は救済措置なんだろ?そんな処分されるなんて……、冗談にもほどがあるぜ」


 ユウキはおどけて見せた。だが、ラスカは笑おうとしない。その空虚な眼差しが、逆にラスカの言う事が真実だと言う事を裏付けていた。


「何で……?」


 素直な疑問を口に出す。冗談と思いたい、が、ラスカの顔を見ても、冗談とは思えない。ラスカの目にはもはやあの、共に暮らしていた時に携えていたような希望や光は無かった。そのあまりに深い落差にユウキが何も言えずにいると、今度はぽつりぽつりとユウキが話だした。


 それは、この一週間、ラスカが家族だった人間に教えられた、到底信じがたい事実だった。


………………


 ラスカが一般階級地区に入り、まずしたことは、自分の家族捜しだった。ラスカは、家族と結んだ6年前の約束を覚えている。6年後、必ずここに戻ってくる。だからそれまで、勉強し続けた。続けられたのだ。その悲願も叶い、また家族とくらせるんだ。そう思ったら、いても立ってもいられなかった。ジェンドール=ガランドは広場の2階、ガラス張りの部屋で見ていた。きっと僕を探しているんだ。遠目で良く見えなかったが、後ろに母さんもいる。その事実が、ラスカの鼓動をますます早くした。


 6年前に通った道を逆からたどり、2階席の扉までたどり着く。この扉の向こうに家族がいる。心臓がはち切れそうなほど脈打った。ラスカは一度深呼吸して、そして……


……開けるべきではなかった扉を開けた。


「父さん!母さん!!ただいま!」


 扉を開けた先には人影が3つ見えた。何度も様子を見に来てくれた父親、自分のためにあの日泣いてくれた母親、……それ以外にもう1人いた。同い年ぐらいの、恰幅のある小さな男の子が。


「パピー、マミー、こんなところにネズミがいるよ!」


 恰幅のある男の子がラスカを指さしてこう言った。母親であるエレナは、それに対して「そうね」と返した。そして、その母親はラスカなんかに目もくれず、目の前の男の子を抱きかかえた。


「父さん。あの子は誰?」

「……ジェンドール=アモル。お前の代わりだ」

「代わり……?」


 ガランドの拳がわなわなと震える。怒っているのだろうか、母さんのほうに目を向けると、なぜか、自分と目を合わせてくれない。それどころか、目の前の男の子、アモルに夢中になっている。自分には向けてくれないのか。


「へっ。マミー達の言うとおりだ。かわいそうなヤツ。お前どうせ知らないんだろ?」


 母親、エレナの手から離れ、下品た笑いを見せながら、とことことラスカの元にやってくる。


「処分されるためなんだぜ!!お前達がここにいるの」


 うぷぷとアモルは吹き出して笑った。


「選ばれた労働者は、これから処分されるんだ!僕たちみたいな上の階級の奴らのためにね」

「え……?」


 ラスカは信じられなかった。冗談だという言葉が、ガランドから出てくる事を祈ったが、ガランドは小さく、そうだ、と首を縦に振った。


「やっぱり労働者は馬鹿だ! そんなことも知らないんだ! 最近デクトリアでは収穫できる食料に対して消費が多い! それも全部お前達のせいだろ労働者!!」

「最近食傷消費が激しくてな。労働者達に消えてもらう事にしたんだ」


 ガランドがそう告げる。冷ややかな眼差しと共に。ラスカの6年間が、その言葉によって音を立てて崩された。ここにいるのは、報われる為じゃなくて、処分されるためだという事実が、えぐるように心に突き刺さる。その心の痛みに耐えきれず、ラスカの目元に涙がにじむ。


「そんな……。僕頑張ったんだよ!みんなとまた暮らすために、必死に努力して……」

「お前の努力など何になる!!」


 怒号に似た声がガランドから発せられる。


「お前がいくら努力しようと、その性質は代わりはしない。私達の一族に、同性愛者はいらないんだ。普通じゃない!! さっきも言ったが、アモルはお前の代わりだ。我々栄えあるジェンドール家に、異分子は必要ないんだ!」

「僕は普通に、女の子を好きになるからね」


 あの時の診断結果を、非情にも言葉で突きつけられる。自分は同性愛者だから不完全で、ジェンドール家にふさわしくない。だから処分されるためにここにいる。なぜ自分が選ばれたのか、残酷すぎる理由が明らかになった。ラスカはその事実を受け止められなかった。心からの言葉が思わず飛び出る。


「そんな……。父さんあの時言ってくれたよね? 勉強続けたら元に戻れるって」

「それは嘘だ」

「なんでそんな嘘ついたの? 僕たち家族じゃなかったの!!?」

「ええ。あの時から、異常が分かった日から、貴方は家族じゃないわ」


 口を開いたのはエレナだった。先ほどまで一言も言葉を交わそうとしなかったのに、この真実だけを、ここぞとばかりに強調した。それに続き……


「そういうことだ。ここに、お前の居場所はない」


 ガランドにも変えようもない事実を念押しされ、部屋を追い出した。扉が閉まると、中からさっきまでの問答がなかったかのような楽しげな笑い声が聞こえてくる。それは、今まで、ラスカが夢にまで思い描いていた物だった。しかし、そこに自分はいない。自分が抱いていたのは、叶うかもしれない希望ではなく、決して叶うことのない絵空事だったということに、ラスカは気づいてしまったのだ。それから今に至るまで、この関門で生きた死人のように暮らすことになった。処分の日が来るまで……。


…………


「そんな……。そんなわけ無いだろ!!何でそんなこと!!」

「分からないよ。でも、不完全な人達が選ばれて、殺されるんだ。それは変わらないよ」


 ラスカの顔が僅かにゆがむ。ラスカの言葉にユウキは納得なんて出来るわけがなかった。それがもし本当なら、自分達はまた弄ばれたのか? 救済措置すら俺たちにつかむ権利はないのか! 俺たち労働者は、本当に救われちゃ行けないのか? 様々な思いが交わりあって、ユウキの口から飛び出てくる。しかし、心の中には一つだけ、どうか嘘だと言ってくれ、という思いがあった。しかし、ラスカにはもちろん、神様にも届かなかった。ユウキの心なんて知らずに、口をまたひらいた。


「僕が楽園墜ちした理由はさ、男を好きになってしまうからだよ。ジェンドールという栄えある一族に同性愛はいらないんだって」


 ラスカの声が涙ぐむ。今にも泣きそうな顔をみて、ユウキも心が痛む。


「分かってたんだよ。勉強なんてしても、僕は一般階級に帰れない事なんて。神様なんかに頼ったって、世界は変わらないんだよ。でも、それでもね……」


 涙声になったラスカが続ける。齢12にして知ってしまったこの世界の残酷すぎる真実。それを受け止めるだけでもつらいはずなのに、まだ涙をこぼしていないその強さはユウキ譲りだろうか。しかし彼の限界も近かった。


「希望なんて見いだせないこんな世界でやっていけたのは、ユウキがいたからなんだよ」


 こらえた上でこぼした本音。その一言で栓が壊れ、一筋の涙がラスカのほおを伝う。しかしユウキにはその姿は分からなかった。ラスカの苦しみを直視出来なかったからだ。溜まった涙が非常な現実を直視しまいと視界をぼやかす。やがてラスカは声を絞り出した。


 ――それは、心の奥底に秘めていたラスカの何よりも大切な秘密。


「ユウキが大好きだった。ユウキがなによりも大好きだった。怖いよ、ユウキ。手を握ってよ。初めて会った時みたいにさ」


 そうだ。自分たちの出会いは握手から始まった。ラスカは楽園墜ちしてきたのにも関わらず、元気に自分に手を差し出してきた。一般階級から楽園墜ちをしてきた立場だったはずなのに、自分を嫌がらなかったな。ユウキの脳裏に初めて会ったときの記憶がよみがえる。ああ、あの時、確かにいやいやではあったがそれに答えた。ラスカの手がかすかに震えていたのを思い出す。初めて会った時みたいに、きっと今も震えているんだろう。ならばそれに答えなければ、しかしラスカの手を握ろうにも、面会室の透明な壁が邪魔をする。直接触れることは許されなかった。ただ、アクリルに手を合わせることしか許されなかった。ラスカもそれを察してか、アクリル板に手を出した。ユウキもつられて手を合わせ、二人の手のひらが重なる。しかし暖かくない。人の手に触れているはずなのに、そこにあるべきぬくもりはなく、代わりにあったのは、冷たい無機質な感覚だった。


「でも、僕はこんなんだから、恋することも、望むことも、生きることも許されないんだ」


 無慈悲にも、ブザーがなる。時間だ。ラスカの後ろから管理官が入ってきた。ラスカの肩を強引につかむと、扉の奥に引っ張ろうとした。ラスカも、もう抵抗しようとしなかった


「ラスカ!ラスカ!!」


 必死に呼び止めようとした。まるで、決まった定めにあらがうように。しかし、動き出した歯車は止められない。


「ねぇユウキ」


 席をたち、歩き出す。その歩みを止め、ゆっくりと振り返る。ラスカの顔は流れた涙でいっぱいだった。そして――


「僕って、普通じゃなきゃいけなかったのかな?」


 そう言い残すと、奥の扉に引っ張られて消えていった。後には何も残らなかった。

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